44話 サンダーウィング
「さてそろそろ行くとするか!」
ヤキネの住処で一晩を過ごした私達は、まだ周囲が完全には明るくなっていない早朝から作戦を開始しようとしていた。
まだマガヒ達も私達とヤキネと手を組んだと言う事は知らないだろうが、すぐに情報は伝わるだろうし、そうなれば出来るだけ早く、マガヒ達が動き出す前に決着をつけてしまうべきであろう。名付けて「電撃制圧作戦」のはじまりである。
スガネとの戦いの後に仲間になった大神たちと共に、大神の里に向けて私達は出発した。大神達の大群が森の中を駆けていく様は、なかなかに迫力のある光景である。
「しっかり捕まっていろよ、落ちたらシャレにならないぞ」
私を背に乗せてくれていたのはヤキネであった。大神たちの先頭を切って駆けるヤキネはこちらの様子を気遣いながら、出来るだけバランスを崩さないように走ってくれていた。
「大丈夫だよ。君の所にくるのにもう大神の移動には慣れたしね!」
「……まさかシナツ、それに人間達と手を組むことになるとはな」
「シナツの言っていた未来って言うのもそう遠くはないかもね!」
シナツは、人間と大神が協力して生きていけるような、そんな関係を築きたいといっていた。もちろんそれは、今、妖狐達の長である九尾になっている私にとっても同じ。現に私とサクヤは協力し合えるような関係になっていると言えるだろうし、もしそんな未来が本当に実現するのなら、私がこの世界に来た意味というのもあったのだと思える。
「あんまり油断はするなよ。大分外れとは言えここも原始の森。大神の庭である事は間違いない。いつマガヒの手下共と出会すやもしれん」
ヤキネの言うとおり、ここからはいつ戦闘になってもおかしくはない。いつでも戦えるように、常に準備だけはしておかなければならないだろう。後ろを着いてくる大神達の背に乗っている仲間達も、そのことはすでに理解しているようで、皆どこか緊張したような表情を浮かべていた。
それからも変わらない森の風景の中を、風を切りながら走っていく大神達。順調に森の中を進んでいたとき、突然、ヤキネの足が鈍る。後ろを着いてきていた大神たちもヤキネに合わせて移動速度を抑えたようだ。
「何かあったの? ヤキネ?」
あまりにも急な減速に、怪我でもしたのかと心配した私は、ヤキネの顔をのぞき込むように、彼に尋ねた。
「妙な気配を感じる。どうやらその気配の近くに大神もいるようだ。慎重にいくぞ」
「妙な気配って?」
「初めて感じる気配だ…… いや、待て…… お前達と似た様な香りがする」
「似た様な香り…… 人間って事?」
「おそらくな。このまま進めば、そいつらの所にぶつかるだろう。どうするイーナ?」
私に向かってそう聞いてきたヤキネ。今から迂回をするというのもタイムロスになってしまいそうだし、その人間達というのも気になる。もしかしたらカーマとやらの仲間かも知れない。そうなれば、私達に取って脅威ともなり得る存在である。
「少し様子を見てみたい。静かに近づくことは出来そう?」
………………………………………
「人間どもがいると言うから来てみれば…… どうやら俺達が探していた奴らとは違うみたいだな……」
4人の男達の前に立ちふさがった大神は、人間達を見下すような態度でそう口にした。
「おい、あいつが今回の対象か! 人間の言葉を話してやがるぞ……」
「やっと見つけたな。あいつを倒してさっさとフリスディカに帰ろうぜ。もうこんな森とはおさらばだ」
突然現れた大神を前に武器を構える人間達。「サンダーウィング」と呼ばれるパーティのメンバーである彼らは、今まで多くのモンスターとの戦いをこなしてきたと言うこともあり、自分たちの腕には自信があった。
今回の任務は野犬討伐のはずであり、難易度自体はそこまで高くないと聞いていたし、森に入ったは良いものの、全く野犬とやらに出会う気配はない。そして、何よりも「ヴェネーフィクス」に負けるわけにはいかないと言う気持ちが彼らを焦らせていた。
「ルートの野郎、新たにメンバーを見つけてきたと思いきや、なんだあの女どもは…… 全くギルドを舐めているとしか思えないぜ」
サンダーウィングのリーダーでもあるアルトが武器を構えながら小さく呟く。アルトだけではない、サンダーウィングのメンバーにとってギルドはまさに人生そのものであった。
