第四話 灰川町④
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ザワッ…‥ザワザワ…ザワザワザワッ…………
「ん? 何か、やけに賑やかだな。此処の神社って何時もこうなのか?」
「いや、普段は閑静な場所なのじゃがぁ……今日は珍しくなにか催し物が行なわれておる様じゃの」
千賀丸がぽつりと溢した疑問に、翁は首を伸ばし先の様子を伺ってそう返す。
鳥居を潜った先には、予想通りその他の建物とは一線画す趣向が凝らされた社が存在していた。
恐らくこの街で最も立派な建造物。だがしかし、石段を登りきった千賀丸の注意は社では無く、その前にできた人混みと喧噪に吸い寄せられたのである。
そしてそんな喧騒の中心、そこから何か大きな声が聞こえて来たのであった。
「灰河町の皆々様、よくぞお越し下さった″ッ!! それがし当てもなく方々を旅しながら その地の強者と力比べを行なっている、人呼んで地獄大横綱『雷峰』と申す者!! そしてこの度は、皆様に1つ憂さ晴らしを兼ねた余興を提供しに参った次第でございまする」
人々の話し声を掻き分けて聞こえる、名前に違わぬ雷轟が如き声。
人混みは社と鳥居の丁度真ん中に敷かれた縄を囲うように存在していた。
そしてその縄が作った円形の中心。そこに周囲を人々に囲まれた状態でも顔が見える大男が立ち、群衆へ向けて何やら話をしている。
千賀丸と翁は、どうやら丁度この大男が準備した余興が始まるタイミングで神社にやって来たらしい。
「これより行なう余興は単純明快。十銭の参加料を支払って下さった方は、この土俵の中で十度思いきりそれがしめを痛め付けて下され。更にそれによって若しもこの雷峰を土俵の外へ出すか、足裏以外を地面に付けさせる事が出来たならば……この豪華景品を差し上げましょうぞ!!」
そう言いながら雷峰は土俵の外へ出て、その脇に自らが置いた紫色の布を掛けられた物体の正体を明かす。
それは、俵三つへ一杯に詰まった白米と、四つ積まれた大きな酒樽であった。
この地獄において生命を繋いでくれる食糧と、苦痛を忘れさせてくれる酒ほど価値の有る物はない。
キラキラと光輝いて見える程の景品達。それがこの大男を倒せば手に入る。
周囲を包む空気が、俄に欲望色へと塗り変わった。
「更に更にッ、皆様に使って頂く道具は素手だけに限りませぬ。三十銭でこの木の棒、五十銭でこの丸太、そして百五十銭を払って下さった方にはこの研ぎ抜かれた刀を使用して頂けます。さあ皆皆様″!! 何方からでも自由にご参加ください!! 日頃の鬱憤をぶつけて胸の支えを取り、あわよくば豪華景品まで手に入る。皆様には得しかございません。最初にこの雷峰めへ挑戦するお方は、果たして何方ですかなッ??」
ッオ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″オ″″!!!!!!!!!!
力士では無く商人ではないかと思う程の饒舌ぶりで煽り、境内に集まった人々は我先にと銅銭握った手を振り上げた。
そしてその中の一人、最も早く手を上げた男が十銭を支払い 最初の挑戦者となる。
「さあ、何処からでも遠慮なく来て下され。殴ろうが蹴ろうがご自由にッ」
ニッコリ笑いながらそう言い、雷峰は両手を後ろに組む。更になんと、中央部から大股で一歩二歩三歩と下がり、土俵の縄を踵で踏む位置に立ったのだ。
あと一尺でも後ろに押し出す事ができれば景品が手に入るという状態である。
その余りにも自らが有利な状況に、最初の挑戦者は戸惑いつつも 肩を回して一層意気込んだ。
パシンッ
男は遠慮してか、最初は手を平らにした張り手の形で突き出した。
しかしその突きは雷峰の巨壁が如き肉体に弾き返され、彼を揺らがす事すら出来ない。
掌に感じるビクともせぬ感触。それに男は遠慮をかなぐり捨てた。
………ガンッ ドガァッ ズドッ ガァンッ! ダンッ! ドゴゥッ!
拳を固く握り三度その巨体を殴り付けた。
だがそれでも仰け反りさえしない雷峰の姿に、今度足を使い腹を三度蹴り付ける。がしかしそれも、梨の礫。
そこで等々一切の気心を取っ払い、最後に肩を入れた渾身の体当たりを同じく三度行なったのである。
ドン″ッ! ドン″ッ! ドォン″ッ!!
