battle2 つぶあんvsこしあん(前編)
ここは空振高校、2-A教室。時は昼休み。
俺の席は教室の1番後ろ、しかも窓際。
この、楽園ともポールポジションとも言われる席をくじで引き当てたのは、俺の日頃の行いがとても良かったからだと思う。
5月の日差しはぽかぽかで、文字どおりこの世の春を謳歌しながら、まどろむ俺。
もう、このまま寝てしまおうかな……。
「くん……、あかい……くん……」
誰かが呼んでいる気がするが、きっと気のせいだろう。
「赤井くん、起きなさい!」
委員長か……、気のせいじゃなかったか……。
せっかくいい気分だったのに……。
「おはよう……委員長……」
「おはようじゃないわよ。早くケンカを止めてちょうだい!」
「おやすみ……委員長……」
「おやすみじゃないわよ! 何うたた寝してるの!」
「真白は、どうした……?」
俺よりも、あいつの方がケンカを止めるのは得意だぞ。
「黒田さんはいないのよ。まったく、こんな時にどこに行ったのかしら」
「じゃあ、購買だろうな……。たぶん、甘いパンを買いに行って……Zzz」
「って、寝るなーっ! 起きてーっ!」
「……ケンカしてるのは?」
「黄緑コンビよ」
「また、あいつらか……」
俺のクラスの黄緑コンビこと黄村と緑野は仲が悪く、しょっちゅう喧嘩をおっぱじめる。
ツインタワーとも呼ばれる巨漢同士が、暴れ始めたらきっと誰にも止められないはずだ。
まあ、放っときゃその内おさまるだろ。眠いし。
ドカッ!
「ぐわあああっ!」
派手な打撃音が聞こえた。誰かがこっちに飛んで来てるみたいだな。
「はっ!」
俺は机から飛び跳ねると、飛来してきた緑野をローリングソバットで蹴り返す。
「ぐわあああああっ!」
「どわあっ!」
跳ね返った緑野は黄村や机やイスを巻き込みながら転がっていき、どんがらがっしゃーんと壁に激突した。
あーあ、すっかり目が覚めちゃったな。
「お前ら、いちいち喧嘩すんなよ! せっかく同じクラスになった級友じゃないか、もっと相手の事を思いやれよ!」
「「お前が言うな!」」
*
「で、今度のケンカの原因は何?」
前回同様、三つ編みメガネ委員長の紫藤ゆかりに反省を促される黄村と緑野。またしても、2人並んで正座をさせられている。
ちなみに、並んで左側のゴリマッチョが黄村。右のイケメン細マッチョが緑野。
毎度、飽きもしないでよくやるなあ。
「こいつが、つぶあんをゲテモノ扱いしやがったからだ!」
「ふっ、貴様がこしあんを軟弱な食べ物と呼ばわったからだ!」
「「…………は?」」
俺と委員長は顔を見合わせる。
つぶあん、こしあんってアンコの事だよな?
委員長は、はーっと首を振りながらため息をつく。
「まったく、たかがアンコの事で下らないケンカしてるのね」
「「下らなくなんてねえぞ(ないぞ)」」
おお、また息ピッタリだな。案外、気が合うんじゃないのかこの二人。
「つぶあんこそがあんこの基本! 皮がゴロゴロしとるところこそが、あんこ食ってる実感を味わせてくれんだろが!」
「何を世迷い事を……、こしあんの上品で洗練された味が分からぬのか、この野蛮人が!」
「あんなつるんと食っちまうようなもんを、ありがたがってんじゃねえぞ、この富裕層が!」
黄村がつぶあん好きで、緑野はこしあんが好みか。
黄村のセリフはあまり悪口になってないな。
「良く分からないけど……いいわ。あなたたち、男だったら拳で語らず、討論で雌雄を決しなさい!」
「おっしゃあ! つぶあんこそが王の道だという事を叩っこんでやらあ!」
「ふはははは、こしあんこそが究極にして至高である事を、思い知らせてやろう」
どっちかというと、男だったら拳で語れと言いそうなもんだが、とりあえずケンカは収まったようだな。
俺はいそいそと自分の席へ戻ろうとしたが。
「ブル! 今日も『アンパン屋』をよろしく頼むぜえ!」
「それを言うなら『審判』だろ!」
黄村の頭の悪いボケに思わずツッコンでしまい、それは叶わなくなってしまった。
やれやれ、今日もジャッジをさせてもらいましょうかね。
あ、『ブル』ってのは俺のあだ名ね。
「それでは、つぶあん派の黄村くん、どうぞ」
「おっしゃらあーっ! つぶあんのつぶあんによるつぶあんのための演説を、しかと聞きさらせえぁーっ!」
「黄村くん、騒音公害なので静かにお願いします。正直うるさい」
