battle5 ポテトチップス 塩味vsコンソメ味(後編)
黄村は、委員長が『のりしお』推しだったのがショックだったのか、ヨロヨロと後ずさり、壁に背中をぶつけてずるずるとへたりこむ。
本当にどうした?
「のりしおが恐ろしいなんて、どういう事なの?」
「とうとう、頭がおかしくなったのか?」
緑野、それはちょっと言い過ぎ。
それにしても、豪放磊落を絵に描いたような黄村がここまでヘナチョコになるとは、いったい奴とのりしおとの間に何があったんだ?
さすがに心配になって来たな。
「なあ黄村、なんでお前がのりしおをそこまでビビッてんのか教えてくんねーか?」
「黄村くん、悩みがあるのなら私が相談に乗るわよ」
「……ボクにも理由を聞かせてもらえまいか? 貴様がそんな様だと調子が出ないからな」
委員長だけでなく緑野も、俺と同じ思いだったようだ。
「て、てめえら……?」
黄村は厚い友情に触れ、溢れる涙を袖でぐいっとぬぐう。
「……あ、アリのまま起こった事を話すぜ! オレっちは『うすしお』を食っていたと思ったら、いつのまにか『のりしお』に変わってた」
「意味が分からん」
「時を止める能力か?」
「もっと具体的に」
「これは、少々グロい話になるんでな。苦手な奴はブラウザバックしてもらってもかまわねぇ……」
*
あれは忘れもしねぇ、オレっちが小学3年生の初夏の頃。ものすごく天気が良くて、暖かかったある日の事だ……。
オレっちは家の縁側で、半袖短パンの格好で日向ぼっこしながらポテトチップスの『うすしお』をバリバリ喰らっていた。
やっぱ、うすしおは最高だぜぇ!
で、そよ風とぽかぽか陽気に誘われて、幸せ気分のオレっちは、外の戸を開けっ放しのまま昼寝をしちまった。
まあ、しょうがないよな。子供だし、食ったら眠くなるのは自然な成り行きってなもんだ。
しかし。
ヂグッ!!
「痛ってえーッ!?」
キ◯タマに、注射針をぶっ刺されたような激痛が走る!
何かの病気か!? と、オレっちはあわてて履いていた短パンとパンツを脱いで見たら、キン◯マに1匹の黒アリがへばりついてやがった。
寝てる間に外から入り込んだのか!?
短パンのスキマから、アリがキ◯タマを咬みやがったッ!!
オレっちは怒りのままに、キン◯マにしがみつく黒アリを引き剥がし、庭先に叩きつける。
くそっ、せっかくいい気分で寝てたのによ。
気を取り直して、オレっちは食べかけのポテチの袋に手を突っ込む。
「ん? オレっちが食ってたのは『のりしお』だったっけ? ……まあ、いいか」
起きたばかりで頭が回っていなかったオレっちは、全く気付いていなかった。
ポテチに付いていた黒いつぶつぶが、うぞうぞと蠢いていた事に……。
*
「もしかして……」
「まさか……?」
「そう、そのまさかだ。オレっちが食ってたポテチにびっしりとアリがたかってたんだ。そして、それに気付かず、オレっちはそいつを食っちまった」
キャアーーーッ!(ホラー映画みたいな効果音)
「うぇっ……!」
「あの時のジャリッとした食感と、臭酸っぺえ味は一生忘れられねぇ。それ以来のりしおを見る度に、あの時の恐怖とキ◯タマの激痛が思い出されてならねぇんだ……」
うおおおおん……、と身体を震わせて縮こまる黄村。
なるほどな。そりゃあ、のりしおがトラウマになるってものか?
アリキンのくだりは、俺もヒュッて腰がひけたもんな。さすがに緑野も痛そうな顔してるし。
「まったく……。どんな話かと思えば、心配して損したわ。結局あなたの不注意が原因でしょ? のりしおは関係ないじゃない。というか、虫が怖いの? その顔で」
「顔は関係ねぇだろがっ!」
だが、その苦しみが理解できない委員長は、辛辣に黄村に言い放つ。ひでえ。
「あの時、唐突に平和な時間と残っていたポテチを奪われた悲しみと、キン◯マの痛みがてめえにゃ分からねぇのか!?」
「玉の2つや3つ何だって言うの! むしろ、罪の無いのりしおを悪し様に言われた事の方がショックだわ。この話を聞いて『のりしお』ファンが減ったらどうするの? そんな薄っぺらい理由でね」
「あ゛あんっ!? そういうてめえは、胸が薄っぺらいだろうが!」
「……へえ? ほーお、ふーん。私に向かってそんな口を叩くのね」
バリーッ!