「……………………いや~危ない危ない、あと少し気を緩めていれば土俵からはみ出す所だった」
結局、雷峰はその大の大人が本気で放った体当たりを身じろき一つせずに受けきった。
しかし彼の顔は態とらしく安堵の表情を浮かべ、 更には客を逃がさぬよう、 まるで危機一髪であったかの如き口振りを忘れない。
「 さ、続いて挑戦して下さるのは何方かな? いつ終わるのかは此方の気分次第、早い者勝ちですぞー!」
オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″°オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″オ″″″!!!!!!!!!!!!!
その役者っぷりが功を奏してか、其処からも途切れる事無く挑戦者の手は上がり続けた。そして皆回れ右する様に、ビクともしない鋼の肉体に跳ね返され十銭を失ってゆく。
するとそんな中、等々人々の中から五十銭を掲げる者まで出てきたのである。
「何とッ、まさか五十銭も支払って下さる方が現われるとは…。いや~これは不味い事に成った、不味い事に成ったぞー。よもや此処まで払う者は居まいと高を括っていたが、流石に丸太は……いやいや何をおっしゃるかッ! 力士に二言は無いでござる。無いで…ござるがぁ…………」
五十銭を出された途端、露骨に雷峰の顔が青くなる。するとそんな彼の様子に、周囲の群衆から約束を破るのかと野次が飛び始めた。
それで渋々という様に挑戦者へ丸太を渡し、力士は同じように土俵の縄を踵で踏む。
そうして挑戦者はその丸太を脇へ抱え、宛ら攻城戦にて城門を突き破るがごとき勢いで土俵際に立つ雷峰へと突っ込んできたのだ。
ッ ドオン″″!!!!
「うおおおおッ!!!! 危ないッ″! 危ないッ″!」
丸太が腹へと衝突した力士。その反応は先程のビクともしない様とは大きく異なり、体勢を崩しかけ 背を反らし 腕をブルンブルンと振り回して必死に重心の中立を保とうとする。
しかしそんな所へ、挑戦者の男は更に二度,三度,四度,五度……と突っ込んでゆく。
ッ ド″″オォ″ン″″!!!!
「うわああああああ″あ″あ″″あ″″あ″″″ッ!!!!!!」
そして遂に十度目、雷峰の体勢が致命的に崩れた。
力士の左足は地面から完全に離れ、上体は地と平行になるまで仰け反り、両手は藁でも掴むと言わんばかりに宙を掻いていた。
その場の誰もが、遂に雷峰が倒れる と思い固唾を飲んでその藻掻く大男を見詰める。
「あ″″″あ″″″あ″″あ″″あ″ああぁぁぁぁ…………あぁ、危ないッ、危なかった〜」
がしかし、その大方の予想を裏切り雷峰はまるで空気を掴むが如く腕を引き付け身体を起こし、背骨が折れんばかりに仰け反っていた体勢を立て直してしまったのである。
そしてなんとも肝が潰れたという表情で、危なかったと言ったのであった。
傍目には、何とも危機一髪であったという様に映る光景。
それを見た灰川町の住人達は丸太であれば可能性が高いと思い込み、今度は次々と五十銭が掲げられ始めたのである。
「…………あの力士、デカい見た目の割に悪どい商売してんな。さっきの演技だろ?」
「ホホホッ、お主も気付いておったか。恐らく奴も獄門衆じゃの。まあ、地の底へ堕とされた極悪人にしては何とも可愛げのある商いじゃが」
熱に浮かされた様に銅銭を掲げる人間達を見て、千賀丸と翁は半分呆れた様に言葉を交す。
大袈裟な演技までして銭を集める雷峰も、相手の顔が青褪めたたと見るや寄って寶って景品を取ろうとする町の住民達も、似たような物である。
その光景に、少年は少しウンザリした。
地獄なのだから当たり前なのかも知れないが、この町のどこを見ても俗世的な醜い物が視界に入ってくる。
何というか自分の中の人間という概念が、刻一刻と霞み汚れてゆく様な気がしたのだ。
「百五十だァッ!!!! 百五十銭出すぞッ!! だから、俺に刀を使わせろォ″ォ″!!」
そうして千賀丸が人という生物を少し嫌いになり掛かった時、 まるで追い打ちを掛けるが如く、 そう怒鳴り声が響いたのであった。
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