委員長の淡々とした司会に促され、教卓に立つ黄村。
黄村公英、我がクラスの二大巨頭の1人。
粗にして野にして蛮を地で行く、山賊のような見た目だが人望は厚く、男たちからの支持率は高い。
言動は暑苦しいが、熱い魂から発せられる言葉は、時に心が揺さぶられる事もあるな。
「つぶあんの良さはまず食感だ! あのゴロゴロした感じ、豆食ってるって感じがたまんねえだろ!」
「ふっ、ボクはその粒のある感じが嫌いなんだがな」
「甘えな! こしあんは食感が均一過ぎて、どす甘えんだ。そこ行くとつぶあんは甘くない部分があったりするから、飽きずにバクバク食えんだろ? こしあんばっか食ってるやつは、これだから甘えってんだ!」
なるほど、意識した事はなかったけど、確かにつぶあんだと味が染みてないところがあったりするもんな。
一見デメリットみたいだけど、つぶあん派はそこが気に入ってるんだな。
「さらに言やあ、豆の皮には栄養が詰まってるんだ! ポリフェノールとか、アントニオ猪木みたいな名前の……」
「アントシアニンの事かしら」
「そう、そのアントニオイノキンは……」
混ざってる混ざってる(笑)。
委員長はあんこのことにも詳しいみたいだな。
「抗酸化作用とかがあって、ガンとか老化とか目にも良いらしいぜ。これだけのメリットがあって、つぶあんを食わねえ理由がねえ! オレっちの主張は以上でえ!」
無駄なく簡潔にまとめたな。
黄村のプレゼンは長くないし、言いたい事はしっかり言ってるから分かりやすくていいな。
「それでは、こしあん派の緑野くん。発表をどうぞ」
「はーっはっは、天よ地よ、ボクが言霊に耳を傾けたまえ!」
「緑野くん、昼休みも残り少ないから、無駄な言葉は省いて下さい。正直うざいです」
委員長の毒の入った司会に導かれ、緑野は壇上に上がる。
緑野葉矢斗。黄村と対をなすもう一方の雄。
茶髪のイケメンだがチャラいというよりも、崇高な佇まいを感じさせる貴族風の男。
尊大な言葉使いをするが、その割には細かい心配りもできる良い奴で、女性人気も高い。
論理的な思考から繰り出される意見は、なるほどと感心させられる事もしばしばだ。
「こしあんの素晴らしさは、その食感である! さらさらとした舌触りは上品で雑味がなく、高級感を醸し出す。つぶあんは皮が主張しすぎて口に残るではないか!」
なるほど、緑野も食感押しのようだな。
「それが良いんじゃねえかよ」
「否! あの皮は時に歯に挟まるではないか!」
リアルに「否」って言う奴、初めて見た。
「茹でた小豆を布で濾す。そのひと手間があるからこそ、高級な菓子であるほど、こしあんを使われる機会も多い。また甘さは強いが、カロリーはこしあんの方が控えめだ! 総合的に見てもこしあんの方が優れていると言えよう! 以上、ボクからの発表は終わり、ご清聴ありがとう!」
ふーん、つぶあんの方がカロリーが高いのか。意外だな。
「一応、プレゼンは終わったけど……。赤井くんはどっちの勝ちだと思う?」
「もちろん、つぶあんだよな?」
「当然、こしあんに決まっているだろう!」
うーん、別にどっちでも良いんだがなあ。でもまあ、ここは俺の好みで選ばせてもらうか。
「ウイナー、緑野!」
「良し!」
「なんでじゃーっ!」
拳を握る緑野に対し、怒号を上げる黄村。こればっかりはしょうがないな。
「個人的にこしあんの方が好きなんだよな。皮を気にしないでペロッと食えるし。ただ、つぶあんはつぶあんで嫌いじゃないし、美味いけど」
「だろ? じゃあ、2回戦もやってくれよ! こんな短い時間じゃ、つぶあんの良さは伝え切れねえ!」
「往生際が悪いぞ、黄村! 既に勝負付けは終わった、これ以上、何を語る事がある!」
「まあ、今回は昼休みだから、ちょっと時間は少なかったわね。……そうだ。赤井くん、黒田さんは甘いパンを買いに行ってるって言ってたわよね」
多分そうだろうけど、俺そんな事言ったっけ? 寝ぼけてたから覚えてないや。
「それがどうした?」
「確か、購買にはつぶあんとこしあん、両方のあんパンがあったはず。黒田さんが買って来たあんパンで勝敗を決めるのはどうかしら」
「いいぜ、乗った!」
「ふん、仕方あるまい。今度こそぐうの音も出なくしてやろう!」
こうして、決着は真白のパンに委ねられた。
ほら、うわさをすれば影だ。
「いや~、今日も購買は人が多かったな~。あれ? みんなどうしたの~?」




