81話 どうやら歓迎されていないみたいですね
グシア –Gussia-
シャウン王国東部、タルキス王国や旧ラナスティア王国と言った周辺国との国境付近にある賢者の谷に最も近い村である。賢者の谷はラナスティア山脈と呼ばれる山岳地帯にあり、グシア村もラナスティア山脈のふもと、山に囲まれた場所に位置する。
「ここがグシア村かあ……」
長かった馬車の旅もようやく終わり、私達はグシア村の地へと降り立った。最初こそ、揺れも少なくなかなか快適な旅のはじまりではあったが、やはり狭い馬車の中でずっと揺られていたと言うこともあり、グシア村に到着する頃にはもうすっかりへとへとといった状況ではあった。
とは言っても、道中特にトラブルに見舞われることもなくグシア村へとたどり着けたのはこれ以上無いくらい幸運なことである。私が元々いた世界に比べるとまだまだ発展途中と行ったこの世界では、旅の道中に賊に襲われるというような事例も比較的多いらしく、何の罪もない旅人が旅の途中で襲われて命を落としてしまうと言うような悲劇的な話も決して珍しい話ではないらしい。
そして、グシア村の住人達にとっても私達のように外から来るような人は珍しいらしく、私達はすぐに住人の注目となった。元々賢者の谷が近いと言う事と、兵士キャンプが近くにあると言うことで王国の兵士達がグシア村を訪れること自体は決して珍しい事ではないようだが、私達のような一見兵士には見えないような外部の者が来ると言うことは本当に希であるようである。
チラチラと刺さってくる村人達からの視線に耐えつつ、グシア村へと着いた私達は早速宿へと向かおうとした。座っていただけと言えば座っていただけだが、ここまでの移動で私だけではなくヴェネーフィクスのメンバーも皆、疲労が隠せないような様子だったのだ。早く広いベッドで脚を伸ばして転がりたい。その一心で私達は初めてのグシア村を歩いていたのだ。
グシア村は村とは言えど、辺境の地にあると言うこともありそこまで規模も大きくはない。村の端から端までは歩いたとしてもそこまで時間がかかるようなほどではない。だが、探せど探せど宿らしき建物は見当たらない。遂にしびれを切らしたナーシェが、近くにいた住人へと声をかけた。
「すいません! 私達用事があってグシア村に来たんですけど、宿が見つからなくて……」
道の端の方で道路の手入れをしていたおばさんへと声をかけたナーシェ。おばさんも少し怪訝な目つきで声をかけてきたナーシェを見つめ、そして素っ気ない様子でナーシェへと言葉を返した。
「宿? そんなモノこの村にはないよ」
「宿がないんですか!」
「そりゃあ、こんな村に観光客が来る事なんて滅多に無いからね。あんたらどっからきたんだい?」
おばさんの問いかけに私は正直に言葉を返す。少し警戒しているような様子であったし、下手にごまかすのも良くないとそう思ったからだ。
「フリスディカからです。用事があって賢者の谷に向かうためにここまで来ました」
「そりゃまたえらいところからきたね。賢者の谷に行こうって事は、あんたら王国か連邦の関係者ってことだろ? 兵士キャンプに行けば何とかなるんじゃないのかい?」
なるほど確かにそうだ。少なくとも兵士キャンプなら私達が止まるような設備も少なからずあるだろうし、それに今回アレクサンドラからは賢者の谷に入るための書状を預かってきている。これがあれば、少なくともシャウン王国の兵士キャンプと言う事であれば、無下に扱われることもないだろう。
グシア村をしばらくの間歩き回ったが、どうにも住人は他人行儀というか、フリスディカやトゥサコンと行った街に比べると、外からの来訪者を歓迎していない雰囲気というか、どこか気まずいような空気が流れていた。住人達の気持ちはわからなくもないがあまり良い気持ちがしないというのも事実だ。
そして、同じことを思っていたのだろう。ナーシェが小さな声でぽつりと呟く。
「なんだか…… ちょっと気まずい感じですね」
「仕方無いよ~~ 今でこそ平和かも知れないけど、賢者の谷が管理地域になる前はそらもうグシア村は賢者の谷の調査隊でごった返していたらしいからね~~ それだけ人が集まれば、めんどくさい連中も増えるってなワケで、結構昔は村の住人と外から来た人との間でトラブルも多かったらしいよ~~」
補足するようにアマツが口を開く。
賢者の谷周辺の強力なモンスターから自分たちの暮らしを守ってくれている兵士ならともかくとして、一見ただの観光客にしか見えないような私達を警戒しているような様子で見ていたのはおそらくそういう事情もあるのだろう。大抵厄介事を引き起こすのは外部の者。世の中の相場というのは決まっている。ましてや、普段からあまり外部の人間が訪れることがないこのグシア村において、今の私達は怪しい人物である事に間違いは無いのだ。
「だったら、早く兵士キャンプに行こうよ! 賢者の谷についてもっと情報も集めたいし!」
これ以上この村にいても何かめぼしい情報が集まるような気配はない。幸いにもグシア村から兵士キャンプまでは目と鼻の先と言うこともあり、移動するのもそこまで大変ではない。とりあえずは周囲が暗くなる前にまずは寝るところを確保したいという気持ちが大きかった。このまま野宿というのは勘弁だ。
兵士キャンプはグシア村の外れ、山と山に挟まれ狭くなった場所に位置していた。ここから先は完全に山岳地帯。キャンプとは言えど、連邦や王国の関係者が頻繁に出入りしていると言うこともあり、立派な建物があったのだ。外から見た感じ、ここなら十分に快適に寝泊まりできそうなスペースはありそうである。
近づいてきた私達に気が付いたのか、建物の前にいた兵士が数人、私達の元へと駆け寄ってくる。兵士達は武器こそ構えてはいなかったが、いつ襲われても大丈夫と言わんばかりに、警戒をしながら私達へと話しかけてきた。
「そこの者達止まりなさい。ここに来た目的を聞きたいのだが」




