42話 リーダーたる者
「スガネ様……」
完全に戦意を喪失した大神の残党達。自分たちのリーダーがこうもあっさりとやられてしまったと言うことに、大神達は動揺を隠しきれない様子だった。先ほどまでのりりしい大神達の面影はすっかり何処かへと消えてしまっており、目の前で怯えた様子でこちらを伺っている大神達は、もはや怯えた小動物のようであった。
だが、それほど追い詰められた状況であっても、大神たちは誰1人として逃げるような素振りを見せる者はいなかった。ある意味では、見上げた忠誠心である。もしかしたら怯えて動けなくなってしまっただけかも知れないが。
「どうやら、終わったようだな……」
私達の後方、離れたところから戦いの行方を見守っていたヤキネがぽつりと呟く。ヤキネの言葉通り、もう大神たちがこちらに襲い掛かってくると言うことはなさそうである。だが、まだ大神たちは心の中で葛藤をしているのだろうか、こちらに警戒の態度を向けつづけていた。こうなればもう一押し。私は少し離れた場所からこちらの様子を伺っていた彼らに向かって叫んだ。
「もうやめようよ! 大神の一族同士で争い合うなんて!」
私が言葉を発すると同時に、大神たちの身体が一瞬びくつきを見せる。どうやらよっぽど怖がられているようだ。何とか彼らを引き下がらせようと説得を続けようとしたちょうどその時、私が声を発しようとしたタイミングとほとんど同時にルートが私に語りかけてきた。
「あのさ……!」
「待て、イーナ!」
ルートの声に、出かかっていた言葉がとまる。すぐにルートの方を向いた私に向かって、ルートがさらに言葉を続ける。
「シナツが話がしたいそうだ。後はシナツに任せよう」
今の私達は彼らにとって部外者に過ぎない。これは大神同士のいざこざであり、確かにルートの言うとおりシナツが彼らと話し、納得させなければ意味がない話なのだ。ルートの呼び声に呼応して、召喚されたシナツ。シナツはそのまま混乱している大神たちの大群に向かって声を上げた。
「……今の大神の混乱が起こっているのは間違いなく俺の力不足が原因だ。すまない」
姿を見せるやいなや、動揺する大神たちに向かって頭を下げるシナツ。シナツの様子を伺っていた大神たちは、困惑が深まっているようだ。
「俺は一度マガヒに敗れた身。所詮弱者の戯れ言に過ぎないと思うかも知れない。だが、これだけは言いたい。マガヒの考えは危険すぎる。このままでは大神の一族は本当に滅んでしまうぞ!」
「……ですが」
俺達と相対していた大神たちのうち、一匹が様子を伺うようにシナツに言葉を返す。
「このままこの森の中で静かに暮らしていくのが大神にとって良いことだと思っているのですか? 外の世界では…… もはや世界の支配者は人間になっているではありませんか!」
「奴らは凄まじい速度で文明を発展させています。この森もいずれは人間達の手が……」
「そうです! このままでは大神の名折れ……! これ以上奴らに好き勝手を……」
一匹の大神の言葉を皮切りに、次々と大神達の集団から人間に対する不満の声が上がる。一気にざわつく大神達。よっぽど不満がたまっていたようである。
「最初はカーマ様も信用できなかったのは事実です! ですが、カーマ様は我々に言ってくれました。大神こそが世界の支配者にふさわしいと!」
「力で人間達を支配するのが本当に大神のためになると思っているのか?」
冷静に言い放ったシナツの言葉に、ざわついていた大神たちが一気に静かになる。さらに言葉を続けたシナツ。大神たちは黙ってシナツの話を聞いていた。
「確かに大神の力は強力だ。マガヒの言うとおり、この力があれば、ほとんどの人間達なら敵にはならないだろう。だが力で支配するというのは必ず何処かに軋轢が生じるものだ。現に大神の一族の中だって割れている。支配は恨みを呼び、復讐をも呼ぶ」
「……なら、シナツ様は……」
「人間との関わり方は力で支配すると言うことだけではないだろう。俺とこの者達のように…… 助け合って協力して…… 生きていくそう言う未来だってあるはずだ」
こちらを振り向くシナツ。シナツの表情、そして言動からはこちらを信頼しているという感情が伝わってくる。私も、そしてルートも言葉をシナツに返すことはしなかった。笑顔だけで十分に私達の思いも伝わっているだろう。
「……人間と協力する? 本当にそんな事が……」
シナツの口から出た協力という言葉に大神たちがざわついていた中、喧噪をかき消すように言葉を発したのは意外にもヤキネであった。
「……お前達の連携見事だった。シナツ、お前の言葉はあくまで理想だ。現実はそう上手くは行かないだろう。だが、その未来を築くことが出来るといたらお前しかいないだろう。だからこそ俺はお前に賭けてやろうじゃないか」
私達の方へとゆっくりと歩いてくるヤキネ。そんなヤキネの様子を見たシナツは明るい声色で彼の名を呼んだ。
「ヤキネ!」
「俺はあくまで俺の子供達にとって…… お前の言う大神の未来と、マガヒの奴が描く未来、どっちの方がいいのか考えただけのことだ。その代わり出来ないとは言わせない。わかったな」
「ああ」
どうやらヤキネの協力は得られたようである。ひとまずはここに来た意味もあったといことで一安心である。残る問題は……
「それで、きみたちはどうするの?」
大神達に向けて言葉をかける。シナツの口からついてこいと言うのも言いづらい話であることはわかっていたし、あえて、私が大神達に問いかけることにしたのだ。
「……俺達はシナツ様に刃を向けてしまった。それに俺達には……」
「だってさ、シナツどうする?」
「……俺は大神の未来のためにマガヒを討つ。別にお前達がマガヒに忠誠を誓うというのなら止めはしない。このまま、ここを去るといい。もし、俺に協力してくれるというのならここに残ってくれ。俺が言いたいのはそれだけだ」
大神達の群れに向かってそう言い放ったシナツは、そのまま大神達に背を向け後ろを向いた。去る者は去れ。好きにしろ。というシナツのメッセージを聞いてなお、その場から立ち去ろうとする大神は一匹としていなかった。大神たちは何も言わず、ただその場に留まり続けていたのである。