実績を積み重ねて、いつかは自分たちもギルドの偉大なる先人達の様になりたいと、サンダーウィングのメンバー皆が思っていた。だからこそ、彼らにとってヴェネーフィクスの現状が我慢ならなかったのである。
「おい、犬共! 覚悟しやがれ! 俺達に出会ったのが運の尽きだ」
たまっていた不満をぶつけるように、大神に向けて叫ぶアルト。だが、サンダーウィングの前に立ちはだかる大神はそんな言葉など意に介さないように、彼らを見下したまま小さく呟く。
「馬鹿は死なねば、なおらないようだな……」
途端、サンダーウィングのメンバー達の視界から消えた大神。否、大神は一直線に武器を構えていたアルトに向かって突っ込んでいったのだ。大神特有の技、「風切」と呼ばれる技である。
だが、アルトも流石の強者。急に目の前から消えた大神に困惑しつつも、自らに近づいてくる殺気に何とか反応する。鋭い音を立てて交わり合う牙と刃。お互いの武器と武器のぶつかり合いは、大神の攻撃の威力が勝ったようで、そのまま後ろに吹っ飛ばされたのはアルトであった。
「アルト!?」
他のサンダーウィングのメンバーもかろうじて大神の攻撃を捉えていた。すぐに、吹っ飛ばされたアルトの元に近づき、体制を立て直そうとしたサンダーウィングのメンバー達であったが、さらにたたみかけるように大神が攻撃を繰り出してくる。
「おい、何だ!? こんな化け物がいるだなんて聞いていないぞ!」
何とか大神の激しい攻撃を防いではいるものの、状況は完全に劣勢。次第にサンダーウィングのメンバー達にも焦りが生じる。
相手はたった一匹の野犬であるはずなのに、自分たちが劣勢に追い込まれている。それどころか、相手からは余裕すら感じられ、自分たちが野犬に遊ばれているような、そんな感覚すら覚え始めた。
「ちっ、埒があかねえな……」
「どうする! アルト!?」
サンダーウィングのメンバーの1人、ザジがリーダーのアルトに声をかける。彼らに残された選択肢が、そう多くはないことは皆が理解していた。
逃げようとしたところで、敵の速さの前では、皆が無事に逃げ切ると言うことは至難の業であろう。だからといって、このまま戦っていても一向に埒があかないのだ。なんとか4人で協力しながら大神を防いではいるものの、1人でも欠けるようなことがあれば、その時点で味方は総崩れである。
「どうするたって! やるしかねえだろ!」
こうなれば、もう腹をくくって突っ込むしかない。どうせこのまま防戦一方だと、間違いなく先にスタミナが切れるのはこっち。ならば、攻撃するしかない。そう判断したアルトは、武器を構えながら大神に向かって突っ込んでいった。
「アルト!! 危険だ!!」
だが、アルトの無謀とも言える突撃によって、サンダーウィングの連携が崩れた瞬間を大神は見逃さなかった。攻勢に転じたアルトは、大神にとって隙だらけだったのだ。
正直、大神にとっても、サンダーウィングの強さは想定外だった。1人1人の力はそうでもないものの、連携が取れている分仕留め切れていなかったのだ。アルトが単独、大神に突っ込んでいったことで、人間の連携にほころびが出来た。思ったより長引いてしまったが……
――これで終わりだ!
自らに向かってきたアルトの首筋めがけ、カウンターを仕掛けるように突っ込む大神。大神のとって、ここまでのサンダーウィングとの戦いは様子見に過ぎなかった。
ようやく仕留められそうなチャンスを前に、初めて全力の「風切」を出した大神。今まで以上に速い「風切」を前に、アルトは自らの死を悟る。構えていた剣で防ごうとしたが、間に合いそうもない。
――やられる……
アルトが自らの死を確信した、そして大神がようやく人間の1人を仕留めたと思ったその直後、突如として剣と牙が交わる鋭い音が再び周囲へと鳴り響く。
――なんだ、確かに仕留めたはず……?
アルトも大神も何が起こったのか、全く理解が追いついていなかった。防御が間に合うはずがない。その認識はアルトも大神も同じだったからである。状況を理解しようと、音のした目の前に視線を送るアルトと大神。2人の視線の先には1人の少女の姿があった。
「危ないとこだったね! サンダーウィングの皆さん!」




