お嬢様、町へゆく
お嬢様の朝は早い。
魔法使い修行をするだけでも大変なのに、悪人を懲らしめる算段を整えなければいけないのだからなおさらだ。
毎日ステラが作ってくれる栄養バランス完璧な食事を優雅に取り、宿題の確認をし、師匠が塔にやってくれば、ステラとギードを入れた四人で森の悪霊をとっちめに行く。それが終われば塔に戻って魔法の勉強をし、宿題を出してもらう。一日の終わりにはゆっくりお風呂に入って疲れを癒やし、ステラとギードにお休みの挨拶をしてぐっすり眠る。これが最近のお嬢様のルーティンだ。
なお、当初は千尋というエサに釣られてやってきていた悪霊達は、あらん限りの憎悪と悲しみをゴリゴリの呪いと共にぶつけても一切効かないどころかグイグイこられることに怯え、次第に出てこなくなってしまった。さもありなん。
とはいえ作戦のためにも、できるだけ大勢の化物が仲間になってくれたほうが心強い。この中で一番メンタルがバケモノなのは千尋だといえど、彼女は可憐で非力な少女だ。おまけに魔法だって習い始めたばかりで、たいして使えるわけではない。千尋は思考がヤバいだけで、戦闘力はからっきしなのである。
ちなみに、例の可哀想なお姉さんのようにしおしおになってしまった悪霊達の取り纏めには、予想外にと言うか運命的にと言うか、ギードが役に立っていた。
悲しみと恨みと怒りの籠もった呪いを、得体のしれなさという一点突破で上回り、呪いをはね除ける魔法だとかいう特攻技でギタギタにされ怯えてしょげていた彼らに、ギードはたいへん親身になってくれた。
どうしてこんなおぞましい姿になってしまったのか、一体どう過ごしながらこの地へやってきたのか、自分はいまどれだけへこんでいるか。そういうことを、ギードは優しくうんうんと頷きながら一から十まで全部、熱心に聞いてくれるのだ。
おばけの天才ことギードは、この体になってから常に心が澄み渡っている。まあビビったりクッキー美味しいとほっこりしたり、という感情の動き自体はあるものの、悪霊達に変に引っ張られることもなく、かといってうんざりすることもなく、いつでもフラットに話が聞けるのだ。
これは、悪霊達の心に効いた。
元々はただの人間だった彼らである。優しくされれば嬉しいし、自分の怒りに共感して慰められれば涙した。
そんなわけで、悪霊達は千尋にビビリ、ギードに懐いて、ある程度話を聞いてくれる状態になったのだ。
とはいえ、ソフィアやステラが千尋でも相手が難しいと遠ざけた悍ましいナニかも森にはいるし、ギードに心を開かない悪霊もいる。一時的に大人しくなった悪霊達も、その気になればいくらでも以前の姿に戻れる。千尋の魔法は呪いをはね除けはするが、浄化するわけではない。彼らに必要なのは、呪いが薄れるだけの十分な時間や、専門家による対処なのだ。
ついでに言うなら、幽霊ではない厄介な魔獣達も森にはいる。なのでこの鎮魂の森だの呪いの森だの呼ばれている森は、未だに厄介な場所であることに変わりは無かった。
森の闇は未だに深いが、作戦に必要な悪霊の人員は、そろそろ確保できるだろう。
そう思われた矢先、ソフィアがしょんぼりと塔の扉を叩いた。
「ごめんね、チヒロ~。具体的なプランを協会のほうに伝えたのだけれど、反対されちゃったわあ~」
「まあ、そうでしたの。どこが駄目だったのかしら」
「あのねえ、悪霊の集団をけしかけると呪殺しちゃうかもしれないから、さすがにちょっと、って言われちゃってえ」
もっともな意見であった。
魔法使いの偉い人たちは、色々な思惑はあれどもまあまあ常識的な視点をお持ちだったので、呪いの森の激やばなバケモンたちを複数投入して悪いやつをこらしめます! という作戦に、ちゃんとした大人として反対せざるを得なかったのだ。
しかしこちらは恐怖というものを知らぬ強きお嬢様と、そのお嬢様を可愛い弟子としてちょっと甘やかし気味の、ベテラン凄腕魔法使い。転んでもただでは起きなかった。
「呪殺しちゃうのがいけないのなら、殺さない程度にすれば大丈夫よね! というわけで、トドメは別で刺すことにしましょ!」
「そうですね、お師匠様!」
というわけで、千尋は別の作戦を考えることになったのである。
しかしこれがうまくいかない。
