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学園祭ってなんだっけ NO.2

「姫華、後でお化け屋敷入る?」

「いえ、私は遠慮しますわ」

「あはは、やっぱり?」


 陽乃のお誘いを断ればけらけらと笑われる。

 実は驚かされるのが苦手なのだ。

 ビビリだと言いたければ言うがいい。

 挑発されてもお化け屋敷なんて絶対入りたくない。


「学園を回りましょう」

「うん、どこから回ろうか?」


 衣装のポケットに入れていたパンフレットを取り出し学園の全体図に目を通す。

 生徒会の采配で彩りよく飾られた玄関から校門までのアプローチを二人でゆっくりと歩く。

 招待客や生徒達が楽しそうに歓談している様子に知らず知らず口の端が上がる。


「お祭りって楽しいよね」

「そうですわね。活気もあって私も楽しいですわ」


 クラスの催し物は校舎内だけでなく、屋外でもいくつか見受けられた。

 屋台とまではいかないが目を惹く彩りに視線があちらこちらへと動いてしまう。


「でも流石にらっしゃーいとかはないねぇ」

「ふふ、それはそうでしょう」


 曲がりなりにもここは令嬢子息の通う学院、らっしゃいなどという掛け声は聞こえない。

 あったらあったで面白そうではあるけれど。

 食べ歩くという行為もここではなかなか見受けられない。

 皆が席に腰を下ろしゆったりとティータイムを過ごしている。

 そんな中目に付く人だかりを発見する。

 招待客が集まって話しているようだった。


「あれ、あそこにいるの理事長じゃない?」


 視線の先にある集団の中に叔父の姿を発見し陽乃が袖を軽く引く。

 声を掛けないのかと視線で問われるが、大人の集団に首は突っ込みたくない。

 そう思って逆に離れようと陽乃の腕を引こうとした所で叔父とばっちりと視線が絡んだ。

 耳元でばっちりと聞こえた気がしたぐらいしっかりと見つめ合ってしまった。

 嬉しそうに微笑む叔父に逃げられないと判断し、こちらも悠然と微笑む。

 集団に一声掛けてこちらに脚を向ける叔父の隣には見た事のある人物が苦笑いを浮かべていて思わず目を丸くする。


「やあ、愛しの姫華と姫華の友人その一」

「こんにちは、理事長」

「こんにちは、叔父様。そしてその不思議な名称はなんですの」


 思わずツッコミを入れてしまった私は悪くない。

 ……ここ最近の口癖になっている気がするわ……。

 でも私は悪くないと思うの!


