94話　炎の術式：炎渦

「ちっ！　しつこいことこの上ないな！」

　自らへと迫る鵺の本体の攻撃をいなしながら、そう吐き捨てたルート。自らへと襲い掛かってくる鵺の本体は、大神に比べれば速さこそ大したことは無いが、何よりも厄介なのは肉体の強靱さだ。攻撃の合間を縫うように斬撃を繰り出すも、切れた破片から新たな鵺の分身が生み出され、すぐに欠落した部位を再生した本体と共に襲い掛かってくる。鵺の再生力を前にしては斬撃は効果をなさないどころか、もはや逆効果となっていた。

　幸いだったのは、生み出された鵺については、まだ不完全な生体だったのか、斬撃は通るようである。だが本体に斬撃が意味が無いとわかった今、ルートに出来ることは同じヴェネーフィクスのメンバーであるイーナの復帰を待つこと。それまでは鵺の本体の注意を引きつけながら、耐えるという選択しかできなかった。

「あら～～　ルート～～　それでも使徒の1人なの～～？」

　ルート目掛けて襲い掛かってきた鵺の本体の腕を凄まじい力でたたきつぶすアマツ。顔を鵺の飛び散った破片で染めながら笑顔を見せるアマツは、もはや悪魔と形容する以外にふさわしい言葉はなかった。

「これでは、どっちが悪魔なんだかわからないな……」

「ちょっとルート～～　どういうことさ～～？」

「冗談だ。アマツまた来るぞ」

　言ったそばから再生する鵺の本体。再びおぞましい声を上げながら2人目掛けて鵺の本体が襲い掛かる。

「……クイ　……クイ」

　声が小さく何を言っているのかはよくわからないが、少なくとも自分たちに敵意を持っていることだけは明らかだ。鋭い腕の攻撃。もう何度も目にしてきた攻撃。もはや対処自体は難しくはない。問題は、いかにあの本体を仕留めるか。ただそれだけだ。

「おい、アマツ何か良いアイディアはあるか？」

「うん～～　あの再生力は厄介だよね～～！　やっぱりあなたの相棒が戻って来るのを待つのが良いんじゃないかな～～？　って噂をすれば……」

「２人とも下がって！　炎の術式　紅炎！」

　鵺の本体めがけ一直線に飛んでいく炎の弾。炎の魔法が命中した鵺の本体はもがき苦しむような素振りを見せひるんでいた。やはり、あの本体も鵺の分裂体同様炎が弱点のようだ。それは間違いなさそうである。

「おいイーナ、怪我の方は大丈夫なのか？」

　合流した私に向かってルートが言葉をかけてきた。いつも通り、冷静なルートではあったが、ルートの口調、そしてまなざしから本気で私のことを心配してくれているという気持ちが伝わってきた。

「大丈夫！　ありがとうルート！」

「今度は私とイーナ様でやっつけるよ！　見ててねルート！　アマツ！」

　やる気満々のルカ。そんなルカの様子に、戦闘中にも関わらずルートは微笑ましい笑顔を浮かべる。

「俺達で突破口を作る。アマツやるぞ！」

「あいよ～～！　ちょうどセンリの方も準備は出来たみたいだしね～～！」

　少し離れていた場所で何か作業を行っていたセンリ。アマツがちらりとセンリの方を見つめたその瞬間、暴れ回っていた鵺の本体がまるで蜘蛛の巣に捉えられたかのように身動きが取れなくなったのだ。よく見ると細い糸のようなものが鵺の本体に巻き付いている。ルートとアマツが鵺の本体の注意を引きつけている間に、準備をしていたのだ。

「これは……！？」

「説明は後！　表面は私達で剥がすよ～～」

　生じたスキを逃すまいと、一気に鵺の本体めがけ駆けていくアマツ。状況を理解したルートも、アマツに少し遅れはしたものの、一気に鵺の本体に近づいていく。そうなれば私がやるべき事は一つ。再びマナに全神経を集中させること。最初に鵺の本体にお見舞いしたのよりもさらに強烈な炎の魔法をたたき込むために。

「……ギギ！」

　身動きがとれなくなった鵺の本体は、必死にセンリの仕掛けた罠から抜け出そうとするも、その強靱な糸が切れないようでもがいていた。そこに入るアマツの一撃。さらに波状攻撃の如く、ルートの大剣が鵺の本体を一閃する。

「「いまだ！」」

　アマツとルートの声が重なり、洞窟内へとこだまする。もうすでに私の準備は終わっている。そして、それはルカも同じだったようだ。

「「炎の術式　炎渦！」」

「！？」

　正直ルカが紅炎だけでなく、炎渦までも使えるようになっているとは想像もしていなかった私は、思わず驚いてルカの方を見つめた。驚いたままルカの顔を見つめる私に、ルカは満面の笑みを返す。

――いつの時代も若い者は成長が速いものじゃのう……

――何言ってるのさ、サクヤだって若いんでしょ？

――そうじゃな、かっかっか！

　2人で放った炎の魔法は、アマツとルートの攻撃によって再生中だった鵺の本体を一気に飲み込んでいった。確かに手応えはあった。後は……

　息をつきながら、炎に飲まれた鵺の本体を見つめる。

　……頼む。これで決まってくれ！

　チラチラと消えゆく炎の合間から、次第に鵺の本体だったものの姿が見え始める。ドロドロと溶けた黒い塊は、まだわずかに蠢いているようだ。

「ちっ……　まだ！」

「いや、待ってルート～～」

　さらに攻撃を繰り出そうとしたルートを止めるアマツ。私もルカも、炎の中で蠢いている鵺の本体を黙って見つめていることしか出来なかった。鵺の本体は何かを訴えているかのように、静かに、か弱く私達の方に向けて這いずってきていたのだ。

「……ニクイ　……ニクイ」

　ようやく、鵺の本体が何を言っているのか聞き取れた私。間違いなく、奴は「憎い」、そう口にしているのだ。

「……まさか、人間の言葉を理解して……」

「……ニク……イ」

　そう言いながら、私の方へと這いずってきた鵺の本体は、静かに再び憎いと言い残し、崩れ落ちていった。

　……終わった……？　

　まだ理解も追いついてはいないが、先ほどまで鵺の本体だった黒い塊はもう動きを止めていた。そして、ようやく終わったと言う事を実感した瞬間、私の耳にルカの無邪気に喜ぶ声が届く。

「やった！　やった！　イーナ様！　勝ったよ！」