第四話 灰河町③
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初めて訪れた地獄の町を見物しようと危険を背負ってでも外に出た千賀丸。だが残念な事に灰河町には見る物が余りにも少なかった。
それもまあ言ってしまえば当然である。
この世界の住人は唯生きるだけでも精一杯、珍しい建物を作ったり名物を拵える余裕など有る筈がなかった。
建物はどこも同じ廃墟や掘建小屋のようなギリギリ住居と呼べるかという様な代物。それが狭い通りに隙間なく並んでいて、路上には寝ているのか死んでいるのか分からぬ人間が転がり、すれ違う者は皆触れれば切れてしまいそうな警戒心を顔に浮かべている。
この町の様子を見るに、翁が付き添ってくれなければ本当に危なかったかも知れない。
「 ん?」
だがそんな中、ある一つの建物が千賀丸の目に留まったのである。
それは 地面に突き立てた二本柱の上部に二枚の板を乗せた実用性が皆無のモニュメント的建造物。
ここまで現世と同じでは見間違え用もない。聖俗の境、神社の入り口を示す鳥居であった。
「へえ〜、こんな地獄の底にも神社って有るんだな。なんか意外だぜ」
「そうかのう? 人が集まる場所には大抵一つは社が有るものじゃよ」
神社へと通づる石段を登りながら千賀丸がぽつりと溢した言葉。それに翁は何も変なことは有るまいという声を返す。
「でもさ、オイラてっきり此処の住民は神とか仏を恨んでるもんだと思ってたから。だって何も悪い事してないのにこんな最低の世界へ堕とされたんだぜ? オイラなら寧ろ呪ってるよ」
「……ふむ、それは確かにそうかも知れんな。じゃが人間とは不思議な事に、理不尽な目に遭い追い詰められる程 神や仏を求める物なのじゃよ。人の営みと信仰は不可分じゃ」
「人 って括りは大袈裟じゃねえか? だってオイラ別に神も仏も信仰してなんかいないぜ。それに旦那だってそうだ」
「……信仰とは何も、神仏だけにする物ではない。あの侍は恐らく己を信仰しておるのじゃろう」
「己? てめえ自身を仏像みたいに拝んでるって事か?」
「まあ、本質的にはそれと何も変わりはないの。強者は己の腕前を、賢者は己の頭脳を、兵は己の主を、民は己の国を信仰し生きておる。そしてそれら目に見える信仰対象を持ちえぬ弱き者、それが最後に縋るのが神や仏などの目に見えぬ何かなのじゃ」
「じゃあ、此処の連中は弱き者だって事か?」
「その側面が表に出ているというだけじゃ。信仰の対象など容易く変わる、神の気付きとは人の限界の気付きじゃ。強者とは、己では如何ともしようが無い理不尽にまだ対面しておらぬ者の事。まあそう言う意味では、神が目前に現れておらぬ者は幸福だと呼べるのじゃろうが……」
千賀丸は歳の割に聡明な頭を使ってその言葉の真意を理解しようとする。
しかし何となく、翁が本来言わんとしている事の半分も自分は理解出来ていない様な気がした。
だがそれでも、何となく、千賀丸の中で『神の気付きとは人の限界の気付き』という言葉が耳に残ったのである。
自分も如何しようもない理不尽に対した時、神に気付くのだろうか。そして あの旦那に付いて行けば大丈夫 だとこんな所まで来てしまった自分は、彼の化け物染みた強さを信仰しているという事に成るのだろうか。
そうして、蓮華座で坐禅を組む旦那を両手合わせて有り難がる自分を想像し馬鹿らしく成りつつ、石段を登りきる。
『口無』という札の掛かった鳥居。その下を千賀丸と翁は潜り、神社の境内へと入っていったのであった。
お読み頂き有難うございます。
話の丁度いい切れ目が此処でしか作れず、今回の更新は短い内容と成ってしまいました。その代わり本日の午後10時半にも更新致しますので、宜しかったらまた読みに来て頂けると嬉しいです。