「ははは、何も間違ってないだろう?」

「ですよねー、理事長」


 いやいや、疑問に思うべきは貴女でしょう、陽乃。

 何故にこにこ笑顔で叔父に同意しているのか。


「…………こんにちは、マスター」

「ふふ、こんにちは」


 叔父と陽乃は置いておいて、叔父の隣に立つ人物に挨拶をする。

 先日羞恥プレイを強要されて行きづらくなってしまったカフェのマスターがそこにいた。


「あれ、マスターさんだ」


 いやいや、さっきからいましたよマスターは。

 私が挨拶して気付いたなんて陽乃は一体どうしたのか。

 そして何故スマホをぽちぽちと弄り始めているのか。


「陽乃、ご挨拶しなさい」

「あっ、こんにちは、マスター」


 陽乃の優先順位が最近わからない。

 挨拶よりもスマホとは……失礼でしょう。


「こんにちは、陽乃ちゃん」

「おや、いつの間に僕の姫華と知り合ったんだい?」


 端末を弄っていた叔父が顔を上げて首を傾げる。

 叔父よ、貴方もか。

 そして陽乃については言及しないんですかそうですか。


「先日カフェに行きましたの」

「そうそう、可愛かったわよぉ」

「ああ……。待て、ならどうして僕に連絡がない!?」

「だってぇ、貴方の姪御ちゃんだなんて知らなかったんですものぉ」


 一度納得したように頷いた叔父がマスターの胸倉を掴み揺さぶり始めた。

 それを意に介さずに笑うマスターは慣れた風だ。


「理事長とマスターはお知り合いなんですかー?」

「同級生なのよぉ」

「叔父様、落ち着いて」

「わたしも姫華と一緒にお茶がしたい!!」

「そうだったんですかー、じゃあ姫華談義はもう?」

「慣れっこよぉ」

「話が纏まりませんわ!まず叔父様は手をお離しになって!」


 叔父に揺さぶられながら陽乃と笑い合うマスターは強者だが、叔父の目が血走っているし周囲の視線が痛い。

 そして慣れなくていいことに慣れてませんか、マスター。

 しかしマイウェイを進むのはいいけれど、周囲を少しは気にしてもらえないだろうか。

 思わず叔父を止める口調がキツくなってしまう。


「姫華ぁ……」

「とりあえず落ち着いて話が出来る所に行きましょう」

「はーい」


 しょんぼりと肩を落とした叔父に小さく溜め息を零すもその手をそっと取れば嬉しそうに破顔される。

 父に叔父を甘やかさないように言われているが、これぐらいならいいだろう。

 気分が高揚した叔父に手を引かれ、私たちは漸く針のむしろな周囲の視線から離れることが出来たのだった。



 そして訪れたのは何故か私のクラスのカフェ。

 休憩時間なのにクラスに逆戻りとは……。

 しかし待ち時間もそこそこに席に座れそうなので良しとしておこう。

 などと一人で考えている内に案内人のアリスこと委員長が目の前に来て目を丸くしていた。

 叔父と繋がれた手を見て私の顔を見つめてくる。

 こっちを見ないでください。

 思わず顔を逸らしてしまう。

 アリスの案内で脚を進めれば、どうやら今の時間は人の入りが落ち着いているらしく給仕もゆったりしている。

 邪魔にならなくて良かった。


「わたしはブレンドで」

「アタシはミルクティーで」

「僕ブレンド」

「……私はストレートティーで」

「畏まりました」


 委員長が優しげな微笑みでお辞儀をする姿に癒されるなんて……どうしてこんなに疲れたのだろうか。

 円卓を囲むように座り正面にいるマスターの顔をちらりと窺う。

 ……うん、綺麗な人だ。

 切れ長の目元を細めて叔父の話に相槌をうつ姿を見ていると、何故か落ち着かないけれど。

 そんな中、ブームなのかわからないがスマホでカシャカシャと写真を撮る陽乃。

 どうしてレンズがこちらを向いているのかは言及しないでおこう。


「しかし姫華はそういう格好も似合うね」


 不意に叔父に話を振られ一瞬何のことか理解出来なかった。

 そう、私は今男装(けもみみ付き)中だった。

 すっかり忘れてしまっていた。


「この前見た制服姿は可愛かったけど、今の格好はカッコイイわねぇ」

「しかもけもみみ付きですしね、くふっ」


 最近の陽乃は何処か箍が外れたように異常行動が多い気がする。

 物凄くニヤニヤしながら私を見ている。

 何かあったのだろうか。

 ……もしかしてこれが本来の性格なのだろうか。


「一応目玉メンバーですのよ」


 どことなく気恥ずかしさを覚え、はにかみながらそう言えばシャッターを切られる。

 一々写真に収めなくていいですよ、陽乃さん。

 ウェイターやウェイトレスのコスプレ姿を簡単に説明していると委員長がやってきて、カップをそれぞれの前に置いていく。


「ごゆっくりどうぞ」


 委員長に頭を下げカップに口をつける。

 喉が異様に渇いていたらしい。

 お水も貰えば良かった。

 珈琲を一口飲んだマスターが小さく声をあげる。


「これ、誰かブレンドしたの?」

「ええ、クラスに詳しい方がいてこの日用に」

「侮れないわねぇ」

「何言ってるんだい、君だって学園祭の時は盛り上げただろう」

「あら、そうだったかしら?」

「その趣味が高じてカフェまで開いちゃって」

「理事長が同級生ということは、マスターさんもここ出身なんですか?」

「ええ、一応ね」


 珈琲の話から叔父とマスターの学生時代の話に遡ってしまった。

 マスターも鶴ノ薔薇宮学園卒業生で、何処かの子息らしい。

 叔父も詳しく説明しないし、マスターも口にしないので何かあるのかもしれないが、子供が軽々しく聞くのも憚られる。

 だが、学園祭でその手腕を発揮し将来の夢と決めたカフェ経営を今、実現させているとのこと。


「……素敵ですね」

「ありがとう」


 思わずぽつりと零した言葉にマスターがはにかむ。

 その微笑みこそ、写真に収めておきたいとぼんやりと思った。

 叔父と陽乃の奇行と、マスターの微笑みを心に残して二日間の学園祭は幕をおろした。

 後日引き伸ばされた私の写真だとか、アルバムに纏められた写真だとかが家に訪れた叔父から父母に渡されていた。

 学園祭ってなんだっけ。

 私には、仄かな恋心を自覚した記念日になりました。

 ついでに陽乃を止めることは無理だと悟った日でもありました……。

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