第五話 月夜のバトルロイヤル②
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「うわぁッ! なんだ今の、悲鳴?!」
「一人死んだらしいの」
「そんなサラッと言わないでくれよ! 人が、死んでんだぜ?」
「いい加減人が死ぬのは慣れろ。我が身すら守れぬ者の同情など犬の餌にも成らん、そんな暇が有るなら 己がどうやれば生き残れるのかを真剣に考えたらどうじゃッ」
雅はそう言って、宿の戸に張り付く千賀丸を引き剥がし 夜闇の中へと突き飛ばした。
その動作には日中翁や茶屋の女性から感じた自分を子供扱いしている雰囲気が微塵も感じられない。唯の人間、一人の獄門衆として扱われている。
そしてこの世界での当たり前は彼の方。子供だから、そんな甘えは早々に断ち切らねばこの容赦のない地獄を前に悲惨な末路を辿る事となる。
自分の身は自分で守る以外に無い。守って貰うなら、守られるだけの価値を己で示さなければ成らない。
そう、遠回しに教えられている様な気がした。
「 分かったよ、腹括ってやる。でもその代わりに一つ教えてくれ」
「あ″? なんじゃ」
「旦那の名前だよ。ほら、獄門衆が釣れたら合図として叫ぶからさ」
「……今の様に旦那と呼べば良いじゃろうが」
「やだ、名前教えてくれねえとオイラ餌には成らねえぞ! 名前も知らねえ野郎の為なんかに死ねねえからな!!」
「チッ、面倒くさいのお。……………ワシの名は雅じゃ、これで良いじゃろ」
名前を教えてくれと言われ、彼はその顔に露骨なまでの嫌そうな表情を作る。しかし教えてくれなければ手伝わないと粘られ、仕方なく自らの雅という名を明かした。
するとそれを聞いた千賀丸は急にニヤニヤしだし、こう反応を返してきたのである、
「 へえ〜、雅ちゃんかい。女みてえに可愛い良い名前だな」
「やかましい″ッ!!!! 名前を聞いたならさっさと敵を釣ってこい、叩き斬るぞ!! ワシはこっちへ行く、お前は反対じゃッ」
「へいへい、ああ恐ろし」
聞いた名前を早速茶化してきた千賀丸に、雅はだから名乗るのが嫌だったのだと言わんばかりに握った刀を振り回して叫ぶ。
そして小さな影は斬られる前に彼が顎で指したのと反対方向へ駆け出し、雅自身も舌打ち一つを残して歩き始めたのだった。
ザワァァァァァァァァァ……………
特に理由もなく入った通りを生温い風が吹きぬけ、雅の長く美しい髪が揺れる。風には、鼻腔と本能をくすぐる血の匂いが乗っていた。
研ぎ澄ました感覚で気流に乗った情報を読み、この町に潜む多数の荒息遣いを感じとる。
だがにも拘らず、月夜空の下は異様に静か。己の拍音と風の音のみが鼓膜を揺すっていた。
まだ先ほどの悲鳴以来次の戦闘が勃発していないのだろうか。若しくは数無数の戦いが音も残さず闇の内に決したのだろうか。
何も定かではない。しかしそう遠くない所に獲物は居る、その事実だけで雅は口端がヒク付くのであった。
そして、 その時は唐突に訪れる。
「……やっとか、待ちわびたぞ」
「それは申し訳ない。そして チェックメイトです」
只管前へと進み続けていた足が唐突に止まり、雅はまるで月へと語り掛けるが如くに呟いた。
すると それに対する応答が背後より聞こえてきたのである。更にその背中に感じた声と気配は、何故かもう既に勝利が確定したとでも言わんばかりの自信を纏っていたのだ。
「何じゃ、その…ちぇっくめいとうとは?」
「おお、古き時代の方でしたか。まあ……将棋で言うところの王手、貴方側から見れば詰みという奴ですよ。振り返ってみてくださいッ」
普段は他人の指図など受けぬ雅であったが、今回に限って気紛れに声へ従って背後を振り返る。
すると十五尺ほど離れた位置に、茶色の外套で身を包んだ色男が右手一本を半分上げて立っているのが見えた。
そしてその右手には月光を僅かに反射する炭鋼色のリボルバーが握られ、一直線に銃口を雅の眉間へと向けている。
「5メートルの距離、武器はリボルバー、そしてそれを握るは凄腕のガンマン。この状況の残酷さが貴方には分からないのかも知れませんね。……ま、その方が幸福なのかもしれませんが」
「 嘗めるなよ若造。ワシはこの地獄で数え切れん程の獄門衆を殺してきたんじゃ、その中にはお前の玩具と似たような物を使う輩もおった。よう分からんが、それが火を噴くと弾が飛んでくるんじゃろ?」
「おお、博識ですなご老人。ではどうです、一つ命乞いでもしてみますか?」
目前の獄門衆が銃火器を知っていた、その事実を前にしても外套の男は一切余裕を崩す事は無かった。
崩す理由がない。勝負は既に背後へと回り込み銃を構えた時点で決している、この距離で自分の腕が狙いを違える事は有り得ない。
今まで現世でも、そして地獄でも繰り返してきた様に、敵の口が奏でる耳触りの良い涙声を聞いたあと引き金を引いて絶頂へと至ろう。
外套の男は顔の片側だけを歪めて笑った。
「いいや、ワシが今から行うのは命乞いじゃない。年長者らしく、我が生涯を掛けて得た教訓を一つ若造に享受してやろう」
「ふむ。綺麗な土下座の仕方、とかですかね?」
「……小僧、どうやらお前はワシら剣士が飛び道具を持っとらんと思っとるらしい。その五めぇとうとか言う距離さえ有れば、自分が死ぬ事はないと思っておる」
「ははは、なら刀でも投げてみせますか。それとも剣劇小説よろしく斬撃が飛ぶとかッ」
「しかと味わえハナ垂れ小僧。これが剣士の 飛″び″道″具″じ″ゃ″″!! 」
……………………ゾクゥッ
「ッ″!?」
そう雅が意味有りげに凄んだ瞬間、外套の男は背筋に刃物を押し当てられた様な寒気を感じる。
それと同時、彼の視界の中へ自らに向け最短距離で迫刃特攻を仕掛けてくる剣士の像が結ばれたのだ。
ッ パ″アァン!!!!!!
