2-29話 エキシビションマッチ!
ミドウが提案したエキシビションマッチ。本来行われるはずであった、ルカとグレンの決勝戦に代わり、零番隊の現メンバーである私と、そして不戦勝という形にはなってしまうが、この試験本戦の優勝者であるルカとの戦いを観客に見せるというものだ。
「イーナ様と戦えるの!? 本当に!?」
ルカは興奮を隠しきれない様子でそう口にする。こんなに嬉しそうなルカを前に、私ももう断ることは出来ない。ルカの成長は、私の想像を遥かに超えており、名高い討魔師達との戦いを通じてさらに成長していっているのは、一番そばでルカの戦いを見ていた私がよくわかっている。
それに選び抜かれた討魔師達の戦いを楽しみに、足を運んでくれた観客達の期待を裏切るわけにもいかない。私自身、レベルの戦い討魔師達の戦いを最も近くで観戦していたと言うこともあり、身体が疼いていたのは事実なのだ。
だけど、本当に私で良いものか。唯一懸念していたことは、客達が私とルカの戦いで満足してくれるかどうか、その一点である。
「……私はいいけど、本当に私でいいの? ミドウさんとかの方が盛り上がるんじゃ……」
「でも! ルカはイーナ様と戦いたい!」
「だそうだ。優勝者がそう言っているんだから、異論は無いだろう?」
笑みを浮かべながらそう口にしたミドウ。異論は…… ない。大勢の観客を前に、輝かしい活躍を見せたルカ。現、零番隊の1人として、それに九尾として、私もルカに負けているわけにも行かない。
「……ルカ。私はルカが相手でも手加減はしないよ。零番隊『伍の座』の誇りにかけて、全力でルカの相手をする」
「もちろんだよイーナ様! ルカだって! 例えイーナ様が相手でも…… ううん、イーナ様が相手だからこそ、全力で戦いたい!」
そう私に言ってきた、ルカの眼差しは真剣そのものだった。この前まで、イーナ様、イーナ様と私の後ろを可愛く付いてきていたと思っていたルカ。もちろんルカが、以前よりもずっと成長し、大人になってきたのは知っていたつもりだけど、それでも、ルカの成長が嬉しいというか、寂しいというか…… なんというか、こう一言では言い表せないような、そんな複雑な感情が私の中で渦巻いていた。
「はっはっは、決まりだな。それでよいな? グレンよ」
そして、ミドウはと言うと、豪快に笑いながらグレンに向かって最後の確認をする。
「ええ、もちろんです。私も是非、この目で見てみたい。零番隊上位に座る者の、その実力を」
「よしわかった! ここからはイーナに代わり、わしが進行役を引き受けた! イーナ、ルカ、早速準備をしてくれ。すぐに試合を始める!」
………………………………………
「おいおい、全然出てこないじゃないか! 何かあったのか?」
「グレンの奴、何か言ってたよな? 一体なんなんだ?」
主役達が壇上を去った競技場。待っても待っても、誰も戻ってくる気配もない事に、観客達の間に動揺が走る。
「皆の者、お待たせして申し訳ない!」
そして、突如として競技場に響き渡るミドウの声。ざわついていた観客達はその声に、一瞬にして静けさに包まれた。
「おい…… どうしてミドウさんが……?」
「やっぱり…… 何かあったのか?」
静まりかえった観客席の中で数人の戸惑いの声が響く。それでも、そんな声など気にする素振りもなく、堂々とした様子でミドウはさらに言葉を続けた。
「先ほど、討魔師グレンより我々に一つの申し出があった! 討魔師グレンは体調不良にて、決勝戦を棄権したいとのことだ!」
「え……?」
静まっていた競技場が一気にざわつく。それもそうだ。ここにいる皆が、この後に行われるグレンとルカ、2人の零番隊候補者の頂上決戦を今か今かと待ちわびていたのだ。
