12話 兆し
隷属魔法って何のことだ。
「ミサキ、詳しく教えてくれないか」
「本当に知らないんだ……いいよ、わかった」
そうしてミサキは召喚された初日のことを語ってくれた。
隷属魔法や能力検査のことを。
「そういうわけで、私たちは帝国に逆らえないようになってるわけ」
「それってユナやサヤカも受けたのか」
「うん、異世界人はみんな隷属魔法を掛けらてるはずだよ。なんでかクオンくんは違うみたいだけど」
確かにこの世界に来たとき、イルナーシアに炎を当てられるよりも先に何か魔法を無効化したと思ったら、あれが隷属魔法だったのか。
「で、お前はそれを解く方法を知ってるから、解除してやるから仲間になれって言うんだな」
「ああ、お前みたいに強いやつらがいたら状況も変わるはずなんだ。隷属魔法を打たれてないってことは、それだけ帝国もお前を持て余してるってことだろ。お前の仲間もみんな救ってやれる」
「どうしてそこまで帝国に叛逆する。大人しく投降して帝国側につけば、こんな状況よりはマシなはずだ。そもそもお前らは反帝国組織ってことらしいが、言ってみればそれは敵国と同じだろ。しかも圧倒的に弱い。そんなやつのところに素直に行くと思うのか」
そもそも俺は今の待遇に何も不満は感じていない。
「帝国側に付くなら、抵抗してでも殺された方がマシだ。それに、お前は隷属魔法を掛けられないからそう思うだろうけど、そっちの女の子は隷属魔法を解きたいって顔をしているぞ」
ミサキの方を見ると、確かに期待するような目で見ていた。
それでも敵の話を鵜呑みにするほど馬鹿じゃない。
「そりゃ解きたいとは思うけど、でもやっぱり信用できないし」
いきなりこんな話をされて仲間になるやつがいるんだろうか。
無駄な会話だったな、こいつを気絶させて早く小隊と合流しよう。
そうして男へ近づくと、やつはさらに言葉をまくし立てた。
「それでいいのかよ。従わなかったら武力で制圧し、それに抵抗するならこうしてさらにえげつない攻撃を仕掛けてくる。そんな国に従ってて何とも思わないのか。辺境の戦場では帝国兵がどれだけ酷いことをしているのか知ってるのかよ! とても見られたもんじゃない。そうした武力を支えているのがお前たちなんだぞ! 実際に見に行ってみろ! そしたら俺の言ってることが――」
男を足蹴にして気絶させる。
もっとも、この男が俺達を説得したのも無意味というわけではない。帝国に対する漠然とした不信感が、はっきりとしたものに変わったわけだからな。だからと言って、すぐについて行くようなことはないが。信用できないのはこいつらも変わらない。
「ミサキ、小隊と合流しよう」
「う、うん」
こいつらはこのままでもいいだろ。
俺の本当の実力を知っているのはミサキだけだ。
ここでこれだけの相手を二人とも無傷で倒したというのは不自然だからな。
そうしてヘリが墜落して行った方角を目指して歩き始めたが、なかなか合流できないでいた。
やはりヘリの移動距離を歩いていくのは大変だ。けれども救難信号はヘリが出してるだろうし俺達がヘリへと行かないと、どっちにしろ帰れない。恐らくさっきの出撃メンバーの残りが俺達を追いかけ、残りが待機といったところか。
「ミサキ、さっきの隷属魔法の話なんだけど、解きたいんだろ」
「そりゃね、でもあんな人たちの言うこと信じられないし」
「それな、もしかしたら俺、解除できるかもしれないぞ」
そう言うとミサキは今まで見たことないぐらいの驚いた表情を見せた。
「うそ、クオンくん、それって本当!」
「分からないけど試してみよう」
「わ、分かった。クオンくんが言うなら信じられるよ」
「それじゃついでに、少し休憩をとるか」
そうして二人で岩へと腰を掛け、ミサキの方を向きアナライズを掛けてみる。
前にも見たことはあるがステータス的には正常だな。
けれど隷属魔法の存在を知った今ならさらにできることがある。
俺は自身に偽装を見破るスキルを掛け、注意深くステータスを見ていく。
すると、ステータス異常ではなく仲間アイコン部分に隷属の文字を発見した。
なるほど、これだとステータス異常を回復される魔法でも隷属が解けないわけか。
なら、これを使えばいい。
テイマー用のスキルだが、これを使えば仲間アイコンの異常を正常に戻せるはずだ。
