第5章 第8話 休日 その2
ユファイン領主で、なおかつ子爵であるはずの俺は、現在、自分の部屋で正座をさせられていた。
「もし、ロディオ様に何か間違いでもあれば、フミは、亡き奥様や旦那様に何と申し開きをしたらいいか!」
「あの後、ロディオ様は、エルフを家までエスコ―コートしてあの女の部屋の前で……。フミは、フミは全部知っているのですよ!」
フミは、俺の前に仁王立ち。心なしかいつもの1.5倍ほど迫力が増している。恐らく、俺とララノアの後をつけて一部始終を見ていたに違いない。
「一体、ロディオ様は、何を考えておられるのですか。もし、あのエルフと結ばれたいなどと思われているとしたら、フミは、フミは……」
涙で声を震わすフミ。
何でもお互いの好意を表すような、匂いがしていたという。どうやらフミは、俺とララノアがお互いに愛し合っていると確信しているようだ。
そのまま二人とも無言……。
そして俺は、フミの手を取りながらゆっくりと立ち上がった。
「フミ、覚えているか。遊覧船で俺はフミに言ったよな『後で必ず埋め合わせをするから』って」
「はい。そしてその後、私は『埋め合わせは、存分にしてくださいね。私が納得できるくらいですよ』と言いました。ロディオ様は『うん、約束する』と応えてくださいました」
泣きながら恨めしそうな目で俺を見上げるフミ。
「フミ」
「はい」
「俺の彼女になってくれないか」
「はい?」
これからは、主従というより、恋人同士として付き合って欲しいという、俺にとって、生まれて初めての告白だったが、フミにはうまく伝わらなかったようだ。
フミは俺からゆっくりと離れ、そのままふらふらと出て行き、自分の部屋にこもってしまった。
◆
「フミ、おーい、フミ。出ておいで」
翌日、もう昼になるというのに、フミは部屋から出てこない。
俺が部屋をノックすると、しばらく間をおいて、ようやくおずおずといった調子でドアを少し開けてくれた。
中から、もわっと女の子の匂い。
少し後ずさりする俺の胸に、フミは頭を預けてきた。
「ロディオ様。フミはお側に置いて頂ければそれでいいのです。私なんかよりふさわしい人となら、どなたと一緒になられても構いません」
それにしては、今まで俺に近づく女子を徹底的に排除してきたような……。
「……すみません嘘です。奴隷の頃から、ロディオ様のことをずっとお慕いしていました。いつか自分のものになって欲しいと思っていました。誰にも取られたくなかったです」
「……」
「フミは、フミはロディオ様に告白していただいて、生まれてから今まで……私の人生で一番、幸せです」
「フミは幸せすぎて死んでしまうのでしょうか」
俺の胸に頭を押し付けて小さく左右に振る。すぐにいつもの癖で俺の胸の中で遠慮気味にクンカクンカし出すが、今回はさすがに俺も引き剥がしたりはせず、フミのなすがまま、嗅ぎたい放題にさせている。
「ロディオ様……フミは本当にロディオ様のお嫁さんにしていただけるのでしょうか……」
「え?」
何と、この世界には、“付き合う”だとか、“彼氏”や“彼女”といった概念はないそうだ。男が女に告白するのは、結婚を前提とした婚約、つまりプロポーズしかないことが判明。初めて知ったぞ!
昨日、俺が言った“彼女”の事を、フミは“奥さん”として受け取っているに違いない。
どうしよう……。
幸せそうに、目を潤ませて俺に甘えてくるフミに、俺は、心の中で頭を抱えていた。




