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反省ってなんだっけ

 午前の授業が終わり、ここ──鶴ノ薔薇宮学園のカフェ──がにわかに活気づく。

 お弁当を持参する生徒もいるが、大多数の生徒はカフェでランチをとっている。

 鶴宮姫華もその大多数の中に入っていた。


「今日もいい天気ね」


 室内灯だけでなく窓から射し込む光で更に明るくなっているカフェを見渡し、空いている席を探す。

 注文もしなくてはいけないがまずは席を確保しなければ座れない。

 視界に入った空席に足を向け椅子の背もたれに手をかければ向かい側の椅子が動いた。

 誰か座るのか、と内心でがっかりしつつ顔を上げればそこにいた人物と目が合う。


「あら」

「あ……」


 そこにいたのは皇悠斗だった。

 お互いに見つめ合って固まってしまった。

 ここで黙っているわけにもいかない、と引き攣りそうな頬を叱咤しながら笑みを浮かべる。


「申し訳ありません、空いていると勘違いしていましたの。」


 椅子から手を離し頭を下げてからもう一度カフェを見渡す。

 どこか空いていないかしら。


「お前も座ればいい」

「……え?」


 テーブルに昼食の乗ったトレイを置き椅子に腰掛けた悠斗は姫華を見ないがそう声をかける。

 一瞬何を言われたか理解出来ずきょとんと悠斗を見つめてしまった。

 その視線を感じて悠斗はどこか居心地が悪そうに顔を歪める。


「座ればいいと言ったんだ」


 憮然としながらもそう言う悠斗に姫華は目を見張る。

 申し出は素直に言わせてもらえば嬉しいと思う……けれど、これは頷いていいものかしら。

 頬に手を当てて考え込む。

 私としては有難いし頷きたい、でも……。

 悩み込む私に悠斗は何が問題なんだと言わんばかりに眉を寄せて顔を上げた。


「お待たせーっ」

「ふぎゅっ」


 その瞬間陽乃に横から飛び付かれ、奇声が口から飛び出した。


「やだ、姫華可愛いっ」

「っ、もう、陽乃ったら」


 おかしな声が出てしまい恥ずかしさに頬が熱くなる。

 陽乃にはいつも羞恥プレイを強いられている気がするのは私の気の所為!?

 気の所為じゃないよね!?

 私に抱きついたままニコニコと笑う陽乃をじとりと睨み付けるもその顔は変わらず、ちょっと憎らしくなる。


「睨んでてもかーわーいーいー」

「きゃ、陽乃……っ」


 頬擦りされ恥ずかしさが増すも陽乃はお構いなしだ。

 くぅ……、これはある意味いじめよ陽乃!

 嬉しいけど嬉しくないっ。

 いや、嬉しいけれどもっ。


「……」

「はっ」


 こちらを凝視する刺さるような視線にここを何処か思い出し、ついでに目の前にいる悠斗を思い出した。

 慌てて悠斗の方を見ればじとり、と此方を見据えていた。

 私が向けた視線に陽乃も気づいたのかそちらに顔を向ける。


「あ、生徒会長」


 ……今気づいたの、そう。

 陽乃は猪突猛進で結構周りを見ていない時が多いわよね。

 なんだか遠い目をしてしまう。

 うん、外では気をつけるように言うべきかしら……いやでもあんまり聞いてくれないわよね。

 ……まあいいか。

 諦めも肝心って言うわよね?