そもそも千尋は警察でも軍人でも名探偵でもない、ぴかぴかの女子高生だ。しかも入学したての。犯人の確保などという分野に長けていないのも、仕方の無いことだった。
千尋の毎日は前述の通り忙しい。今日も森へ入っては、感染症で家族全員が家ごと焼かれた末に合体してよくわからないどろどろの怨霊になっていたのを、肩まで腕を突っ込んでは一人一人引きずり出して対面し、「熱くて痛くて怖くて苦しかったのね」とじいっと目を覗き込んでは怯えさせて無害化したり、守護の魔法でかまどの火を跳ね返す訓練をしてみたり、護符に描き込む文様を覚える宿題に真面目に取り組んでいる。
なにせ基本的に良い子なので、叶えるべき目標ができればそれに一直線なのだ。しかしおかげでここ数日は、塔の庭をお散歩することすらなく、日々魔法に打ち込んでばかり。
良い作戦が出ないのはこのせいかもしれない、と思案したお師匠様は、ひとつアイデアを思いついた。
「チヒロ、明日はちょっと町へ行ってみたら?」
授業が終わり、今日のぶんの宿題を出し終わると、ソフィアはそう提案した。
魔法使いの師弟となった身ではあるものの、まだ十五歳と年若く、しかも住み慣れた土地を世界単位で離れて暮らす千尋には、気晴らしも必要だろうと考えたのだ。
「まあ、よろしいのですか? 確かに、この世界の町にも興味がありましたの! 以前は魔法使いのお店の他は、役場や銀行にしか行きませんでしたから」
千尋のほうも、他ならぬお師匠様がそう言うのなら、とくに反対して断固修行を続ける理由はない。
一応前回魔法の店へ行った際、塔の登記人名義が変わった件で師匠に連れられ関係各所には行ってみたわけだが、これは町へ行くと言うより社会科見学だ。しかもつまらないタイプの。
いかにお嬢様が真面目で優秀といえど、異世界にまで来て行くのが役所では、まあちょっと、味気なくはあった。決して口に出したりはしないけれど。
しかし、これでソフィアも結構多忙な身。なので今回は案内人兼護衛を別に用意している。
そう、なんか使い勝手が良いので巻き込まれがちなビビリ男、アベルである。
アベルからすれば、呪いの森の恐怖情報をルートヴィヒに吹き込まれて以来、この地とお嬢様への苦手意識は右肩上がりだ。けれども町に来るなら案内するという話になっていたのは事実なので、断るわけにも行かない。なにより、千尋はやや尋常でないところがあり怖いには怖いが、良い子なのである。
そんなわけで、翌日千尋とアベルは魔法使いの店の前で待ち合わせをすることにした。
本日の千尋の服装は、制服のデザインに似せたセーラーワンピースだ。制服は紺を基調としているけれど、これは逆に、白を基調としている。髪はポニーテールにして大ぶりな白いサテンのリボンを結び、足下はいつもの黒のストラップシューズを履いた。
完璧なお嬢様スタイルの千尋とは対照的に、アベルは本日もくたびれたシャツと上着に、丈夫なズボンとブーツという冴えない格好をしている。
千尋は爆裂美少女お嬢様だ。どれくらい美少女かというと、黒絹のような髪にまっさらな新雪のような肌、星空をそのまま写したかのようにきらめく瞳と、春の花のごとく美しい唇をもち、すらりと伸びやかな手足は健康的ではつらつとした若さを内に秘めている。声は鈴の如く軽やかさと華やかさを併せ持ち、仕草はまるで妖精のよう。おお古今東西これほどの天使のような美少女がいただろうか。oh Yeah……。くらいのことをそのへんのジジイですら早口で言いかねないくらいに美少女だ。つまりいくらでも褒めちぎれる部分がある。
しかしアベルはこの町どころか周辺地域でも類を見ないレベルで枯れているうえに、きちんと子供を子供として扱うタイプの男だったので、待ち合わせ場所にこんな大美少女が居ようとポッと頬を染めることも褒めることもなかった。
「あー、久しぶり。じゃあとりあえず市場でも行くか?」
「はい! よろしくお願いいたします!」
というわけで二人の町歩きは男女の組み合わせではあるものの、デートよりむしろやっぱり、社会科見学に近い。
しかし役場と銀行と商工会議所で事務手続きをするよりは、さすがにだいぶ楽しいほうの社会科見学だ。
アベルの住む町であり、深淵の塔の主な護符の卸先でもあるトルメーラの町は、飛行船の発着場があるくらいなのでなかなか大きな町だ。