それをミサキに使ってみると、隷属の文字はなくなっていた。
「ミサキ、終わったぞ」
「えっ、本当!? 自分じゃわからないけど」
「確か自覚症状はないんだったよな。でも大丈夫だ」
「うーん、いまいち実感ないけどありがとクオンくん!」
「よかったな、これで自由になれたわけだが小隊は抜けるのか」
「まさか、ユナもクオンくんもいるし抜けないよ」
「だったら俺とユナも小隊を抜けたらどうするんだ」
あながち、もしもの話でもない。
中央に戻ったら、帝国のことをもう少し調べてみようと思う。
いままでは少し受け身過ぎたのかも知れない。隷属魔法のことも教えてくれなかったし、あのジジイはまだいろいろ何か隠しているはずだ。
「そしたら冒険者っていうのになってみようかな。ほら、こんな魔法もあってすごい世界なのに、ずっと帝国に閉じ込められてる気分だったから、凄く勿体ないなって思ってたんだ」
ミサキって家庭的な割に意外とそういうのも好きなんだな。
趣味が合うかも知れない。俺はミサキほど外の世界に出たいって気持ちはないけど、それでも冒険モノのゲームは好きだったし。もし帝国を出るときが来たらミサキと一緒に世界を回ってみるのも悪くない。ユナもついて来るだろうし、ラナヴルも責任をもってちゃんと連れて行こう。
「だったら俺も一緒に行こう」
「ホント! それは楽しみだね」
そして、しばらく休憩をして再びヘリを目指して歩き出す。
その途中、捜索に来ていたラナヴルたちを合流することができ、ヘリに戻ることができた。
「クオンさん、よかったです無事で」
合流した途端、ユナが駆け寄ってきた。
「ああ、なんとか逃げ切ることができたよ」
そう言ったときミサキと目が合うが、なんだか少し嬉しそう。
俺の秘密を知れたからだろうか。
「二人ともよく無事だったな、救助は要請してあるから我々はそれで中央へと帰る。作戦は成功で敵の拠点は無事落とすことができたらしい。残りの逃げたやつらのことは他の小隊に任せても大丈夫らしい」
タケアキの表情は渋かったが仕方ない。
結局俺たちは何も成果を出せずヘリを一機撃墜されただけだからな。
そうして俺たちは中央へと戻ることになった。
それから数日後の休日、俺はミサキの家に来ていた。
ユナとラナヴルは二人そろって出かけるみたいだったので、俺は一人で暇だったのだ。
「クオンくんから来てくれるなんて珍しいね」
「ああ、暇だったしメシを食べるしな」
ミサキと訓練をするとメシもついてくる。
なので今日も手料理が振る舞われ、テーブルに料理が並べれた。
「いただきます」
やっぱりミサキの料理は美味しい。料理ができるって重要な要素だよな。
そうしてメシを食い終るとリビングでくつろぐことにした。もう何度も来てるので、最初に来たときほどは気を使わない。満腹になったせいか、だんだん眠くなってきたようだ。少しだけ寝かせてもらおう。そう思ったのだが、再び目を覚ましたときには夜になっていた。時計を見ると19時。最近調べることが多くて、寝不足だったから思ったより深い眠りだったようだ。そろそろ帰るか。
帰る前にミサキに声を掛けようと思ったが見当たらないな。どこにいったのかと探すと、すぐに見つかった。
「ミサキ、ここにいたのか」
彼女は台所で晩御飯を作っているところだった。
「あ、クオンくん起きたんだ。どうせなら晩御飯も食べていきなよ。いつも昼ごはんばかりだったけど、たまには夜ご飯もご馳走したいと思ってたし」
「でも、そろそろユナたちも帰ってると思うしな」
「そ、そっか……そうだよね」
ミサキは二人分の料理を既に作っていたようだ。
このまま帰るのも、すこしここで帰るのも悪い気がするな。
「やっぱり晩御飯も食べていくことにするよ」
「えっ、でもユナは大丈夫なの?」
「たまには遅くなっても大丈夫だろ、それに今日はラナヴルと一緒だし」
「そう、そういうことなら……いいかな」
そうしてミサキの晩メシを食うことになったが、相変わらずうまかった。
ユナもこれぐらい料理が上手かったらよかったのに。彼女に不満があるというわけではないけど、それほどにミサキの料理はおいしいのだ。でも、ユナは一途で可愛いし、ミサキとは違ったよさがあるから比べるのもあんまりよくないな。
「ごちそうさま、うまかったよ」
