第4章 第6話 キッチン☆カロリー
「おはようございまーす!」
俺とフミは、いつもより早起きして『キッチン☆カロリー』までやってきた。
「よう、早いな。ロディオにフミちゃん。昨日、2人が帰ってすぐ、こっちに新戦力が到着したんだ。驚くなよ。何とサンドラのエースだ」
「……」
ハープンさんには悪いが、俺の中で、嫌な予感がしたのは内緒だ。
「おーい」
「……はーい」
ハープンさんの呼びかけに明るい返事。やはり聞いたことのあるような声である。
暖簾をくぐって、奥からひょいと顔を出したのは何と、ララノア。
「こんな優秀な職員はなかなかいないぞ。なんせ、サンドラではセンター張ってたんだからな」
ドヤ顔のハープンさん。ギルドのカウンターでは、受付の職員の中で最も優秀な者がセンターに座るのが大陸共通。ということは、ララノアは共和国ナンバーワンの受付嬢だということか。全然気付かなかった。
「きゃいーん、ロディオ様! 来ちゃいました♡」
いつもの様に、すっと俺の傍に寄り添い、腕を取ってお胸に押し付けるララノア。そして、それを素早く引き剥がすフミ。
「来んでいいっつーの!」
憮然とするフミだったが、俺はララノアの好意に笑顔で応える。
「ありがとうララノア。本当に、こんな『竜の庭』にまで、よく来てくれた」
「な~んだ、お前ら知り合いだったのか」
レインの時と同様、がっかりして軽くへこむハープンさん。余程自慢したかったに違いない。
「とにかく、今日は記念すべきユファイン1号店の開店記念日だ。仲良くやろうよ」
「はい。ですから私はロディオ様と仲良く厨房で働くためにやって来ました」
いや、ララノアはウエイトレスじゃないのか?
「私も厨房を希望します。ロディオ様の傍にこんなエロフが近づくなんて危険すぎます!」
「はあ? エロ……。今までずっと我慢していましたが、あなたこそ一体何ですか! ロディオ様の奥さんでも婚約者でもない人に言われたくないです!」
「な、な、な……」
怒りで体を震わせるフミ。ゆっくりと俺の方を向き直り、いつものセリフ。
「もし、ロディオ様に何か間違いでもあれば、フミは、亡き奥様や旦那様に何と申し開きをしたらいいか!」
「どうせ自分が一番、間違いを起こしたいんでしょ!」
「ムキー!」
ララノアの一言にブちぎれて、つかみかかるフミ。
「「ちょっと待ったー!!」」
オープンを直前に控えた店内での大乱闘は止めてもらいたい。俺とハープンさんがそれぞれフミとララノアを羽交い絞めにして事なきを得た。
「分かった。フミは倉庫で厨房への肉の品出し、ララノアはホールでウエイトレス。いいな!」
最後は俺が強引に決めて、何とか無事オープンを迎えることになった。
オープン2時間前には、山エルフたちが到着。総勢5人。みんなエルたちの親族らしく、どことなく顔立ちが似ている。はっきり言って、人間離れした美少女さんたちである。もっとも、人間じゃなくてエルフなんだが……。
彼女たちは単に美しいというだけでなく、ずっと外で肉体労働してきたからか、体がシャープに引き締まり、健康的にうっすら日焼けしている。ただ、そんな彼女たちも、日焼け止めを塗ったりして肌のお手入れに気を配っているらしいから、くれぐれも失言には気を付けよう。
ジーンズにTシャツというラフな格好で来た彼女たち。奥のロッカーでウエイトレスの制服に着替えてもらった。
「ロディオ様……」
「ん?」
「ちょっとこれは、えーっと……」
彼女たちは普段、木材の伐採や土木・建築業に携わっているため、普段は作業着。しかも男性とはほとんど接してきていないから、デートもしなければ、おしゃれにも疎いらしい。ユファインでの仕事も男っ気なく、毎日汗を流していたのに、いきなり可愛らしいフリルのミニスカートのメイド服を支給されて戸惑っているようだ。
実はこの制服は、バランタイン家のおさがり。かつてバランタイン家のメイド部隊が、お父さんたちにエールを売り込む時の勝負服だったものだ。それがこの度、新たに作り替えるということで、クラークさんに頼んで型落ちを全部いただいたものである。
ただし、バランタイン領とは違い、ユファインではお触りなどのセクハラは禁止。そこはきっちりと一線を引く。セクハラを含めたハラスメントの定義としては、従業員が不快に思うものは、すべて禁止で、抵触した場合は退店。悪質な者に関しては、領内からの強制退去を含めた厳しい処置で従業員を守るようにしている。
実は、トライベッカの若い執事たちから内密に、「自分はこんなことをするために就職したんじゃありません」と、相談を受けたことがあったのだ。当然、メイドの中にも、嫌な思いをしていた者はいただろう。その時は、彼らを慰めクラークさんにそれとなく頼むくらいしかできなかったが、自分の領地では遠慮はいらない。俺は人材という、かけがえのない宝を大切にしたい。
◆
最初は戸惑っていた彼女たちもしばらくすると、次第に慣れてきたようで「あっ、かわいい……」などと、鏡に映る自分の姿を見ながら、スカートの端をつかんでくるくる回ったり、お互いに褒め合ったりしたりするうち、すっかり女の子の表情になってきた。
ホールリーダーに任命したララノアもノリノリで、自分のミニスカートのウエスト部分を巻き込んで、さらに短くした挙句、他の皆にも着付けの指導を行い出した。
それ以上短くすれば、色々やばいと思いますが……。
「ララノア先輩!」
山エルフたちは何かに目覚めたらしく、いつの間にか、すっかりララノアになつくようになった。ここの責任者はララノアだから任せておこう。山エルフは、土木建築業の仕事が終わり次第、是非ユファインの飲食・サービス業にスカウトしたい所だ。
普段はガテン系の女の子たちが、急に可愛いフリフリの衣装に着替えて頬を染めている。俺はそのギャップにやられてしまい、彼女たちが振り撒く魅力で頭がくらくらするほどだったが、ジト目で俺の上着の裾をそっとつかむフミに気付いて、素早く般若心経を唱えた。
それにしてもララノアは、制服系の可愛い服装が良く似合うなあ……。
フミはぶつぶつ言って不満そうだったが、倉庫に行ってもらった。厨房が忙しくなり次第、呼ぶと約束している。
「必ず、埋め合わせはするからな」
「はい。私が納得するくらいですよ」
フミはそういって、しぶしぶ倉庫への階段を降りて行った。