クラス一の貧乳を誇る委員長が、氷の微笑を湛えながら、突如ポテトチップスの袋を開ける。
「げえっ! のりしお!?」
「ごらんなさい、あなたが大好きなのりしおよ。私があーんで食べさせてあげるわ」
「やめろぉ! そのつぶつぶをオレっちに見せんなっ!」
「うふふふふ、女子高生からあーんしてもらう機会なんてめったに無いわよ。大人になったらお金を払わないと出来なくなるんだから」
「う……、うわあーっ!!」
「待ちなさい! 逃がさないわ!」
あーあ、黄村と緑野の戦いが終わったと思ったら、今度は委員長かあ。
言ってる事も支離滅裂だし、ツッコミも追いつかねーし、こうなったら多少うやむやでも良いから、コイツに収めてもらうか。
「おい、真白。そろそろ起きてくんねーか? 大変な事になってるぞ」
「あおいちゃん……? う~ん、あと5時間~」
「終業まで寝る気か?」
俺は真白のおもちのような白いほっぺたを、みょーんと引っ張る。
「う~や~」
「いい加減起きろっての」
「あ~。おはよ~、塩対応のあおいちゃん」
「誰が塩対応だ」
「じゃあ、コンソメ対応~?」
「そんな日本語は無え」
「あ~、なんかすっごく良い夢見てた気がする~」
真白はう~んと一伸びする。
「あれ? キミたんとゆかりんが教室をぐるぐる追いかけっこしてる~? どうしたの~?」
「実はかくかくしかじかで」
「なるほど、アリさんにポテチを食べられちゃったんだね。じゃあ、ポテチの辛い思い出は、ポテチを食べて癒すのが一番だよ~」
真白はバッグから黒い袋を引っ張り出す。それは普通のモノから比べると、3倍の大きさはあるビッグサイズ。
それは?
「じゃ~ん、みんな大好き『ピザポテト』だよ~。一緒に食べる~?」
真白が机に置いたのは、ご存知カルビーの『ピザポテト』。
トタン屋根のように波を打った厚切りVカットに、溶かしたチーズを乗せた、濃厚なピザ風味のポテトチップス。
「美味しそうね、私はいただくわ」
「……」
そうこうしていたら、委員長がピザポテトの匂いにつられて戻って来た。黄村は首根っこを捕まられて、獲物のようにズルズルと引きずられている。不憫だなあ。
だが、緑野は。
「ピザポテトか。ボクは遠慮しておくよ」
「あれ~、ハヤとんはピザポテトは嫌い~?」
「幼少の頃に食べたきりだが、ものすごく辛かったイメージがあってね。それ以来、食べたことはないな」
「それはもったいないよ~。じゃあ、1枚でいいから味見してみたら~?」
真白に袋を向けられ、それなら試しにと緑野は1枚だけパリッとかじる。すると。
「な……、何だこれは!? これがあのピザポテトだというのか!?」
緑野はその1枚だけでは済まず、次々にピザポテトに手を伸ばし、バリバリバリバリと食べ始めた。
「うや~、ハヤとん食べ過ぎ~。みんなの分が無くなっちゃうよ~」
「すっ、すまない……。ピザポテトとはこんなに美味だったか?」
「えへへ~、実はピザポテトは1992年の発売開始からリニューアルを繰り返して、今は『14代目ピザポテト』なんだよ~」
1992年からということは30年間か。2年に一回は味変してるってことか?
「ピザポテトがこんなに美味だったとはな……。ボクは今までコンソメ一筋だったのだが、ピザポテト派に乗り替えても良いだろうか?」
おおっ? ここに来て、推し変か?
