52話 不完全なパーティ
「炎の術式:紅炎!」
再びニニギに対して炎の魔法を繰り出したルカ。ひらりと躱したニニギではあったが、さらにその隙を逃すまいと追撃するヤキネ。完全に戦況は傾いた。ルカとヤキネ、そしてルートの波状攻撃によって、ニニギにはもう魔法を発動する隙がないのだ。
「ルカちゃんすごい…… いつの間に……」
ルートとルカの背後で戦況を見つめるナーシェは、思わぬルカの成長に言葉を漏らす。何せこの前まで、ルカは魔法もおぼつかないようないたいけな少女であったはずなのに、いつの間にか魔法使いに劣らないほどの魔法を使えるようになっていたのだ。
ナーシェの内心は複雑だった。ルカがイーナと一緒にずっと努力していたのは知っていたし、ヴェネーフィクスの今後のことを考えたら、ルカが戦力になると言うのは喜ばしいことであるのは間違いない。だが、同時に自分がいつも守られてばかりで、彼らの隣に並んで戦えないと言う事に、悔しさにも似たような感情を覚えていた。
もちろんパーティにとって治癒魔法使いがいかに重要であるかは、ナーシェが一番理解している。パーティのメンバーが傷ついた時に、治癒魔法使いがいなければ、大した怪我でなかったとしても命取りになる事だってあるのだ。
ハインやロッドとパーティを組んでいたときは、こんな事を思ったことはなかった。ロッドは確かにナーシェよりも年下だったが男の子だったし、パーティに加入したときからもうすでに才能ある魔法使いとしてギルド内でも名を知られていたからだ。
だが、新たにヴェネーフィクスに加入したメンバー、イーナもルカも、見た目は自分よりも遙かに年下である。それに、魔法の使い方もよくわかっていないと言ったレベルだった。それなのに……
きゅっと唇をかみしめるナーシェ。そんな彼女を、すぐそばで見つめるテオ。テオも何となくナーシェがいつもの優しいナーシェとは雰囲気が異なることは察したのか、何も言わず、ただ彼女を励ますように寄り添っていた。
ルカとルート、そしてヤキネの波状攻撃は確実にニニギの体力を蝕んでいっていた。ルカが戦えるようになったとは言えど、まだまだ不完全な連携ではあることは確かだ。それでも、戦い慣れたルートがまだ経験の浅いルカに合わせることにより、少しずつではあるが、ヴェネーフィクスというチームが出来上がりつつあった。
次第にニニギにも息切れが見えはじめる。強力な魔法を発動した反動、そしてルカの参戦によりすっかり防戦一方になったと言う事で、通常以上にニニギは体力を消耗していた。
――ルート! 頼みがある!
――なんだ?
――ニニギと話がしたい! 俺を召喚してくれないか!
――……わかった
シナツが今更ニニギと何を話すつもりなのか、ルートには知る由もない。だがルートも重々に承知していたことがある。シナツ達とカーマやニニギの間の確執は、あくまで大神の問題であり、シナツ達が解決すべき問題だと言うことだ。だからこそ、ルートはシナツの言葉に従い彼を呼び出すことに決めたのだ。
「まて! ルカ! シナツが話をしたいと言っている!」
炎の魔法をニニギに向けて発動しようとしていたルカに制止をかけるルート。ルートの声に、ルカは驚きながらもとっさに、用意していた魔法を収めた。動きを止めたのはルカだけではなかった。ヤキネもニニギもルートの声に反応し、一瞬行動を止めたのだ。
「……ニニギ」
姿を現すやいなや、ニニギに語りかけるシナツ。特にこちらに襲い掛かってくるような様子もなく、ニニギは息を切らせたままシナツに言葉を返す。
「今更、情でも湧いたか? 俺達はお前の父親を…… 真神を殺した。そんな俺と一体何を話そうというのだ?」
「情など湧いているものか。だが、どうしても一つだけお前に聞いておきたくてな。どうしてお前まで…… カーマやマガヒについていこうと思った?」
「どうして? 全ては大神のためだ」
「大神のため? カーマの言うとおりにする事が、本当に大神のためになると思っているのか?」
大神のためだとはっきり言い切ったニニギに、シナツが声を荒げる。そんなシナツの様子を見たニニギは、シナツを嘲笑いながら言葉を発した。
「ふん、お前達親子は本当に甘い…… それに、俺を倒せたところで、お前達にマガヒは倒せない。あの女も可哀想にな…… 単独で挑んで勝ち目などあるまい」
ニニギの言葉に、ルートもルカも視線を移す。もちろん、移した先はイーナとカーマの戦いが繰り広げられているであろう方向だ。ニニギとの戦闘に集中していた彼らは、イーナの方に気を配っている余裕など無かった。そして、2人の目に、想像もしていなかった光景が飛び込んでくる。
「イーナ!」
「イーナ様!」
声を荒げるルートとルカ。少し離れた場所で戦いを見守っていたナーシェも2人の声に反応して、イーナの方へと視線を移す。
皆の視線の先、この戦いの結末を決めるであろう戦いが繰り広げられていた場所もすでに戦況が決まろうとしていた。雌雄を決していたはずの2人は対照的な様子で相対していた。笑みを浮かべながらまだ余裕たっぷりと言った様子で立つカーマと、かたや傷だらけで立っているのもやっとと言ったような様子のイーナ。誰が見てもどちらが優位であるのかは明らかだったのだ。




