24話 カムイの街
カムイの駅で切符を購入した後、カムイの街へと繰り出した俺達は、早速先ほど人だかりが出来ていた店へと向かった。
この街でも有名な人気店らしく、なかなか自分たちの順番が来るまでは時間がかかったものの、ようやく俺達はこの街の名物でもあるカムイバーガーへとたどり着いたのだ。
今にもパンからはみ出てしまいそうなほどの肉と、レタスのような野菜が挟まっていたカムイバーガーを一気に口へと持っていく。口に入れた瞬間に、あふれ出てくる肉汁の香りが一気に口の中へと広がる。野菜のしゃきしゃき感とジューシーな肉とのコラボレーションはまさに名物にふさわしいような、そんな一品であった。
「うま! これやばいよ!」
「美味しい!! こんな美味しい物食べたの初めて!」
「ニャ…… ついうっとりしてしまったのニャ…… ほっぺたが落ちるかと思ったのニャ……」
至高の表情を浮かべながら、どんどんと頬張っていくルカとテオ。そんな2人の様子を微笑ましく見つめるルートとナーシェ。ああこれこそが旅の醍醐味である。俺もカムイバーガーを頬張りながら、皆の楽しそうな様子を眺めていた。
お腹を満たした俺達が次に向かったのは、カムイの街中央部に近い場所にある服屋街である。せっかくだから、俺とルカの服を買ってあげるというナーシェの粋な計らいによって、急遽ファッションショーが始まったというわけだ。
ルートもついてきてくれたが、やはりおしゃれ街と言う事もあり、道を行く人々は女性ばかり。少し居心地が悪そうなそんな様子であった。
「これとかどうでしょう! イーナちゃん似合うと思いますよ!」
「これは…… 流石にひらひらしすぎじゃ無いかなあ……」
ナーシェが持ってきた服は、ルカにもらった服よりもさらに女の子らしいひらひらとした装飾がついた白いワンピースであった。確かに、端から見る分には可愛いというのもよくわかる。だけど、自分が着るとなれば話は別だ。こんなひらひらな女の子らしい服を着ている自分が想像できない。
「えー! 絶対に合うと思いますよ! 試着だけでも!」
――良いではないかイーナよ。せっかくナーシェが選んでくれているのじゃぞ
俺へと語りかけてくるサクヤ。姿は見えないが、サクヤの口調だけで、俺のファッションショーを楽しんでいるというのは丸わかりであった。全く人ごとだと思って……
「イーナ様! 着てみようよ! ナーシェが選んでくれたんだし!」
ルカまでせまってくるものだから、もう仕方が無い。ナーシェが選んでくれた服を受け取り、試着室へと移動する。
「……こんなの、本当に着るの……」
見れば見るほどに、着ている自分の姿が全く想像できない。とりあえず、今きていたルカからもらった服を脱ぎ、新しい服へと袖を通してみる。新しい服の柔らかな香りが一気に俺を包み込んでいく。着心地は悪くない。悪くないのだが……
「イーナちゃん! そろそろ着れましたか!」
「……うん」
一気にカーテンを開けるナーシェ。俺の姿を見るやいなや、一気に目を輝かせるナーシェ。いや、ナーシェだけではない。後ろにいたルカも目をきらきらとさせながら俺の方へと視線を送ってくる。
「可愛い! やっぱりこれ! これがいいと思います!」
「流石ナーシェ! ルカもこれがいいと思う!」
一気に顔が熱くなる。1人で着ていたときはまだ耐えられたが、女の子同士とはいえ、こうも皆に視線を注がれると、急に恥ずかしさが襲ってくる。
「ほら、イーナちゃんも見てください! 鏡!」
ナーシェに手を引かれ、試着室を出た俺は、そのまま服屋の隅の方にあった鏡の前へと歩みを進めた。そしておそるおそる目の前の鏡に写った自分の姿を見る。白いワンピースに身を包んだ、鏡に映っていたルカと同じくらいの背丈の少女は、自分でも驚くほどに、可愛らしい、もし街を歩いていたらアイドルかなにかと錯覚してしまうようなそんな姿であった。
「……かわいい」
思わず、俺もそう呟いてしまった。悔しいが、可愛いことは認めよう。
そして、すっかり興奮した様子のナーシェの言葉の矛先は、あきれたように俺達の買い物を見つめていたルートへと飛び火した。
