第三話 町へ③
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「旦那ッ、なあ旦那待ってくれよ!! 何も言わずに置いてくなんて酷いじゃねえかッ!」
「何でワシがお前を待たにゃ成らんのじゃ。付いてくるな小僧ッ、斬り殺すぞ」
腹を槍で貫かれ、四方から弾丸を撃ち込まれた翌日。雅はいつもと何ら変わらず まだ夜も明けきらぬ時刻に起き、移動を開始した。
別に大した理由はない。唯目が覚めると同時に行動を開始し 眠く成れば全てを投げ出して寝る、そんな己の中にある本能の指針に従ったまでである。
だがにも拘わらず今、後から追い掛けてきた名も知らぬガキに置いていったと非難されている。筋が通らぬ目に遭っているのは雅の方であった。
「ガキじゃねえ、オイラ千賀丸って言うんだ」
「知らん。お前の名など道の糞ほども興味ないわ」
「チェッ、つれねえなぁ。…まあ別に良いけどさ。じゃあ旦那の名前は何て言うんだ? そう言えば聞いてなかったよな」
「喧しい。いい加減しつこいぞ小僧、失せろ″ッ」
蠅の如く付き纏ってきて 片時と開けず喋り掛けられるのがいい加減鬱陶しく感じ始めた雅は、足下の少年へ向けて殺気をぶつける。
それを受けた瞬間、千賀丸は表情を強張らせ数歩後退った。
がしかし、昨日の内に二度も見えない殺気の刀で斬られている彼は若干の耐性を獲得していたらしく、直ぐに再び足元へ纏わり付いてくる。
「……へッ、へへ! その程度でオイラを追っ払えると思ったら大間違いだぜ。悪いがこっちも命が掛かってんだ、どんなに脅されようとアンタにお供してやるからな旦那!!」
「…………………はぁ」
そう気丈に笑い駆け足で隣を付いてくる少年に、雅は白目が増えた顔で溜め息を付いた。
此処で斬ってしまおうか、そう一瞬本気で考えた。だが子供の挑発を受けて刀を抜くのは何とも格落ちな気がして、一先ず今は無視を貫き歩調を速める事としたのだった。
そして、そんな速度を上げた雅の背中を、千賀丸は半分の歩幅で必死に追いかけてゆく。
彼らが今いるのは、 樹齢幾百年という巨木達に周囲を取り囲まれた、 空すらも見えない鬱蒼とした森の中。
ここに雅は かつて自分を殺した剣士の一人が現れたという噂を聞き付け、得物だけを引っ掴み飛び込んできたのである。
しかし一足遅かった。その男は足跡一つ残さず消えていて、盂蘭盆ノ経へ刻まれた新たな二節のみを収穫に山を下りる事となったのである。
雅を殺した四人の剣士、彼らは皆悉く神の領域へと踏み込んだ剣の腕を持っていた。
一人は居合いの達人、一人は盲目の剣客、一人は剛力の剣豪、一人は姿無き幽鬼。
どの死も昨日の事であるかの如く鮮明に斬られた感触を覚えている。充分に超人的な戦闘能力を持つはずの雅が手も足も出ず、この地獄を出ることすら後回しにしてしまう程の屈辱を刻んだ史上指折りの強者達。
そしてその敗北以来 雅は常に瞼の裏へ奴らの幻影を描き、奴らを想定して戦い続けてきた。
いつか再び相見えた時、今度は自分が屈辱を刻み込んでやるために。
だが悲しいかな、今だ一人として夢の中でさえも勝つ事が出来ていないのだ。どんなに甘く見積もったとしても己の刃が奴らの首に届く想像が出来ぬ。
それ程隔絶した力の差が、雅と四人の剣士達の間には存在していたのである。
あの一撃は如何にして躱せば良かったか。あの構えはどうやって崩せば良かったか。あの間合いから如何に飛び込むべきでであったか。あの剛剣の弱点は一体何処にあるのか。あの死角なき瞳はどうやって掻い潜るべきであったのか。あの瞬間見えた幻に次こそは動じず居られるであろうか。 あの強者共と同じ領域に立つ為には、自分には一体、一体何が足りぬというのか……………………………
もう随分と昔から考え続けている問が、今日も消える事なく頭の中へ浮んでいる。
雅にとって強く成る事とは自らがこの世に生まれた意味であり、自分が全ての武士を殺す 唯それだけの事を望んで母は死んでいった。
にも拘わらず無様に敗れてそのままとあっては、地獄か極楽か将又もう生まれ変わって現世に居るのかも知れぬ母上に顔向けが出来ない。
だから雅は ひたすら考え続ける。
己がこの世の誰より強く成る為には何が足りないのかと ひたすら考え続ける。
「 あ、町だッ!! 旦那、町が見えてきたぜッ″!」
そうして頭蓋骨の内側で一向に勝てない太刀合いを続けていると、足元から甲高くやかましい声が上がる。
それで意識が肉体へと戻ってきた雅。
彼はいつの間にか山を下り麓の集落が近付いてきている事、そして此処までの道程でうるさいガキを振り切れなかったという残念な現実に気付かされたのだった。
遭遇した適当な獄卒の口にでも放り込んでやろうと思っていたが、不思議な事にあの山中で無数に犇めいている筈の怪物が 一匹たりとも顔を出さなかったのである。
このガキ、地獄の住人に有るまじき豪運だ。
「やった、久し振りに布団で眠れそうだッ。それに何か美味いもんも食えたら良いな」
山と山との隙間へ身を隠すように存在するその小さな町を見て、千賀丸はキラキラとその瞳を輝かせる。
しかし雅の顔にはそんな気安い様子はない。ただ淡々と 次に血の雨を降らすその場所を白刃がごとく冷たい眼光で見据えていた。
辿り付いた集落の名は『灰河町』。地獄の落子達が身を寄せ合って暮らす、地の底の小さな集落である。
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