battle4 コーヒー牛乳vsフルーツ牛乳(後編)
どよっ! どよどよどよっ!
それを聞いた俺たちを始め、聞き耳を立てていたモブおっちゃん達からも大きなどよめきが上がり、場内は一時パニックになる。
「うおいっ!! フルーツ牛乳が販売終了って、どういう事だよ!」
話を聞くやいなや、番台に向かって猛然とダッシュする黄村。
「ちょっと、黄村くん!? 番台によじ登って来ないで!」
「冗談だろっ! たのむ、嘘だと言ってくれーっ!」
「黄村くんは、コーヒー牛乳派じゃなかったの!? なんでそんなに取り乱すのよ!」
委員長の指摘に、はっとする黄村。
動きを止めたやつを、俺と緑野は番台から引きずり下ろす。
「黄村……お前、まさか……?」
「ああ……、そのとおりだ……」
「「どさくさに紛れて、女湯を覗こうとしただろ!」」
「じゃねえっ!! オレっちはフルーツ牛乳も大好きなんでい!」
何だって!?
「どっちか選べと言われたらコーヒー牛乳なんだが、実はあの甘酸っぱいフルーツ牛乳もたまらなく好きなんだ! 悪りぃかよ!」
脱衣場に降りる沈黙に、扇風機の音だけがブウーンと響く。
「……委員長、1本もらっても良いかな?」
黄村の告白を聞いて、緑野はガラスの冷蔵庫からコーヒー牛乳を取り出すと、グビグビッと飲み干した。
「おい、緑野? それは……」
「奇遇だな。ボクもコーヒー牛乳も同じくらい好きでな。風呂上がりにはいつもどっちか迷うのさ」
緑野、お前もか!?
「……おお、マジか! やっぱコーヒー党にゃ、コーヒー牛乳は応えらんねえよな!」
「いや、ボクは紅茶の方が好きだが」
「何だと、この野郎っ!」
「何か文句があるとでも?」
あーあ、せっかく話がまとまりかけてたのに。
「じゃあ、あなた達はどっちの牛乳も好きなのにケンカしてたって事なの?」
「まあ、有り体に言えば」
「そういう事だな」
「だったら、とっとと仲直りしなさいよ。ホント、不毛な議論だったわ」
「……そうだな。コーヒー牛乳とフルーツ牛乳。たとえ生まれた時が違えども!」
「死す時は同じ日、同じ時を願わん!」
「普通の牛乳も忘れないでね!」
カチーン!
黄緑コンビと委員長は、それぞれ推しの牛乳ビンで乾杯する。
まるで三国志の劉備、関羽、張飛の義兄弟の誓い。
まあ、もともと牛乳から産まれたものだから、兄弟みたいなもんだけど。
「しかし……、フルーツ牛乳が販売終了ってのはマジなのか? オレッち相当ショックなんだが」
「ああ……、ボクもさっきから膝の震えが止まらない。君と会えるのもあとわずかな時間だと言うのか……?」
別れ際の恋人に接するように、フルーツ牛乳に語りかける緑野。相変わらずの演技派だな。
しかし、本当に困ったな。
しょっちゅう銭湯に来てる訳じゃないが、俺もなんだか落ち着かないぞ。
どんよりとした空気が包む『紫湯』。
だが、壁越しに真白の声が、天使の福音のように舞い降りる。
「ん~? フルーツ牛乳自体は無くならないよ~。販売終了するのはビン入りフルーツ牛乳だけだから、紙パックとかでは残るらしいよ」
『何だって!?』
じゃあ、フルーツ牛乳の存在が無くなるわけじゃないのか。
だが、銭湯名物のあの冷たい瓶で飲めないのは寂しいな……。
「それに~、ビンのフルーツ牛乳がなくなるのは『明治』だけで他のメーカーは関係ないみたい」
『えっ!?』
俺たちは、すぐさま自分たちが持つビンを見る。
そこに描かれていたのは、雪の結晶のマークと『雪印』のロゴ。
「ふう、焦ったわ……。そうよね、卸の業者さんからはフルーツ牛乳が終売になるなんて聞いてないもの」
俺もビックリしたぜ。まったく、人騒がせな事言うなよな。
「じゃあ、オレッち達はこれからも銭湯の必需品、瓶入りのフルーツ牛乳を飲む事が出来るってえのか!?」
「つまり、この戦は我々の勝利だーっ!」
エイッエイッ、オー! エイッエイッ、オー!
と、忠臣蔵の赤穂浪士のように、鬨の声を上げる黄緑コンビとモブおっちゃんズ。
まあ、みんな喜んでるみたいだし、これでめでたしってところかな。
今回の結論:コーヒー牛乳とフルーツ牛乳、銭湯の二枚看板だからどっちかが欠けてもすごく困る。あと、実際に試してみると、意外と混ぜたら美味しくない。
「あー、いいお湯だった」
「ゆかりん、ありがと~」
「世話んなったな!」
「ご馳走様でした」
「また来てね」
番台の委員長に別れをつげて、のれんをくぐる俺たち。
女湯から真白も出てくる。さっきまで声しか聞いてなかったから、顔を見るとホッとするな。
「真白、お前もう晩メシ食った?」
「まだだけど、しばらくはいいかな~。おなかチャポチャポだもん」
「お前は飲み過ぎなんだよ」
真白はさわってさわってと言わんばかりにお腹をつきだして来るので、ヘソのあたりをポンポンと撫でる。
「うわ、腹パンパンじゃないか」
「でしょ~」
てなことをやってたら、黄緑コンビが俺たちに生ぬるーい視線を向けている。
夫婦じゃねえかって? どういうことだ?
奥さんが妊娠7ヶ月くらいの、夫婦じゃねえかって?
妊娠だなんて、そんなセッ……カチな事する訳ないだろう。
「んじゃ、そろそろ帰るわ」
「キミたんもハヤとんも、またね~」
「おうっ! また明日な!」
「さらばだ」
街灯が夜道を照らす時間帯。ようやく帰途につく俺たち。
今日はだいぶのんびりだったな。
「あおいちゃん、今日はあんまり暴れなかったね~」
「まあ、今日はそんなに2人のバトルが激しくなかったし、銭湯だけど戦闘はご法度ってな」
「よっ、さすがあおいちゃん、昭和の男~」
それ、ほめてんのか?
「ところで真白。お前、黄緑コンビがコーヒー牛乳とフルーツ牛乳の両方とも好きだっていつから気付いてた?」
「ん~、わりと最初の方かな~。2人ともめずらしく相手の好きなものをけなしてなかったから」
そういや、黄村も緑野も相手のプレゼンの時にツッコミを入れてなかったな。
だからケンカを止めるために、フルーツ牛乳が終了するってネタをぶっ込んだ訳か。
さすが仲裁の名人。ぼーっとしてるようで、案外良く見てんなあ。
と、思って真白の方を見たら、ほめてほめてと言わんばかりの顔をしてやがる。
頭をポンポンしてやるか。
もちもちー。
「うや~、なんでほっぺたひっぱるの~」
「あ、すまん。そこに引っ張りやすそうなほっぺたがあったもんで」
「え~」
今回の話を書くに当たって、実際にコーヒー牛乳とフルーツ牛乳を混ぜて飲んでみました。
何かしらの化学反応を起こして美味しくなるかと思いきや、味がケンカして美味しくなかったです(笑)。




