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呪いの森のお嬢様  作者: 石蕗石


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12/13

お嬢様と愉快な仲間達、襲来・下

外壁を赤黒い液体が伝い、割れた窓や、亀裂の入った天井からもぼたぼたと落ちてくる。カツカツ、ガリガリ、と引っ掻く音が無数に教会を取り巻き、ガラスにべたり、ぺたりと手型を残しては、様子をうかがうように無数の手が壁面を這っていく。

光をひとつも反射しない真っ黒な目をした赤ん坊が中にいる人間をじっとのぞき込み、その向こうでは虫の複眼のようにひしめき合った目がぎょろぎょろと蠢いていた。痩せ細った老人が、血まみれの女が、首のない男が、はらわたを引きずる子供が、何人も何人も窓辺に立っていた。それらが不意に、ゲルトへぐるりと視線を向ける。


「うっ、うわ~~~~~~~~っ!?」


ゲルトは叫んだ。それはもうひとつの捻りもなくただただ心の底から、外のグロめの悪霊集団にビビって叫んだ。思わずズザザと後ろに下がり説教台に背中をぶつける。ついでにアベルも顔を真っ青にしてブルブル震えているが、それについては些細なことなので見逃されている。


「なんっ、これ、こっ、えっ!?」


いかに魔法使いを十年単位でやっていようが、これほど人としての形を失った悍ましい悪霊に遭遇する機会は実はそう多くない。大抵力の弱い内に祓われるか、強くなってもそういう方面に強い専門職が退治してくれるからだ。それに普通、魔法使いの塔に悪霊などは寄りつかないので、若い頃から長く塔に籠もって修行をしていると、より一層こんな異常事態に遭遇する機会は減るのである。

ゲルトはこの場で仮に千尋が「家業が悪霊専門モンスターテイマーで……」などと雑なホラを吹いても「そうなんだぁ」と素直に納得しかねない程度には混乱していた。

とはいえ失神もせず取り乱して叫ぶだけで済んだのは、腐っても魔法使い教会公認国際魔法技術試験(受験料日本円にして五千円)の中級をなんとかギリギリ取得した身。ゲルトは大慌てで守護の呪文を連発した。それだけでは不安がありすぎたので、ついでに物質に干渉する魔法もガンガンに唱えた。

おかげで廃教会の壁や天井の穴達は、妙な突貫工事でもされたようにみるみる石や土で塞がれていく。ついでに窓も薄い石で覆われた。そのせいで室内は真っ暗になってしまったが、そこは魔法で補えば良い。暗闇の中に響く引っ掻く音と悪霊のうめき声は相当怖かったが、いまは我慢するしかない。

ゲルトが明かりの魔法を唱える前に、手に持つ杖に向かって矢が放たれた。一本程度なら守護の魔法で弾けるが、暗闇で放たれたにも関わらず狙いが正確だということは、こうなるもの相手にとって予想の内だったのだろう。

となれば、守護の魔法や廃教会の補修で疲弊させるのも、当然作戦だったのだ。深淵の塔主という名乗りに一気に現実味を覚え、ゲルトはぐっと唇を噛みしめた。

しかし相手は見習い、こちらは中級魔法技術試験(合格率六十%)合格魔法使いだ。恐れることなど無いと自分を鼓舞し、胸を張る。

ひとまず真っ暗闇が怖すぎたので、ゲルトは改めて明かりを灯した。空中に浮かぶいくつもの光の球に照らされて、弓兵が再び矢をつがえているのがしっかりと見える。


「ふん、暗闇に紛れた一発目で仕留められなかったことを悔いろ!」


ゲルトの杖の先に直径五cmほどの火球が円形に並んで現れ、それが杖を一振りすると同時に一斉に打ち出される。

対して千尋は小さな巻物を開いた。先に力を込めておいた召喚の魔法が展開され、千尋達の前に二人をぴったり覆える大きさのレンガの壁が現れる。

火球をすっかり受け止めたその壁を、ゲルトが震える手で指差した。

そう、千尋が使っている召喚魔法は、ネックレスごと千尋が召喚されたあのときの魔方陣をソフィアがアレンジしたものだ。つまりゲルトの魔法の流用である。


「お、お前それは俺が、俺が一生懸命考えた……!」

「はい、召喚条件に柔軟性があり、使用魔力も省力化され、とても使いやすい召喚魔法です! おせわになっております!」

「ばっ、バカにするな!!」


自分の得意魔法をまるっとパクってより使いやすく改良し利用してきた敵の暴挙に、ゲルトはぶち切れた。ぶっちゃけそれなりに正当性のある激怒だった。

千尋とて、人のものを勝手に使っちゃいけませんという道徳くらいわきまえている。わかったうえでの挑発だ。千尋は礼儀正しく優しい少女だが、戦いにおいては精神攻撃にそこそこ躊躇がない方なのである。

