不安ってなんだっけ
自室の窓を大きく開けば温かい風が頬を撫でていく。
揺れる髪を押さえながら側にある椅子にゆっくりと腰を下ろす。
ぼんやりと夕暮れの空を見上げて姫華は目を閉じて思いを馳せる。
──私は恋をしていいのだろうか。
この世界は既にゲームの流れから逸脱してしまっていると思う。
ヒロインである陽乃と友人になり、攻略者達とは一定の距離が出来ている。
『姫華』には既にここが現実で、ゲーム通りになる気はさらさらない。
それは前世の記憶を思い出してから一貫している。
だけれど、それらは全て自分の自分勝手な考えからだ。
陽乃は今の状況に不満は無さそうだけれど、本当にこれで良かったのだろうか。
私は陽乃の未来の可能性までを奪ってはいないだろうか。
攻略者達は確かに少し道を間違えた感を否めない。
だがそれで全てを計るのもおかしな話だろう。
人は変わる。
攻略者達も成長するのだし。
……上から目線ね……。
これは彼らに失礼だわ。
ああ……、考えが纏まらない……。
私はこれからどうしたらいいのかしら。
陽乃には余計なお世話だと言われるのかもしれない。
陽乃には陽乃の人生があるのだから。
私がそれを推し量る、口を挟むのはお門違いだと理解はしている。
しているけれど、こんな私が恋なんてしていていいのか……。
………………いえでも待って。
私は今本当に恋をしているのかしら?
憧れを恋だと錯覚してはいないかしら。
というか、あんな素敵な方に恋人がいない方がおかしくない?
そうよ、何を一人で盛り上がって悩んでいるのかしら。
やだわ私ったら……恥ずかしい。
そういえば前世でもまともに恋愛なんてしたことなかったし、混乱もするわよね。
落ち着きましょう、ええ。
「節乃、お茶をお願い」
「畏まりました」
扉の近くに控えていた節乃に声をかければ頭を下げて部屋を出ていくのがわかった。
ゆっくりと目を開き空を見上げれば真っ赤な色が拡がっていた。
「まるで薔薇色ね」
……陽乃は今、何をしているのかしら。
姫華は目を細めて親友の姿を思い浮かべ、小さく微笑みを浮かべた。
陽乃はベッドに寝転がりスマホを片手ににやついていた。
「ふふ、姫華フォルダーが潤ってるわぁ」
ごろりと寝返りをうち俯せになり脚をばたつかせる。
「いやぁ流石姪バカの理事長。いい写真を持ってるわ」
にやけたままフォルダーの一枚一枚をじっくりと鑑賞する。
フォルダー内の古いものから順番に目を通し一人で堪能していく。
一番新しい写真は先日の学園祭の時のものだ。
姫華のクラスメイトが撮ってくれた理事長とカフェのマスター、姫華と陽乃の四人が写ったもの。
「……あれ……?」
じっくりと鑑賞しているとどこか違和感を感じる。
その違和感がじわじわと陽乃を侵食するように拡がる。
「んー……?」
首を傾げ違和感の元を探るが上手く見つけられない。
そこにメールの受信音が響き、スマホが震えた。
一瞬びくりと体を跳ねさせるも、落ち着いてメールを開くとメル友と言っても過言ではない相手の名前が表示される。
添付されているのは姫華のドレス姿だった。
「ふぉっ、姫華可愛いーっ」
慣れた手付きでそれを保存する。
先程までの違和感を一瞬で忘れてしまう。
窓から射し込む光に影が伸びる中、大好きな親友を思う。
「大好きだよ、姫華」
アタシは今幸せだから……貴女も幸せだと嬉しい。
目を閉じて微睡む。
背中を見せて佇む姫華が見えた。
その背中がどこか悲しそうに見えて手を伸ばす。
振り返った姫華は泣きそうな顔で儚げに微笑んだ。
「……っ!」
陽乃ははっと目を開き上半身を起こす。
心臓がばくばくと煩い。
落ち着かせるように胸に手を当てて押さえる。
「……なんだろ、これ……」
苦しさと不安に声が震える。
振り払うように頭を振り、いつの間にか手から離れていたスマホを取る。
画面に映る姫華の恥ずかしそうな微笑みを見て何だか泣きそうになる。
「……大丈夫、大丈夫……」
目をキツく瞑り、自分に言い聞かせるように小さく何度も呟く。
不安ってなんだっけ。
きっと今幸せだから感じるのだろう。
……思い過ごし……だよね?




