第八話 再戦の条件③
ブックマークを頂けたので本日も連続投稿です!!
付けて下さった方、誠に有難う御座いました。
「この町を 守るじゃと? しかも獄卒の群から?? …………ハッ、馬鹿馬鹿しい」
提示された再戦の条件。それを耳にするなり、雅は下手な冗談を聞かされたとでも言う様に鼻で笑い飛ばした。
そしてその反応を翁は当然の様に受け入れ、他の者も別段彼を咎めようとはしない。
「……なあなあ、さっきから話に出てるけど獄卒の群って何だ? 獄卒なら山の中で何匹か見たけど、あれが一杯いんのか??」
しかし この場でただ一人その意味を理解していない千賀丸は首を捻り、小声で隣に座る照姫へと尋ねた。彼はまだ地獄に堕ちて日が浅く物を良く知らないのである。
「そうね、獄卒がたくさん群れてるっていうのは間違いじゃないわ。でも貴方が山で見た個体と群の獄卒ではちょっと性質に違いがあるの」
そしてそんな少年の疑問に、照姫は先程雅や雷峰に対していた時とはまるで態度が異なる 優しい声色で答えてくれたのだった。
この無間地獄にて野山に単独でいる獄卒は『はぐれ』と呼ばれ、群の獄卒と分けて考えられる。
そして群の獄卒がはぐれとは桁違いの警戒をもって恐れられる訳は その経験集積の差。そして群全体を統率する『親』と呼ばれる特殊個体の差にあった。
はぐれは群の主である親が何かしらの理由で死に発生する物で、本来獄卒は蟻や蜂の如く群単位で行動する存在。
さらに同じ群に属している獄卒同士は全て意識が繋がっており、親の指示の元まるで各々が一つの細胞、群全体で一つの生命体であるかの如く行動する。
故に群の何より恐ろしい点は、人間最大の武器であるコミュニティー能力 それを敵が完全に上回ってくるという点にあるのだ。
同じ群に属する獄卒達は全員の意識が一本に繋がっている。その為一匹がした経験は全ての獄卒に共有され、技術は凄まじい勢いで蓄積されてゆくのだ。
そして群の行動原理は基本的により多くの人間が居る方向へと向かい、より多くの人間を喰らい殺す事を第一とする。故に蓄積される技術は人間の殺戮に関する物であり、長く存続し続けている群であればある程 戦術的にも戦略的にも効率良く人を殺戮できる様に成ってゆく。
謂わば獄卒達は、社会として襲ってくるのである。
しかしそれに対し人類はこの地獄においてその社会を充分に成熟させる事が出来ない。
何故なら人が多く集まれば其処へ必然的に群が引き寄せられ、コミュニティーは獄卒に対抗できる程成熟する前に破壊されてしまう。更にそもそも無間地獄とは、人間同士が争わずにはいられないよう巧妙に設計されているのだ。
唯でさえ個では非力な人間が、この地獄では力でも数でも統率でも上回る獄卒達に蹂躙されている。
その悲惨さは 『群出たら 家も家族も 捨て逃げろ』、そんな哀愁溢れる詩が落子達の合言葉となっている程であった。
「……そッ、そんなやべえ物が今この町に迫ってんのか。此処には子供も年寄りも居るのに、あんまりだ 」
群に関する説明を受け、そしてその恐ろしさを理解した千賀丸は目の色を変える。何となしに聞いていた大人達の会話がいかに切羽詰まった内容であったのか今になって分かったのである。
しかしそんな少年の反応、それと余りにも対照的な表情を簀巻きにされ床に転がる男は作ったのであった。
「あんまりな訳があるかッ。自業自得じゃ、此処まで町を大きくすれば目を付けられるのも無理はない」
雅はこの町に現在進行形で迫っている危機を、不幸ではなく自業自得だと無慈悲に斬って捨てたのである。
「集落一つの頭数は二十を超えては成らん、そんな事この無間地獄では常識じゃ。どこぞの有力獄卒に贄でも捧げておるのかと思えば、偶々今まで襲撃に遭わなんだだけとは。この町には馬鹿しか居らんのか」
「そう言わんでくれ。此処は四方を囲む山々に自生するクチナシの匂いに隠され、これまで襲撃を免れておったんじゃ。しかし何故か最近になってクチナシが一斉に枯れ始めてのう。人の匂いを奴らの鼻から隠せんくなり、遂に見付かってしもうたという訳じゃ」
「フン、どちらにしろじゃな。クチナシが枯れたと分かっていたなら何故すぐ町を捨てなかった、何故ズルズルと今まで人が残っておるッ」
「言うには易いが……人は本来土地に愛着を持ち多くが寄せ集まって暮らしたいと思う生き物じゃ。一度腰を落ち着けた地を捨てるなどそう簡単には出来ん。それに力無きただの落子ではとても町を出て生きてゆく事は叶わんじゃろう」
「それがどうした!! 力無き者は死んで当然、非力な者共がこんな穴蔵に隠れ生き残っておる方が異常じゃ。己の命を己で守れぬ者が喰われてなにが間違っておる? 野山の獣は皆そうして生きておるじゃろうがッ! 」