顔を真っ赤にしたゲルトは、杖の先に得意の召喚陣を輝かせた。


「ナメやがって! お前ごときが俺に勝てるものか!」


怒号とともに召喚されたのは、十数羽の鳥型魔獣たちだ。鷹に似たその鳥たちは、驚いたことにそれほど広くもない教会の中を、完全に統率の取れた集団飛行でくるくると機敏に飛び回りはじめた。

一糸乱れぬその嘴が、千尋たちのほうへくるりと向く。その直後、急加速した鳥が襲いかかってきた。

タイミングを合わせて壁を出すものの、魔獣の鋭い嘴と爪は、レンガを砕いて二人に迫る。いくつか防ぎきれず、二人の肩や髪を掠めていったが、あらかじめかけられていた守護の魔法は猛攻をどうにか弾いた。

しかし、これを何度も繰り返されれば、あっけなく防御を突破されるのは明白だ。アベルも矢を射かけはするものの、俊敏な鳥たちはそれを躱してしまう。

防御に徹している千尋の様子を見て、怒りに我を忘れかけていたゲルトはふと疑問を覚えた。さてはこの娘、基本中の基本である守護の魔法の他は、まだ道具の補助ありでの召喚しか使えないのではないか? そうだとしたら、それは本当に初心者中の初心者ということだ。

なぜかあのとんでもない悪霊集団を扱えることができるから、深淵の塔の塔主などという貧乏くじを引かされているのだろうが、魔法使いとしての実力は下の下だと思っていいだろう。

そう考えるとすっかり気が大きくなり、ゲルトはふふんと笑みを浮かべた。色々と変に引っかき回されはしたが、そうとわかれば怖くもない。この娘を人質にして、世界樹の魔女から逃げおおせることも可能かもしれない。などと思っているのだから、教会付近でボコられているチンピラ達とこの男が気が合ったのも当然の話だった。

二人を嬲るように鳥たちに襲わせ、何度目かの反撃の矢が放たれる。一羽にも当たらず天井のど真ん中に命中したそれと、相変わらず壁の召喚だけでどうにかしようとしているらしい千尋の姿に、ゲルトは最近ちょっと出てきた腹を揺すって笑う。


「ははは! 相変わらず一羽にも当たりやしない! 無駄だといつになったら学習するのか……ん?」


上機嫌で二人を嘲笑していたゲルトの目が、ふと天井に刺さった矢へと向く。そこになにか魔法の気配のするものが付けられていると気付いたのだ。

あれはなんだ? とゲルトが疑問に思った次の瞬間。千尋が唱えていた召喚の魔法に、魔力がぐんと上乗せされる。

千尋の杖先に展開されていた召喚陣は、鳥一羽にすら掠らせず天井ど真ん中へ命中した矢に付けられていた、大粒の真珠と繋がった。天井いっぱいに広がった召喚陣から、瞬く間に大量の水が降り注きはじめる。豪雨どころか瀑布と化した洪水が、ぽかんと口を開けて天井を見上げるゲルトに、飛び回っていた鳥たちに、守護魔法をかけ直した千尋とアベルに等しく降り注ぐ。


「ぐ、うわっ……」


ゲルトの口の中にざばざばと流れ込んだそれは、海水だった。先程ゲルトが建物へ念入りに念入りにかけた修復と保護の魔法のせいで水は一滴残らず建物内に溜まり続け、あっというまにその水深は人の背丈を超えてしまう。

落ちた鳥たちも杖を取り落としたゲルトも、必死に水面に浮かび上がりはするが、降りしきる海水に打たれて呼吸すらままならない。

教会内のほとんどを海水が満たした頃、ひときわ大きな水音が、どぼん、どぼん、と二度響いた。

密室の水中を、光の球がゆらゆらと照らす。ぬるりとした黒い体表は光に当たると僅かに紫に輝き、いびつな影を踊らせた。暗い水中を俊敏に動き、ゲルトを捕らえたそれは、いつか彼が捕まえた三つ目の巨大ダコの魔獣だった。