「ねえ! ルート君はどう思いますか!」
「……な、なんで俺に……」
突然話を振られたルートの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。その動揺ぶりは、言葉に出さずとも明らかであった。だが、やはりこういうのは女性の意見だけを聞くというのはよくないだろう。ここは男性であるルートの意見も是非とも伺ってみたいところではある。
「……ルート、変じゃ無いかな?」
「へ、変じゃ無い! むしろ…… 似合ってるな」
最初こそ勢いよく言葉を発したが、言葉尻はぼそぼそと、何とか聞き取れるか聞き取れないかそんな小さな声で感想を漏らしたルート。まあ、ルートは嘘をつくようなやつではないだろうし、きっとナーシェのチョイスはベストなのだろう。
他の服もチラッとは見たが、どうにも女の子の服というものはまだよくわからないし、わざわざお金を出してくれると言ってくれているナーシェに逆らう理由もない。何となく落ち着かないのは、着ているうちにきっとなれてくるだろう。ルカの服だってもうなれたし……
「じゃあ、後は靴とか小物ですね…… あ、でもその前に、今度はルカちゃん!」
俺とルカの買い物はその後もしばらく続いた。全ての買い物を終えた頃、外はもうすっかり夕暮れ時に変わってしまっていたのだ。
「ふうーー!良い買い物でした! イーナちゃんもルカちゃんもとっても可愛くなりましたし、もうカムイの街で思い残したことはありませんね!」
満足そうに歩くナーシェ。まあ確かにこれで少しは人間の街を歩きやすくなったというのは事実だ。ルカの服もありがたかったが、なんと言っても文明から離れた妖狐の里の服と言う事もあり、都会であるカムイの街ではどうしても田舎くさいというか、少し浮いたような服装になってしまっていたのだ。
「ありがとうね、ナーシェ。こんなにいろいろと!」
「いえいえ、可愛い子に投資は惜しみませんよ! それに私達は同じパーティになるんだからそんなに気にしないでください!」
本当に、初めて出会った人間がルートとナーシェ達で良かった。こんなに親切にしてくれる人間なんてそうはいないだろうし、皆のお陰で、こうして人間の世界に来ることも出来たのだ。そう思いながら、日が傾きかけたカムイの街を俺達は再び歩いていた。
「じゃあ最後に、カムイの塔に登ってみましょうか!」
「あの塔、登れるの!?」
「登れますよ! 元々あの塔は、街を襲ってくるモンスター達を見張るための塔ですから!」
カムイの街の中央部にそびえ立つカムイの塔。レェーヴ原野など、モンスター達の世界に接しているカムイの街は、古くからモンスター達による被害が起きていた街でもあったそうだ。そのために、モンスターの襲来にいち早く気がつけるように、周りを見渡せるカムイの塔が建てられたらしい。だからこそ、カムイの人々にとってあの塔はこの街の象徴でもあり、共に暮らしてきたという証でもあるのだろう。
どこまでも続くかのように思えるような階段を一歩一歩と登っていく。そして、ようやく頂上へとたどり着いた俺達の目に、夕日に照らされたカムイの街と、遥か遠くまで続くレェーヴ原野の姿が映ってきたのだ。
「綺麗……」
その絶景に思わずルカが小さな声で呟く。俺もすっかり眼下に広がる圧倒的な光景に目を奪われていた。この前までいたはずの妖狐の里はこの塔からでも全く見えない。それほどまでにレェーヴ原野は果てしなく広がっていた。
「綺麗だろ? レェーヴ原野に向かうパーティは必ずここに立ち寄るんだ。これから向かうレェーヴ原野に夢を馳せて、そして旅の無事を祈ってな。俺達もハインとロッドと共にここに立ち寄った……」
小さな声で呟くルート。夕日に照らされたルートの表情からは、何処か寂しそうな様子が伝わってきた。きっとハインやロッドとの思い出を思い出しているのだろう。2人ともルート達にとっては誰よりも信頼の出来る仲間だったのだから。
そして、今度は俺やルカが2人にとってそんな存在にならなければいけないのだ。もう誰も悲しませないためにも。
夕日に照らされたカムイの街を見ながら、俺はそんな決意を胸に抱いていた。