そのかわりに港はそれほど大規模なものではないけれど、空陸海にそれぞれ通商路があるおかげで栄えている。
「町の真ん中の広場には、大きな時計塔があるんだ。ここからでも見えるだろ? あれを目印にすればそうそう迷わないから、大きい町だって言っても案外歩きやすいんだよ」
その説明のとおり、魔法使いの店を出てすぐ右手側を向いてみれば、少し遠くに立派なレンガ造りの塔が見える。ここは時計塔の正面向かってやや左手側になるようで、文字盤は少々見づらくはあるものの、たしかに目印には困りそうにない。
その塔へ向かう広い道を歩きながら、アベルはズボンの尻ポケットから少々粗末な紙を出した。若干ひしゃげたそれには、楕円形の町の地図がごく簡単に描かれている。
「まあ、こちらはアベルさんがお描きになりましたの? とても上手ですね」
「いや、んなこたないよ。これは商工会のとこにある地図を写したやつなんだ。もっと詳しいのが見たいなら、そこか役場へ行くと良い」
「わかりました!」
枯れきっている上にあらゆる仕事を可能な限り早く終わらせたいアベルではあるものの、だからこそこういう点では抜かりがない。過不足無い案内を挟みつつ最初に訪れたのは、食品や日用品が並ぶ市場だ。
時計塔前の広場には、毎週二回市が立つ。住民達の日々の買い物はもちろん、近隣の町からも客の来るこの市は、毎回とても盛況だ。
広場沿いの店舗のほかにも様々な天幕が張られ、屋台が建ち並び、多種多様な品物が並んでいる。千尋が地球で見たことのある食品もあれば、何に使うのか全く予想の付かない日用品らしきものもあり、案内人なしで買い物をするのはかなり難易度が高いだろうと一目見ただけでわかる有様だ。
ソフィアに連れて行ってもらったオアシスのバザールもたいそうな賑わいだったが、ここだって全く負けていない。
「まあ……。これは、何を買うのかしっかり決めておかないと、目移りして大変なことになりそうですね」
生真面目な表情でそう言う千尋に、アベルはへにゃりと緊張感のない顔で笑った。森の中にいなくていいおかげで、今日のこの男は比較的ビビっていないのだ。
「そうだなあ。度々店が入れ替わったりもするけれど、地元の店はずっと同じ位置に出店してる場合が多いから、慣れれば大丈夫だよ。
とりあえず、日用品から見よう。食いもんは帰る前に買ったほうがいいだろう?」
「そうですね、そのほうが持ちやすそうです」
二人が立ち並ぶ屋台の中を、あれは石けんの店、あっちはタオルやハンカチやシーツの店、と指さし一つずつ見て回るうち、一軒の店から顔を出した若い男がアベルへ声をかけた。
「おいアベル、お前、いつの間にそんなべっぴんさんと……」
その声には羨ましさや揶揄いというより、色々通り越して戦慄が滲んでいた。一口に美少女と言っても、そこにはクラスで一番可愛い女の子から傾国の美女まで様々な範疇があるだろうが、千尋は間違いなくトップランク。国が大横転待ったなし。そこまでの美少女をのほほんと連れているアベルに対して、知人の男は何らかの犯罪に巻き込まれている可能性すら感じていた。
ちなみに彼に限らずアベルと千尋へ視線を向けている者は多かったのだが、声をかけてきたのは彼が初めてだ。話の行く先に、近隣屋台の皆さんおよび買い物客の耳がこっそりと向けられている。
なんてことを持ち前のマヌケさで気付かずにいるアベルは、千尋のほうを見て、ああ、と気の抜けるような声を漏らす。
「えっと、こちらはのろ、鎮魂の森の魔法使いの塔の、新しい管理者さん」
「はじめまして。深淵の塔の塔主、千尋と申します」
丁寧に頭を下げる千尋の思いがけない素性に、男は手に持っていた卓上ホウキをばさりと落とした。
鎮魂の森、通称呪いの森が近隣地域でどれだけ恐れられているのかといえば、近所の悪ガキを「悪いことすると森に連れてくよ!」と脅かしても実際にはそこまでの罰は与えないし、近所の犯罪者集団の新入りが「ヘマしたら森送りだぞ」と脅しつけられても実際にはたこ殴りにする程度で許してもらえるくらいだ。老若男女あらゆる層から地獄より怖いと思われているため、森にはよほど特殊な思想の自殺志願者くらいしか近寄らない。
その森の管理者さん。それはもうそこらのマフィアの親分以上におっかないに違いない。いやしかし、こんなべらぼうな美少女が……? ほんとに……?