その一匹を後ろに従え、千尋は暗い水中でにこりと微笑む。白い肌は僅かな光すら反射してほの明るく、反対に優雅に広がる黒髪とスカートの影はタコの体と溶け合って、その姿はまるで深淵に住む邪神じみていた。あまりにも美しくおぞましい姿に、タコに絞められたまま、ゲルトは死を覚悟する。

小娘と侮った相手の策にまんまとハメられ、本人の意思を無視して捕らえた魔獣に反対に締め上げられ、ゲルトは水中でがくりと失神した。

それと同時に、耐久の限界に達した補強魔法にひびが入った。小さなひびは瞬く間に水圧で押し広げられ、あらゆる方向に伸びていく。いよいよ耐えきれなくなった廃教会は、柱から壁から全てがバキバキと音を立ててへし折れた。どっと海水が勢いよく流れ出し、落ちた屋根がばきりと二つに割れ、廃教会は轟音と共に崩壊していく。

その勢いがすっかり止まったところで、割れた屋根の真ん中から、ばこんと瓦礫が跳ね飛ばされた。太い触手で周囲に散乱する木片や石ををぽいぽいと放り投げていく頼りになる夫婦ダコは、触手の中の一本で、人間くさくツルツルの頭を掻いた。


「いやあ~、こらぁハデにぶっ壊れただなあ、めんこい魔法使いさん!」

「まったくだよぉ、すーっかり水だらけだぁ」


二匹のおかげで怪我もなく崩落から脱出した千尋は、ぐっしょりと海水に濡れたまま、明るく笑い声を上げる。


「ふふ、ええ、ほんとう! でも無事に、犯人を捕まえられました。お二人や、協力してくださった皆様のおかげです!」


そう、確かに犯人は確保できた。アベルにせっせと縄で巻かれているゲルトはすっかり泡を吹いており、顔色もだいぶ悪いが、まあ死んではいない。失神したおかげで水もたいして飲んでいないだろう。起きても暫く悪夢に悩まされそうではあるが。

教会を囲んでいた悪霊集団は、今回脅かし役と偵察役両方を引率し人知れず大活躍していたギードの側に集まって、全員一般的な人間サイズまできゅきゅっと小さく纏まっていた。発見されると大事になることは間違いないからだ。チンピラどもを捕縛し終えた兵士達やソフィア、轟音を聞いてやってきたユーリアとルートヴィヒも続々集まりだして、廃教会跡はにわかに賑やかになった。


「チヒローっ! 作戦成功、おめでとう~~~!」


真っ先に側に駆け寄ったソフィアが、びしょ濡れの千尋にがばりと抱きつく。お師匠様からの熱烈なハグにきゃあきゃあと嬉しそうに笑う千尋の無事をひとしきり喜んだ後、ソフィアは可愛い弟子の体を離し、その華奢な手をそっと握った。


「おめでとう、チヒロ。あなたの知恵と努力と勇気に敬意を表して、この杖を授けましょう」


どこからともなく現れた美しい杖が、千尋へ手渡される

銀の柄の杖は、紫の光を反射する黒曜石で象られた大きな星と、ムーンストーンやホワイトサファイヤで出来たたくさんの小さな白い星に飾られ、月明かりをきらきらと反射していた。

星空のような美しいそれを、同じくらいに美しい星空の瞳が見つめる。きらきら、ぴかぴか、と輝く杖を、千尋はぎゅうっと抱きしめた。


「……はい、私、これからもきっと、教わった魔法をたくさんの人のために役立てます。りっぱな魔法使いになって、みんなを幸せにしたいから!」


ぴかぴかのの笑顔でそう宣言する千尋へ、感激で号泣するルードヴィヒが、おめでとう! と盛大に祝いの言葉をかける。ユーリアが、ソフィアが、タコ夫婦とアベルがそれぞれ祝ううち、雰囲気につられた兵士達もこぞっておめでとうを連呼した。

ついでにギード達もそのおめでとうの輪に紛れ込み、作戦が終わった途端こっそり合流したステラが、目元を指先で拭う。教会の崩落と術者の失神の衝撃で洗脳の解けた鳥の魔獣達も、よくわからないままお祝いムードに浮かれて、皆の周囲をぴいぴいと賑やかに飛び回り始めた。

勇敢で優しいお嬢様は海水と建物の埃にまみれてもなお美しく、人々は新米魔法使いの誕生を、それはそれは盛大に祝ったのだった。

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