「いいよ~。ポテトチップスもいろんなフレーバーがあるから、その時その時で好きな味が変わってもいいと思うよ。うすしお味も塩の量や産地を変えてみたり、コンソメ味だったらビーフとチキンの配分を変えたりしてるし、ポテチの世界は日進月歩、はじめの一歩、愚地独歩なんだよ~」
あ、こいつ『グラップラ◯刃牙』も読んでやがる。
まあ、真白の言わんとするところは分からんでもないけど。
「そういや、俺も昔はコンソメ派だったけど、一周回って今は塩が一番だと思うからな」
「あおいちゃんも年を取ったね~」
「お前も同い年だろうが」
しみじみ言うなよ。失礼な。
「やっぱり、ピザポテトは美味しいわね」
「ああ、うめえな……」
黄村は浮かない顔でもくもくと食べる。すると、委員長は。
「ねえ、黄村くん。やっぱり『のりしお』を食べてみない?」
「あ゛っ?」
「黒いつぶつぶが嫌なら、目をつぶって食べれば良いじゃない。案外ショック療法が有効かも知れないわ」
「だから、オレっちは、のりしおは……」
「ウジウジするのはあなたらしくないわ。このまま一生、のりしおの影に怯えて生きて行くつもり? のりしおも昔に比べて格段に美味しくなっているはずだから、私を信じて食べてみて?」
あーん、と委員長の手ずから差し出されるのりしおポテトチップスを、黄村は意を決して目をつぶり、苦みばしった顔でバクっと食べた。すると。
「う……、うめえっ!? のりしおって、こんなに旨かったのか!? もう1枚よこせぇ!」
「えっ? じゃあ、はい」
あーんをしている黄村の口に、委員長はもう1枚、ポテトチップスを差し出す。
「うんめえーっ! こいつはドハマりしそうだぜぇ!」
「えっ、ちょっ、やんっ!? 私の指を舐めないでよ!」
「のりしおうめえっ! 指までうめえっ!!」
「それは、自分の指でやってよ!」
指を黄村にしゃぶりつかれ、思わず委員長はビンタを食らわす。
バチーンッ! どんがらがっしゃーん!
「ぐわあああーっ!」
「やだ、思わずやっちゃった! 黄村くん、大丈夫!?」
クリーンヒットが炸裂し、黄村は机の列に突っ込んでいった。
「真白、あれは止めなくていいのか?」
「うん、あれは仲良しさん同士がやってることだからいいんだよ~」
「そういうもんか?」
違いが分からん。けど、真白が言うならそういうものか?
まあ、黄村はのりしおの恐怖を乗り越えたみたいだし、緑野は美味だ美味だとピザポテトを食べ続けているし、この件は一応解決ってことで良いのかな?
今回の結論:ポテトチップスは、企業努力で日々美味しくなってるので、どれが1番かは決めきれない。
細かい事を言やあ、厚切りポテトやチップスターみたいな成形型もあるし、好みを言い出したらキリがないもんな。
とかなんとか言いつつ、俺もピザポテトを食べる。
「うん、やっぱりポテトチップスは、どれも美味いな!」
「ポテトチップスとかけまして~、フランスの首都と解きます~」
「そのこころは、パリッ! だろ?」
「オチを先に言っちゃダメ~」
なんのひねりも無いもんなあ。
お前は分かりやすくて、素直すぎるぞ。
(おまけ)
「うーむ……」
「どうした緑野。イケメンが難しい顔して」
「ああ、ブルさんか。ここだけの話だが、実は海外ではコンソメ味のポテトチップスはほとんど見当たらないんだ。さらにコンソメスープの発祥地であるフランスに至ってはコンソメ味チップスは無いらしい」
「何だって?」
「コンソメ派としては、この事実を秘しておこうと思ったのだが、黄村に『異国の文化を受け入れられぬとは哀れだな』などと言った手前、伝えないでおくのはアンフェアだと思ってな」
「マジか。コンソメだから、海外のイメージが強かったけどな」
「海外の主流は『ソルト(塩味)』・『サワークリーム』・『バーベキュー』辺りで、『ビネガー(酢)』や『プレーン(味無し)』などバリエーションも豊富なのだが、コンソメ味だけはほぼ皆無との話だ。世界で通用しない以上、やはりコンソメは塩には敵わないのかもしれないな……」
そう言って、緑野は大きく肩を落とす。そこへ。
「ハヤとん、そんなに落ち込まなくていいよ~」
「お、真白」
「黒田さん」
「コンソメ味チップスが海外に無いってことは、日本が誇るべき独自の文化ってことだよ~。例えば、フジヤマとかゲイシャとかハラキリとか」
ハラキリは誇るべき文化か?
「だから、堂々と胸を張ってて良いんだよ~」
「確かにカルビーのコンソメパンチには、パンチを効かせるためと日本人の口に合うように『梅肉』を加えてあるらしい」
「ほうほう~」
そうだったのか? どおりで後を引いて手が止められない訳だ。
「また、コンソメ味は海外に無いため、取り寄せや買い付けにくる外国人も少なからずいるとは聞く。考えようによっては、希少なフレーバーだけに価値が高いという証左なのかもしれないな。ありがとう、黒田さん。キミのおかげで黄金の誇りを取り戻す事が出来たよ」
「どういたしまして~」
あいかわらず緑野は、いちいちセリフがドラマチックだな。
しかし、今回は調べれば調べるほど、ポテトチップスは知らない事ばっかだったな。




