第3章 第2話 出発
「よーし、そんじゃ出発するか」
ハープンさんの合図の元「パン、パ、パ、パン」と、数十発の花火が打ち上がり、俺たち一行はバランタイン家の屋敷からハウスホールドへ向けて旅立った。
といっても、南の城門をくぐるまでは、パレードである。
バランタイン邸から街の南の城門まで道のりを、オープンカーならぬオープン馬車に乗ってゆっくりと進む。
街の人たちは、俺たちを一目見ようとメインストリートは大賑わい。通りには露店が立ち並び、移動販売の売り子まで多数出ていた。沿道には無料の酒やジュースが配られ、出店が並びお祭り状態である。さすがにマリアも今日は騎士らしく、皮と金属でできた、白い軽甲冑を着込んでいた。
「おい、あれ、『ドラゴンマスター』のレインだぜ」
「A級なんだって! かっこいい~」
「レイン様♡」
さすがに男女問わず、圧倒的一番人気はレイン。ワイバーンを大量に倒したレインは『ドラゴンマスター』の二つ名で呼ばれているようだ。もっとも当の本人は、大変恥ずかしそうにしているが……。
娯楽が少ないこの時代では、このような使節団の派遣や騎士団の遠征に伴うパレードが、庶民の楽しみの一つらしい。
「お、おい、あれ……あれはまさか!」
「サ、サラマンダー!」
レインとは別の意味で有名なのが『サラマンダー』の皆さん。
巨大なドラゴンを仕留めたという武勇だけでなく、ギルドで暴れて、建物ごと倒壊させたという蛮勇でも名を馳せている。ただし、彼女たちの実力は折り紙付き。今、共和国で活躍する冒険者の中で、最もAランクに近いパーティーだと言われている。
「何か、私まで同類に見られているようで嫌ですわ」
3人から微妙に距離を取ろうとするマリア。
「私たちは仕事をやるだけだ」
きりっと表情を引き締め、前を見つめ、りりしく言い切るサラ。
優雅に手を振るセレンと、もじもじしながらセレンの上着の裾を掴んでいるセリアの2人は、いつも通りのマイペースである。
◆
今日の日に先立ち、伯爵は領内の納税者全員に一人一律10万アールの現金給付を行っていた。トライベッカの人口は約25万人。そのうち、納税者は5万人ほど。なので、およそ50億アールの大盤振る舞いである。何でも同じ金額なら、減税するより現金をばらまく方が、お金がよく回って景気が良くなるらしい。
支給の基準を、一定額以上の税金を払っているかどうかにしたのは、非常に分かりやすいのだが、高額納税者の一部からは、「たくさん税金を払っているのに、どうして一律なのだ」と、クレームもあったそうだ。これには、バランタイン伯家から、「不服な者は、大通りに特設会場を設けるので、自分はどれだけもらうのが妥当か、申し出て欲しい」と、逆に要望すると、不満の声はピタリと止んだという。
クラークさんがこっそり教えてくれたことには、共和国からは、今回の街道整備と通商交渉に関して、自由にしていい補助金が、伯爵家あてに60億程出ているそうだ。ひも付きの補助金ではないので自由に使えるのだが、わかりやすく使わないと、他の貴族たちから痛くもない腹を探られるのも困る。どうせなら、使い切れない分は、領民に還元しようということで、今回の様な大盤振る舞いが行われたということだ。
ちなみに、俺たちにかかる経費は、報酬を合わせてもせいぜい10億程度だろうから、バランタイン家の懐は一つも傷まない。
おまけにバランタイン伯の食えないところは、俺たちの出発を休日に合わせ、パレードという、エンターテイメントにしてしまっている点。街中に、パレードのポスターが貼られていることから見ても、念入りに宣伝活動も行われていたようである。
街の人たちは、俺たちをたたえるというより、伯爵の大盤振る舞いに歓喜しているというのが本音だろう。道端では酒樽が開けられ、特産のワインとぶどうジュースが無料でふるまわれている。