「しかし、そうは言ってもまだ首も座らぬ赤子も居るのじゃぞ?」
「生かして如何する、ここは何の希望もない無間地獄じゃぞ。 落子共はワシらと違って蘇らん。ならばさっさと死なせて、此処より多少マシな所へ送ってやる方が幸せじゃろう」
灰河町に隠れ住んでいる人々を擁護していた翁。
しかし雅が発したのは 口調こそ荒いがそれでもこの世界の真理を突いている正論。それには流石の老人も口を噤むしか無かった。
此処は地獄の底、無限地獄である。
この世界は人に苦しみを与える為に作られた巨大な拷問器具。それに身体を固定された状態で人間らしく幸福に生きたいと願うなど、返って滑稽の極みではないか。
こんな何処を見ても苦しみしかない世界で生きるのは、弱者にとって嘸かし酷な話なのだろう。ならば弱者はさっさと死なせて、此処よりも希望ある世界で待っている来世に期待させた方が良いのではないか。
それはこの場の大人全員が 心の何処かで思っていた事。
そしてその明らかな事実から目を背け、現世の価値観を持ち込み、まるで自分が善人であるかの如き態度を取っている極悪人共。
それに雅は、怒りの矛先を向けた。
「それで、 貴様らは何故そんな落子共の為にわざわざ群を相手取ろうとしておる? 何か良い報酬でも出るのか? 獄卒から守り抜けば この寂れた町からさぞかし豪勢な褒美が貰えるのだろうな? まさかッ……貴様ら風情が無償で人助けなどと言うのではあるまい」
「…………」
「………フフッ、フッ、フハハハハハハハッ!!!!あまり笑わせないでくれるか。貴様ら全員ここに墜ちておる以上片手で足りぬほど人を殺した極悪人共じゃろうがッ!! それがッ それが今さら善人の真似事? まだ猿が人のフリする方が似ておるぞ! 例えどんな善行を積もうとも殺された者達は蘇らん。今貴様らがやっておる事は、何の意味もない唯の身勝手な自己満足じゃッ!!」
「 だッ、旦那ッ!!!! そんな酷い言い方はねえだろ!! 翁達は無償で人助けをしようとしてんのに自己満足な訳がッ…」
「何も間違ってはおらんじゃろうが。此奴らは自分が犯した罪から目を背けたいだけじゃ、自己満足と言わずして何と言う。……貴様ら醜いのう、 愚かじゃ、 気色が悪い虫唾が走るわッ!! 許されぬ罪を犯したからこの無間地獄へ落とされてきたという事を忘れたか。人殺しは何をしようが何人救おうが、何処まで行っても醜い人殺しじゃァ″!!!!!!」
雅は、この中途半端な獄門衆共が許せなかった。
人を殺しておきながら、まだ善人ぶっているその根性が許せないのである。
人を殺すのなら、地獄の底で永遠苦しみ続ける覚悟を持って殺せ。 許される事など期待せずに、とことん修羅道へと身を堕とせ。 奪われ支配されるのが嫌なら、例えどんな業や負い目を背負う事に成ったとしても奪う側に回れ。
雅は兄達を皆殺しにされたあの日から、そう己に言い聞かせて生きてきたのだ。
そしてその己が、こんな何の覚悟も出来ていない人間に敗れたという事実が、どうしても我慢成らなかったのである。
その時点で、 結局どこまで行っても負け犬の遠吠えに過ぎなかった。
「 雅殿、お主の仰る事をワシは何一つとして否定はせん。それで、 この取引を受けるのか? 受けぬのか? どちらじゃ」
「…ッ″!!」
相手が目を背けたがっているであろう 言っている自分ですら鈍い痛みを胸に感じるほどの言葉、それを半分意地悪心でぶつけてやった雅。
がしかしそれを受けた翁の顔は面に隠されて見えず、声も変わらず平坦なまま。それに対して彼は表情を余計苛立たしげに歪め、頭を掻き毟った。
そうして更に言葉を続けようとしたが、これ以上奴に心痛を与えられる言葉がなにも思い付かない。
すると急激に雅は今自分が身を置いている状況にうんざりし始め、さっさと話を終らせてしまう方向へと舵を切ったのだった。
どちらにしろ、この話の終着点は一つ以外に無いのだから。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………ワシは、貴様らの根性が心底気に食わん」
「 そうじゃろうな 」
「だが、 取引は受けてやる。偏に己の一人の為。この町の住民共の命など如何でも良い。ただ獄卒の群を皆殺しにした後、お前を真正面から否定し八つ裂きにして 死骸に唾を吐き捨ててやる為だけにだ」
「ホッホッホッ…良いぞ、望む所じゃ」
雅の僅かすら包み隠す気のない殺害予告を、翁は勝者の余裕か笑って受け入れる。
そうして此処に、取引が成立した。
とても命を預け合う仲間という様な雰囲気ではない。
がしかしそれでも翁・照姫・雷峰へさらに雅が加わり、灰河町へと迫る獄卒の群を迎え撃つ 四人の強者が揃ったのである。