その無策だが鬼気迫る突進に、歴戦のガンマンたる彼は脊髄反射の領域で引き金を引く。そして放たれた弾丸は、狙い違わずその突っ込んできていた像の眉間を撃ち抜いた。
「 ッなぁ!?」
しかし 次の瞬間なんと弾丸が貫いた像が忽然と消え、敵の身体が存在していた筈の空間は何もない唯の闇へと変貌する。
目の前で起こった理解不能な現象に、彼の瞳は目紛しく上下左右へと跳ね回って消えた敵を探す。
するとその見せられた像より僅かばかり横へズレた位置に、重心を深く落とし今まさに地を蹴らんとする雅の姿が
………・・・ ・ ・ ・ ・
業『天地孤独』を起動。
精神を時の流れから乖離させ外套の男は驚愕の表情浮かべたままに固まる。絶対的優位の立場から真っ逆様に転落した者の顔だ。
今雅が敵へと放った剣士の飛び道具とは、彼が勝手に『殺気飛ばし』と呼んでいる剣術の妙技。
文字通り敵に強烈な殺気を飛ばし、攻撃や防御の反応を誘発させ隙を作る。嘗て彼を殺した剣士の一人が使用してきた技術を模倣した物であった。
この技は武を極める上で否応なく研ぎ澄まされる勘や感覚という物を逆に利用、戦いの動きが細胞一つ一つまで染み込んだ達人相手にこそ有効となる 合気の様な物。
そしてそれによると、外套の男は余程勘が鋭いらしかった。あの面は虚像まで見えてい面だ。
・ ・ ・ ・ ・・・……………
全てが止まった世界の中 雅は二つ動きを作る。地を蹴り抜き、刀突き出して敵の喉を抉るという不純物を排除した動きを。
業を解除。
彼の肉体は全自動で持ち得る全ての潜在能力を発揮し、そして予め作られていた未来を今ヘとなぞった。
…………………ズドオ″ッ!!!!!!
その地面から突き上がる神速の剣に、右手へ握る炭鋼色の玩具はなんの役にも立たない。
突きは過去に描かれたその通りに敵の首へと到達、気道を貫通しその奥まで突き破った。
ズバァ″ッ″″!!!!
しかし、その紛う事なき致命傷を敵に与えたにも関わらず 雅は更に動きを繋ぎ続ける。刀を抜かれ地面へ落下するその首へと下から掬い上げるように円弧を描き、刃一振りと斬り飛ばしたのだ。
相手がどんな業を持っているのか分からない。
だから、確実に息の根を止めたのである。
ポンッ ポンポン ゴロ、ゴロ、コロ………………
「フゥ」
自らが斬り飛ばした生首が若干坂状に成っている通りを転がってゆくのを見て、雅はようやく一つ息を吐いた。
業『天地孤独』による動きの作り置きを行う場合、一々息を吸う吐くという動作を作らなければ呼吸する事さえも出来ない。しかも作る動きの数が増えれば増えるほど、各個の速度と精度は低下する。
それ故雅は、基本的に呼吸を排除し動きを作っているのだった。
そうして、 一息ついた事により極限まで張り詰めていた精神が僅かに緩み、 取捨選択で排除されていた音の情報が急に脳へと届き始める。
…………………………………ァァァアアギャアアアアッキンギィンッグワァ″グゥゥゥアハハハハハッガアァイヤアアアアアアアアアアア″″ァガアッズドンガラガラギャハハハハハハズザンッボンウワアアアアアズザザザッオオオオオオオオオオオ″″ラアッアアッアッア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″ア″!!!!
「ふふッ、ふふふふッ」
先程までの静寂が嘘の様に、いつの間にか町を埋め尽くしていた悲鳴と怒号の交響曲。それに雅は、ここぞ我が故郷とでも言うかの如く自然な笑みを溢す。
完全にこの地獄を楽しんでいる。倫理道徳が人としての原型を保っていない。
そしてそういう現世の価値観から解き放たれている人間ほど、この地獄では長く生き残る。
「さあ、次は誰が相手じゃ! 誰だろうと構わんから掛って来い、ワシは今人を斬りたくて斬りたくて仕方がないんじゃあ″あ″あ″あ″ッ!!!!」
木霊する命の爆ぜる音に居ても立ってもいられなくなった雅は、つい数秒前に生首一つを拵えたばかりにも関わらず辛抱溜まらんという様子で叫んだ。
その目を血走らせ息を荒げる様子は、強酒をくらい酔っ払っているかのよう。
「……では侍、今度は私が相手をしようか?」
だがそれは何も彼だけの話では無い。今この夜に出歩いている者は皆悉く、血に酔っているのだ。
心拍を使い潰す緊張、それを乗り越えた先の愉悦、そんな此処でしか味わえぬ至上の美酒に溺れ酩酊しているのだ。
この夜は宴、血を杯に、悲鳴は肴。
互いを喰らい合う鬼共の宴会場であった。
お読み頂き有難うございます。
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そして少しでも小説の技量を上げたいと思っておりますので、感想なアドバイスなどを頂けると嬉しいです。
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