「我々も候補者達の意志は最大限に尊重しようと思う。そこで、討魔師グレンの棄権を承認した! よって、決勝戦は討魔師ルカの不戦勝とする!」
「何だよ…… せっかく楽しみにしていたのに……」
落胆にも近い響めきが競技場を支配する。その声は、ステージのすぐ横でスタンバイしていた私達の耳にも届き、これからはじまるエキシビションマッチに挑もうとする私に重くのしかかってきた。こんな空気の中…… 本当に大丈夫なのかな……
「ここからが重要となる! 本日、わざわざ足を運んでくれた皆のため、我々もこのままこの試験を終了させるべきではないと判断した。よって、決勝戦に代わり、エキシビションマッチの開催を決定した!」
「……エキシビションマッチ?」
相変わらず動揺が支配していた観客席。だが、ミドウのエキシビションマッチという言葉に、動揺していた観客達も耳を傾け始めたようだ。困惑の声が一つ、また一つと減っていき、観客席はだんだんと静けさを取り戻していったのだ。
「優勝者であるルカが零番隊に加入することに異を唱える者は誰もいないだろう! そこで、新たに我々の仲間に加わることになる討魔師ルカと、そして、現零番隊メンバーによる戦い。それを皆に楽しんでもらいたい!」
「それって……?」
「え…… どういうこと?」
観客達の戸惑いの声は収まる気配がない。それでも、先ほどまでの落胆したような、そんな声とは全く異なる困惑の声だった。これからミドウが口にする言葉一つ一つに、強い興味を抱いているような、期待にも似た、戸惑いの声だった。
「では、これからそのエキシビションマッチに挑んでもらうことになる本日の主役達を紹介しよう! まずは、ここまで素晴らしい試合を見せてくれた討魔師ルカ!」
「……イーナ様、先に行くね!」
ミドウに名を呼ばれたルカは、私を振り返り、一瞬眩しい笑顔を浮かべた。そのまま競技場の方へと足を進めていったルカ。1人取り残された私は、緊張に包まれていた。本当に、私で大丈夫なのか。競技場に姿を現したルカに対する声援がより一層、私へのプレッシャーとなりのしかかってくる。これじゃどっちが挑戦者なんだかわからない。
「ルカーー! 応援してるぞ!」
「ありがとうーー! 頑張れーー!」
観客の声援に笑顔で応えたルカ。競技場の中心にいるルカは、一瞬だけ観客席に視線を移した後、再び入場口にいる私の方へと視線を戻してきた。
「対するは、現零番隊のメンバー。零番隊の中でも実力は今や、ミズチと共にトップを争うであろう我らが同士、炎の魔女。『伍の座』イーナ!」
ミドウの声に従い、私も再び競技場へと足を踏み入れた。先ほどまでの進行役ではない立場、今度は観客達に『魅せる』という立場で。
「……まじかよ!」
「炎の魔女の戦いが…… 見られるのかよ!」
「こんな事って…… 本当に今日ここに来て良かったぜ!」
一歩一歩と、既に壇上に上がっていたルカの方へ向かって歩みを進めた私。歓声に包まれた競技場は、先ほどまで見ていた競技場よりもずいぶんと広く見えた。1人1人の観客の顔が、まるでスローモーションの様に私の脳裏に焼き付けられていく。観客達の表情は、こんな事態全く予期などしていなかったという驚きと、そして笑顔で満ちあふれていた。
そんな観客達の反応に、私の中には安堵の気持ちと、そして現零番隊の伍の座に位置する者として、ふさわしい力を魅せたい、そんな気持ちが芽生えていた。
――仮にルカが相手だったとしても…… 現零番隊として、ルカよりももっと、観客達を楽しませてやろう!
そして、競技場の中央へとたどり着いた私。笑顔で私の到着を待ってくれていたルカと視線を合わせる。もうここからは、ルカだろうが誰だろうが関係ない。私は私の戦いをするだけだ。
「それでは、本日の最終戦、零番隊『伍の座』イーナ。そして、討魔師ルカによる試合を開始する。両者、前へ!」