実はこのワインとジュースは領主専売の、売れ残りで賞味期限が近いものなのだが、これは領民には内緒の機密事項だ。しかも、酒やジュースをふるまう役は、いつの間にか市民に任せ、伯爵家のメイドはいつの間にか、全員屋台の売り子にまわっている。執事や使用人は、屋台で串焼きやらソーセージを焼いている。トライベッカが共和国の一地方都市でありながら、商都サンドラと肩を並べるほど発展しているはずである。
そして今日は、新商品のお披露目も兼ねているそうだ。今回、新発売されるのは、伯爵家の農地で生産に力を入れているジャガイモを使った料理。クラークさんから相談され、俺が伝えたレシピがそのまま商品にとして売られていた。
その商品はずばり、フライドポテトとポテトチップス。こんな食べ方は、今までなかったらしく、大人気になっている。芋、油、塩の3つでできる手軽さもあり、街の新たな特産品として育てる意向らしい。
どちらも一袋100アール。冷えたエールによく合うため、ポテトとの相乗効果で、お酒もよく売れている。トライベッカに何か独自の特産品でもあれば話は別だが、ありきたりの物しかない以上、バランタイン伯爵は、珍しい食べ方で勝負するらしい。
民間の商人たちも負けてはおらず、この機会に在庫一斉セールやバーゲンなどが始まっている。俺たちは、南の城門を出るまで2時間かけて、街のメインストリートをゆっくりと進み、ようやく街の外へ出た。
◆
「ふ~っ疲れたぁ~」
何だかもう、仕事を終えたような気分だ。おそらく、成功の暁には、同じように南の城門からバランタイン邸までを凱旋することになるに違いない。心の準備だけはしておこう。
トライベッカからハウスホールドまではおよそ100キロほどなので、順調に行けば1週間で到着する予定だ。例え余裕があったとしても無理に先に進まないことは全員で確認済みである。食料は10日分積み込んだ。帰りはハウスホールドで調達するし、水や氷は魔法で作れるので飲み物はお酒のみである。
南の城門を出てしばらく進むと大平原が広がっている。すすむにつれ次第に緑が濃くなってきた。この辺りはもう誰の領地でもない空白地帯だ。この大草原を抜けるとその先は大森林。
通称『竜の庭』と言われている危険地帯になる。
『竜の庭』では食物連鎖の頂点である肉食のドラゴンが幅を利かせ、旅人や商人たちの被害も多い。この治安の悪さが、人間と亜人たちとの交流の妨げになっている。
ハウスホールドからトライベッカまでは、通常は、雨期に『竜の庭』を駆け抜けるくらいしかできない。何故か雨期には肉食のドラゴンの活動が少なく、被害もほとんど報告されていないのだ。
俺たちの様にわざわざ乾季に、ゆるゆる工事しながら、一週間ほどかけての移動は命知らずといわれてもおかしくないが、レインや『サラマンダー』たちがいるということで、それほどピリピリした緊張感はない。
それにハープンさんも、元A級の冒険者。かつては凄腕の魔法剣士として有名だったらしい。今は髪が抜けてしまったせいで魔力が大分落ちたらしいが、剣の腕前は今でもギルドで指折りの達人だそうだ。
それに引き換え、俺は魔法で他人を傷付けたことも、狩りをしたことさえない。大丈夫だろうか。
……まあ、いざとなったら土魔法でどうにかなるか。俺は緊張感もなく、呑気に、そんなことを考えていた。
◆
俺とフミは馬車から降りて、運河を作りつつ、道幅を広げていく。地面が圧縮されてハーフパイプ状になり、更に石がブロック状に浮き出ている様子に、『サラマンダー』やエルフ商人たちはびっくりし、レインからも、あきれられた。
「お前、これは使い方次第じゃ、S級にだってすぐなれるよ。どう見ても、俺より何倍も魔力量が多いだろ」
街道の拡張に関しては、石畳ではあまりにも魔力と労力がかかるので、砂利を敷いて固める簡易舗装にした。仕上げは打ち合わせ通り、アイアンハンマーの皆さんにお任せし、俺とフミはまた次の区画へと進む。レインは、魔法で周囲の気配を探ってくれている。
「よし、順調だな。それじゃあ俺とクラーク、サラマンダーで、ここから10キロ先の宿営予定地まで行く。野営と夕食の準備をしておくから皆は工事をしながら来てくれ」
一日目の宿泊地は『竜の庭』の手前である。さっさと終わらせて早めに休むことにしよう。