そんな疑問も露わに目をかっぴらいている男の前で、アベルが片手を振る。その動きで男ははっと気を取り直したものの、今度は心配そうに千尋を見つめた。
「それは……あの……、な、なにかこう、騙されているとかではなく……?」
そう、千尋をなんらかの口車に乗せられとんでもねえバケモンの森へ送り込まれた、ある種の人身御供もとい被害者かと心配しているのだ。
アベルも正直、恐怖を感じないという特異体質故に塔を押しつけられているのでは、という疑惑がないでもない。そんな考えが視線に出てしまったのか、千尋のほうはおかしそうにクスクスと笑った。
「うふふ、こんな若輩者が管理者だなんて、不思議ですよね。けれど塔には前任の管理者さんが連れていたつよーい使い魔さんがいて手伝いをしてくださいますし、私のお師匠様も毎日のように来てくださいますから、案外大丈夫なのですよ。
私はまだ修行中の身ではありますけれど、もっと皆様にご安心いただけるよう、精進しますね」
そうおっとりと話す千尋の様子に、騙されて激やば心霊スポットに連れ込まれた人間らしさはひとつも無い。内容も嘘ではないのだ。ただ千尋には自分が常軌を逸しているという自覚がない故に、説明にそこが含まれないというだけで。
そんな実態と微妙にずれた会話をしている三人の後ろから、今度は熊手をかかえた初老の男が顔を出した。
「これエルマー、魔法使いさんに失礼なこと言うんじゃね。いいか、あの塔の前の管理者さんもそれはそれは綺麗な若い魔女さんだったがな、あのかたは俺のじいちゃんのじいちゃんがガキの頃から、若い綺麗な魔女さんだったんだぞ」
「え!?」
再び目をまん丸にした男もといエルマーが、千尋を畏敬の眼差しで見る。ころころと鈴の鳴るような声で笑った千尋が、自分はそうではないと否定するものの、疑いは完全には晴れなかった。千尋の妙な貫禄と落ち着きが魔法使いという属性と結びついた結果、年齢不詳感が出てしまうのも無理がない話ではあるだろう。まあ実年齢がおばあちゃんだと思われたところで、本人は気にしないのだが。
「ま、新しい管理人さんが来てくれて良かったよお。さあうちのホウキを土産に……いやデカイか……。この最新卓上ホウキを持ってっとくれ」
気の良いホウキ屋のおっちゃんからの贈り物を、千尋はありがたく受け取った。それを皮切りに、周囲からもうちの商品を、と声がかかる。
前任が亡くなって以降、近隣住民を震え上がらせる最怖心霊スポットは、実に二十年もの間正式な管理者が決まらなかった。その間に起きた調査隊の事件は有名だし、それ以外にも恐ろしいことや怪しいことは多発している。そこへ新しい魔法使いさんがやってきてくれたとなれば、住民達もなるべく長くしっかり居てくれますようにと願うのも当然だった。
おかげで歩くだけで色々なお土産が増える事態となってしまい、千尋とアベルは感謝半分照れくささ半分に広場から去って行った。
すっかり大荷物になってしまった二人は、そのまま町を回るわけにも行かず、魔法使いの店まで戻ることにする。
「なんだかすごいことになってしまいましたねえ」
「あー、うん。みんなあれだ、期待してるというか……。ああいや、だからってプレッシャーを感じることはないんだけれど」
「ふふ、わかっています。この町の皆さんは優しいのね」
確かに期待は大きいだろう。けれどそれだけではなく、千尋という少女がおそろしい森で暮らしているということを純粋に心配したり、仕事を応援してくれる気持ちが、この町の人々にはあるのだ。千尋はそこを勘違いするような鈍感な少女ではない。
千尋の胸は温かく、足取りは軽くて、ずっしりとしたお土産の重みすら心地よい。
アベルもまた、この風変わりな少女が予想以上に町の人々から受け入れられたことが、なんだか自分のことのように嬉しかった。
二人はそうしてふわふわした心地で魔法使いの店まで帰ってくると、ふとその軒先に人影を見つけた。護符が並ぶショーウィンドウの前でちょこんとしゃがみ込んでいたのは、一人の小さな女の子だ。
まだ五つか六つか、そのあたりだろう。なにか用だろうかと千尋とアベルは顔を見合わせ、その子の前にしゃがみ込む。
「こんにちは。今日はどんなお品ものをお探しかしら?」
千尋に声をかけられると、女の子はぴょんと跳ねるように立ち上がった。立ち上がっても、しゃがむ二人とそれほど視線の高さが変わらないような、小さな子だ。