「騒がしくしてしまって申し訳ありません」


 意識を陽乃から切り替えとりあえず物言いたげな悠斗に謝罪する。

 悠斗はじっとこちらを見つめていたが小さく横に首を振った。


「構わない」

「ところで、姫華はここで何してたの?」

「席を探してて……」

「だから座ればいいと言っている」


 陽乃に説明しようとする声を遮って悠斗が口を挟む。

 その言葉を聞いて陽乃が目を丸くし悠斗と姫華を交互に見つめる。

 私の一存で決め兼ねていたので陽乃にどうするかと視線で問えば、小さくふーん、と聞こえた。


「生徒会長がいいって言うなら座ろうか」


 微笑んでこちらを見つめる陽乃に胸を撫で下ろすと陽乃が椅子を引いた。


「じゃあ姫華は座っててよ、アタシが頼んでくるから」

「え、でも」

「いいのいいの、ランチ?」

「え、……ええ」

「じゃ行ってくるね」


 鼻歌を歌いながらその場を去る陽乃に苦笑いを浮かべるも大人しく椅子に腰を下ろす。

 優雅な手つきで食事を進める悠斗と向かい合う形になりなんとなく落ち着かない。

 料理を注文している陽乃の後ろ姿を眺めておこう。

 悠斗と会話をすることも出来ず、何とも言えない空気が漂う中大人しく座っているのは苦行にも似ていると思う。

 これは辛い。

 陽乃、早く帰ってきて。

 切実に願わざるを得ない。



 どうやらトレイを二つ持つのを止められたのか、陽乃の後ろに給仕の人がついてこちらに来るのが見えた。

 給仕の人がトレイを目の前に置いてくれてふんわりと香る美味しそうな香りに頬が緩む。

 給仕の人に礼をしている内に隣に陽乃が座り、二人で手を合わせる。


「いただきまーす」

「いただきます」


 美味しい料理に舌鼓を打つ。

 美味しさに頬が緩むのが止められない。

 隣の陽乃も嬉しそうに頬張っている。

 まるでリスみたいだ。


「あー、おいしー」

「本当に」

「……姫華のそれも美味しそう」

「あら、では一口食べます?」

「食べる!あー」

「ふふ、どうぞ」


 口を開けて待つ陽乃に笑いながら一口分を口の中に入れてやる。

 餌付けしてるみたいよね。

 嬉しそうな陽乃にほっこりしながら食事の手を進める。


「……仲がいいな」

「えっ?」


 不意に聞こえた声に驚く。

 ナプキンで口元を拭い終えたらしい悠斗と視線が交わる。


「……すまなかった」


 真剣な瞳でこちらを見つめてそう言った悠斗は静かに頭を下げた。

 一瞬何のことかと思ったが、色々と思い当たる節は、あった。


「いえ、もう宜しいのですわ」


 微笑んでそう言えば悠斗は顔を上げて眉を寄せる。

 未だ納得がいかないことがある様子で苦笑してしまう。


「俺の気が収まらん」

「そう言われましても……」

「姫華がいいって言うんだからもういいでしょ」

「しかし……」

「私も誤解される言動をしていたのです。申し訳ありませんでした」


 悠斗に向かって頭を下げれば不満げに陽乃が唇を尖らせる。

 そんな陽乃の手をそっと握ってやればぎゅっと握り返された。


「陽乃が力技に出たことも重ねてお詫びいたします。陽乃も、私のせいであんなことをさせてしまってごめんなさいね」

「アタシは後悔してないよ!……まあ、やりすぎたかなとは、思う……から、あの時はごめんなさい、生徒会長」


 唇を尖らせつつも悠斗に向かって頭を下げる陽乃に、悠斗の方が目を丸くする。


「いや、あれは俺達の方が悪かった。謝る必要はない」

「じゃあお互い様ってことで」


 悠斗の言葉にさっさと頭を上げるとしれっと言い放つ陽乃に小さく笑いが溢れる。

 陽乃はそんな私を見てはにかむし悠斗は更に眉を寄せるも諦めたように溜め息を吐いた。


「わかった」

「ありがとうございます」

「いや……こちらこそありがとう」


 微笑む私に苦笑いを浮かべて礼を言う悠斗。

 これで私達の間でこの話は決着がついたと言ってもいいだろう。

 良かった。

 そんな私の心境を察したのか陽乃も満足そうに頷いた。

 反省ってなんだっけ。

 これで私達は新しく一歩を踏み出せる気がする。

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