ロブルバーグ猊下からの言伝
マーシャル皇国のカイル殿下とナターシャ姫の婚約式は日を改めての行われる事になった。
案の定夜にまたお酒を持って、私の滞在している貴賓室にやってきたアールベルトのやけ酒に付き合わされた。
翌日はレイナス王国への帰国予定だったため、酒は控えるつもりだったのだけれど、最愛の妹をカイル殿下へとられる事への恨み言を聞かされて、翌朝ロンダークに呆れられ、ゼスト殿に心配をかけてしまった。
不本意ながら二日酔いで帰国の挨拶しなければならなくなり、根性で愛想笑いを浮かべながらカストル二世陛下と、昨晩酒を浴びるほど飲んでいたとは思えないほど、ケロッとした様子で他の国の使者の帰国の挨拶に対応しているアールベルトに告げた。
どうやら他の国々の使者の半数以上は既にそれぞれ帰国の途についているらしい。
マーシャル皇国の一行もすでに出立したらしい。
「顔色が悪いですね、もう少し滞在されてはいかがですか?」
「はぁ、ただの二日酔いですから気にしないでいただきたい。アールベルト殿下と次に酒を飲み交わすまでには、もう少し嗜めるように慣らしておきますよ」
アールベルトと挨拶をかわして、すでに用意されていた馬車へと乗り込みレイス王国の王城を出た。
まだ祝賀ムードに包まれたレイス国民の見送りを受けながら、各国の使者達の乗った馬車が連なりゆっくりと王都の外門へと進んでいる。
今日中に王都とレイナス王国との間にある隣町まで移動し、今夜の宿を取ることになっている。
無事に王都から出た私は、窓の外を眺めながら気がつけば、馬車の窓にもたれかかるようにして眠りに落ちていたらしい。
「殿下、殿下」
ロンダークに揺り起こされて、重い瞼を開けた。
人の気配に気を配るのが当たり前になって久しいが、揺り起こされるまで気が付かなかったのは駄目だろう。
「すまない、ロンダークどうやら寝過ごしたみたいだ」
目を擦りあくびを噛み殺して、直ぐに動けるように姿勢を正す。
「いえ、連日の公務でしたからお疲れになるのは当然です、実はお客様がいらしておられまして……」
ロンダークは困った顔で言い淀んでいる。
「客? こんな道中で珍しいね」
「はい、王都から急ぎ追いかけていらっしゃったようです」
王都からって、確かに急ぐ帰路でも無いのでゆっくりと進んできたけど、それでも先行している一団にあとから追い付くのは結構しんどいよ。
「あ〜、誰?」
「アンナローズ大司教様です」
アンナローズ様と聞いて立太子式の時の姿を思い出した。
「わかった、立太子式では挨拶出来なかったからな、すぐに会おう」
「わかりました、お伝えして参ります」
私の返事にロンダークはすぐ馬車を出ていった。
「アンナローズ様かぁ、久しぶりだな。 ロブルバーグ猊下と別れた時以来だから十五年ぶりかぁ。普通の二歳児ならまず覚えてないよな」
ロブルバーグ様と過ごした日々を思い出しながら馬車をでた。
久しぶりに会ったアンナローズ様は私の姿を見ると目を見開いて驚いていた。
流石に二歳児の可愛い姿で居続けるのは無理ですよ。
「シオル・レイナス殿下、私は双太陽神教で大司教を任命されているアンナローズと言います。 貴方が幼い折に一度お会いしているのだが、覚えておられますか?」
「はい、その節はお世話になりました。お変わりありませんか? ロブルバーグ猊下はお元気でいらっしゃいますでしょうか?」
不安げなアンナローズ様に答えると、ほっとした様子で表情を和らげる。
「えぇ、猊下はもうご高齢にも関わらずよく教会本部を抜け出しては若い司祭や修道女達を振り回していらっしゃいますよ」
苦笑いを浮かべて入りるアンナローズ様の疲れた様子に、ロブルバーグ様が私と過ごした時とあまり変わりないことに安堵した。
「実は猊下からレイナス王国のシオル殿下に、どこかで会ったら伝言を伝えて欲しいと言付かっておりましたの」
「伝言……ですか?」
「えぇ『いつ顔を見せに来るんじゃ! 立太子式か戴冠式はきちんと儂に前もって知らせるんじゃぞ! 儂が祝福をするんじゃからな!』だそうですわ」
アンナローズ様はロブルバーグ様の声真似をしながら伝言を教えてくれた。
何度か手紙のやり取りをしていたが、まさかいち弱小国の王子である私の立太子式や戴冠式に教皇猊下自ら来るつもりでいるらしい事実が嬉しい。
「猊下は元気に振る舞っておられますが、やはり老衰には勝てなくなってきています。そう長く現世に留まることは難しいでしょう」
哀しげに微笑んだアンナローズ様に視線を合わせる。
老衰されているロブルバーグ様に祝福のための長旅は辛いだろう……何より教皇猊下がスノヒス国を、教会本部を離れるなどまず不可能だ。
ロブルバーグ様が会いたいと望んでくれるなら、アルトバール陛下に懇願し、私から双太陽神教の総本山であるスノヒス国へ行きたい。
「アンナローズさま、ロブルバーグ猊下へお伝え願えますか?」
まだ陛下の許可は得ていないけれど、もう一度ロブルバーグ様にお会いして直接礼を伝えたい。
「必ず会いに行きますから長生きして待っていてください」
一度レイナス王国へ戻り、旅支度やレイス王国訪問中に溜まっているだろう政務をこなさなければならないだろう。
スノヒス国まではしばらくかかる。
スノヒス国までの経路や道中の予算、政務の引き継ぎやらこなさなければまならない事案が山積しているだろう。
それでも私は恩師であるロブルバーグ様のもとを訪ねたい。
私が告げると、アンナローズ様がしっかりと、うなづいた。
「必ずお伝えいたします」