女の子はまず千尋のお人形のように可愛らしいことに驚き、それからちょっと顔を赤くしてもじもじしてから、意を決したようにきゅっと表情を引き締め、やっと口を開いた。
「あの、あの、ここは魔法使いさんのお店ですか?」
「はい、そうですよ。ここは魔法使いさんのお店です」
「じゃあ、その、魔法のお願いを、してもいいですか?」
「まあ、どんなお願いかしら。私に叶えられることならよいのだけれど」
見習いなりたて魔法使いの千尋、初めての指名客である。可愛らしいお客さんは、千尋の柔らかな声音に勇気づけられて、彼女の耳元へそうっと口を寄せた。
「あのね、魔法使いさん。ないしょなんだけれど、うちには魔法の道具があるのよ」
「すてきね、私もないしょにするわ」
「うん! ……それでね、でもね、その道具が盗まれちゃったんだって」
「それは大変だわ……!」
千尋が思わず口元を指先でぱっと覆う。女の子のほうも、ほっぺのぷくりとした顔を可能な限り深刻そうにしかめて頷いた。
「あのね、それはね、むかーしむかしに、魔法使いさんからもらったのよ。おうちに悪い人がこっそり来ると、どかーんってして追い出してくれる道具なの!」
「とってもすごい道具だわ……!」
素直に感心する千尋の横でアベルが「それは安全性の保証されているどかーんですか?」という顔をしていたが、レディたちはそれを気にはしない。
「でもね、お家にこっそり来ないで、魔法の道具だけ盗まれちゃったみたいなんだって……」
しょんぼりと肩を落とす小さな女の子に胸を痛めながら、アベルは千尋と顔を見合わせ、こそりと話しかけた。
「最近この国でこういうことが増えているらしいんだ。町でも何件か起きてる。あのネックレスを召喚したのと同じ方法だろう、ってソフィアさんが言ってたよ」
例のネックレスを召喚し、ギードに使わせようとしていた魔法使いは、王都以外の町でも同じ事件を起こしていた。
どうやら魔法道具や珍しい魔獣を売りさばく犯罪者組織と結託し、魔法道具の情報を得てはそれを召喚するという方法を取っているらしい。というのが、ソフィアから連絡を受けた魔法使い協会と、国の捜査機関が情報を擦り合わせて出した結論だ。
しかもこの組織が、どうやら飛行船を使った密輸で商品を運んでいるようなのだ。召喚された翌日に千尋がそれらしき飛行船を見かけたのは完全に偶然だったのだが、この密輸に関わっていた魔法使いと、魔法道具を盗んでいる魔法使いが同一人物だったのは、協会にとってはほんの少しだけ良い情報だった。さすがに同じ地域に悪事に手を染めている身内がそう何人もいては困る。
千尋もそのあたりの事情は、ソフィアから聞いていた。けれど、こうして実際に被害を受けて悲しんでいる人を目の当たりにすることは、情報として知るだけのこととは大違いだ。
千尋は両手いっぱいのお土産をそうっと石畳の上に置き、女の子の小さな手を掬うように包み込む。女の子も、千尋の手をきゅっと握った。
「魔法使いさん、取り返してくれる?」
おずおずとそう言う女の子に、千尋はしっかりと頷きを返す。
「ええ、もちろん! お姉さんは見習い魔法使いだけれど、とーっても強くて頼りになるお友達がたくさんいるの! だから、皆で協力して、悪い魔法使いさんをどかーんってやっつけてくるわね! 盗られたものも、きっと探し出すわ!
ね、アベルさん!」
「えっ、ああ、うん、あのー、えー、おれはひゃっぱつひゃくちゅうのー、弓使いだから、つよいぜ!」
突然のフリに語彙が低下したアベルも、ぎくしゃくした動きで大きく頷く。完全に棒読みではあったものの、それはそれでウケたのか、女の子は楽しそうにきゃあきゃあと笑った。
「ありがとう、魔法使いさん! と弓使いさん!」
大きく手を振って駆けていく女の子を見送り、千尋はお土産を抱え直す。そして、はっと瞬きをし、急にアベルのほうへぐるんと向いた。
「そうだわ! 思いついた!」
「わっ、……ええと、どうしたんだ?」
「作戦を思いついたの! そうね、皆さんにも協力していただければ、きっと上手くいくわね!」
「ああ……、うん? それはよかった」
千尋が嬉しそうに笑いながら、ミュージカルさながらの動きでくるくるとターンを決めつつ魔法使いの店に入っていくのを、アベルはよくわからないままに追いかける。
皆さん、に自分が勘定されていることに気付かなかった鈍い男は、こうしてまんまと頷いたのだった。