「うん、ありがと!」
さて、今度こそ本当に帰るか。もう20時だし。
二人もメシは済ませてるだろうが、あんまり遅くなりすぎても心配をかける。
「それじゃ、もう帰るよ」
「うん……あ、あのさ。あと少しだけいいかな。すぐ済むから」
「どうした、別に少しならいいけど」
「あのね、話したいことがるの」
緊張した様子でミサキは口を開いた。
この空気、ユナのときと同じものを感じるが嫌な予感がする。
「あの……クオンと、ユナが付き合ってることは知ってるけど、それでもずっと言いたかったの。私、クオンくんのことが好きだったの。でも、ユナもクオンくんのことが好きだって気が付いて、譲って諦めたつもりだったけど、この前の任務のときにはっきり気が付いたの。やっぱり私もクオンくんのことが好きだって! だから、ユナと別れてとは言わないから、私とも付き合って欲しいの」
やっぱりそういう話か。
「ミサキはユナと親友なんだろ」
「うん、だからユナから奪うようなことはしたくないの。だけど、私もクオンのことが好きだし……」
「でもな……」
「普段はユナを優先していいから、こういうときだけでもいいの」
ここで話に乗るとユナとの関係も気まずくなりそうだが、ミサキの気持ちは嬉しいし、彼女も異世界に来てから寂しい思いもしてきたのだろう。
それに、これはユナが公認してくれたら解決する問題だ。
うまく話せば、分かってくれるかも知れない。
「わかった、いいよ」
「ホ、ホント! クオンくん大好きだよ」
「でも、ユナにはちゃんと言って認めてもらうことにする」
「許してくれるかな」
「大丈夫だ、任せておけ」
「うん!」
そうして結局、ミサキの家を出たのは11時頃だった。
家につくと、ユナとラナヴルが出迎えてくれる。
「クオン、かえってくるのおそい!」
「ごめんなラナヴル」
「ラナちゃん、ダメです。クオンさんお帰りなさい」
「ああ、ただいま」
さて、とりあえず今日はもう寝るか。
「クオンさん、夕食はもう済まされたんですか」
「ああ、食べて来たよ」
「そう……ですか」
「クオン、なんでもっと早くかえってこないの!」
ラナヴルの機嫌が悪いようだ。
今日はユナと一緒に遊んでたんじゃないのか。
すこし遅くなったぐらいでなんでこんなに怒ってるんだ。
「どうしたんだ」
「今日、クオンのためにごは――」
ラナヴルのセリフをユナが口で押えて遮った。
「何でもないですよ、気にしないで下さい」
ユナはそう言うが、ラナブルはユナの手を振り払って抗議してきた。
「今日はクオンのためにごはん作ったのに、クオン帰ってこなかった!」
「ちょっとラナちゃん、そんな言い方したらダメです。い、いえ、ちょっと料理を勉強してて作っただけなんで、気にしないで下さい。ただの練習です」
「違う! ユナは朝から食材買いに行って頑張ってた! わたしも手伝った!」
テーブルの方へ行くと、ミサキにも負けないぐらいの品数の料理が並んでいた。見た目はすこし崩れているが、料理ができないユナにしてはすごい。
もしかしたら、少しずつ練習してたのかも知れない。
「い、いや。でも食べのずいぶん前だし、ちょうどお腹も空いてきたきた。是非、食べたいと思う」
「あの、気を使わなくてもいいんですよ?」
「いや、本当だ」
そうして、ユナの料理を食べることになったが……
「ど、どうですか? ちゃんとできてます?」
「うん、うまい」
ミサキの料理と比べたらいけない。
ユナにしては上出来だと思う。
「できたてはもっと美味しかった!」
まだラナヴルは怒ってる。
そうしてメシを食い終わり寝室へと移動する。
「あの、クオンさん今日はどこに行ってたんですか」
ここでちゃんとユナにミサキのことを伝えないといけない。
「じ、じつは――」
「やっぱりいいです。クオンさんも束縛とかされたくないですもんね。すみません、つい不安になってしまって。それで料理なんかもしちゃっただけですから。クオンさんって家庭的な女の子が好きかなって思って練習してみたんですけど、やっぱりまだまだ下手ですよね。でも、ちゃんと上手くなりますから期待してて下さい。クオンさんの好みに合うように頑張ります!」
「う、うん……」
結局、この日はミサキの件を話すことは出来なかった。




