2-28話 決勝戦 ルカ vs グレン?
グレンの身体から一瞬放たれた、恐ろしすぎるほどの魔力に、静まりかえっていた観客席。だが、すぐさまその静けさは、私の試合終了の声と共に歓声へと変わった。
「すげえ! やっぱりグレンすげえよ!」
そんな観客達の興奮が場内へとこだまする。場はもう大盛り上がり。これから行われる決勝に向けて場内のボルテージは確実に上がっていた。
それにしても…… グレンの秘めたる力たるや、私もどの程度なのか完全に把握は出来ていない。あのとき、一瞬グレンが見せた力、『無明氷結』という魔法は、間違いなく恐ろしいほどの力をひめていた。おそらくは、零番隊肆の座、氷の魔法を得意とするヨツハに匹敵するほどの、あるいはあの魔法単体であれば、ヨツハを超えていたとしても全く不思議ではないほどの、そんな力を私は感じていた。
「グレン、決勝進出おめでとう」
私は、今試合を終えたばかりのグレンの元へと近づいていった。何試合もこなしてきたというのに、全く疲れた様子もなく、平然としていたグレン。そんな彼に向かって私は連絡事項を告げる。
「このまま、少し休んでもらって決勝になるから。申し訳ないけど、すぐに準備してもらってもいい?」
次の試合はいよいよ決勝。ルカとグレンの決勝戦となる。ここまでの戦いを見るに、新たに零番隊に加わるであろう者はもう明白だろうが、それはそれ。ここまで会場が盛り上がった以上、最後の決勝戦を観客達に見せないというのも野暮としか言いようがない。それに、ルカがグレン相手にどこまで戦えるか、ひいき目ながら私にとってそれは、何より者楽しみだったのだ。
そして、私の呼びかけに、グレンは特に気にする様子もなく、言葉を返してきた。
「……ああ、決勝戦ですね。それなら…… 棄権させて下さい」
そう、棄権かあ……
「了解…… ならしかたな……」
え!?
気のせいだろうか、今、グレンの口から『棄権』という単語が聞こえた気がするけど…… いや、そんなはずはないだろう。きっと、危険かなにかと聞き間違えたに違いない。
「……ごめん、グレン、もう一回聞かせて貰ってもいい? 今棄権って聞こえたような気がしたんだけど……」
「ええ、ですから棄権させて下さい」
棄権することの何が悪いのかと言った様子で、平然とそう口にしたグレン。
「でもどうして?」
「そりゃ、簡単ですよ。私の魔法は氷魔法、あの可愛らしい女の子の得意とする炎の魔法には相性が悪い。為す術もなく私はやられてしまうでしょう。最初から結果の分かりきっている勝負など…… 美しくない」
そこまで言ったのちに、グレンは私の耳元に近づいてきて、小さな声でもう一言囁いた。
「……正確に言えば、観客達の安全を気にしなければ…… そして、あの女の子の身の安全を保証しなければ、間違いなく私が勝利することは出来ます。でも、それはあなたにとって本意では無いでしょう?」
「……っ!?」
そこまで言われてしまえば、私とて彼にこれ以上、試合を強制させることは出来なかった。グレンが先ほど発動しかけた魔法、その恐ろしさは肌で感じ取っている。きっとグレンの言っている事はでたらめでは無いだろう。
私とグレンの会話は、観客達には聞こえていなかったようだが、流石に何かトラブルがあったのだろうかと察したのか、場内がざわつき始めた。
「おい…… 何て話しているんだ!?」
そんな観客の声は次第に大きくなっていき、観客達にも動揺が走り始めたようだった。何にしても、ここで話しているだけでは事態も進まないし、より混乱も大きくなってしまうだろう。
「わかった、ちょっと一旦バックヤードに下がろうグレン。そこで話したい」
そして、私はグレンと共に一度競技場の檀上を後にし、控え室の方へと移動した。
………………………………………
「グレンが棄権したい?」
そう困惑の声を上げたのはルート。バックヤードに下がった私達は、当事者であるグレンとルカ、そして私と同じくこの試験を運営しているルート、零番隊のトップであるミドウと合流した。
「ええ、少し先ほどの試合で身体を痛めてしまって…… 万全な状態で戦うことが難しいのです……」
いかにも無念といった様子で、そう口にしたグレン。嘘っぱちもいい所だ。だけど、本当の事なんて私の口から言えるはずもない。
「ふむ……」
「まあ、少なくともこの2人が零番隊の新メンバーと言うことで異論がある人はいないんじゃないかなと思うし…… グレンが戦えないというのならそれでもいいのかなとは思ったけど……」
「えーー! ルカせっかく決勝で頑張ろうと思っていたのに!」
残念そうな様子でそう口にしたルカ。いや、ルカだけではない。きっとここに来た人々全員が同じことを思うだろう。零番隊の新メンバーを選出するだけというのであれば、それでもかまわないが、今回は観客も入っている。皆が、レベルの高い決勝戦を目に焼き付けることを楽しみにしていることはわかりきっているのだ。
「戦いたい! ルカ戦いたいよ、イーナ様! このままじゃ寂しいよ!」
「……んーでも……」
「良しわかった!」
困り切った私を前に、何かを閃いた様子でミドウがそう口にする。
「ミドウさん? 何か良い案が?」
「ふむ、イーナおぬしの言うとおり、グレン、ルカ、2名が零番隊に加入すると言うことで不満を持つ者はいないだろう。とはいえだ、決勝を待ちわびている観客達を、何も見せず返すというわけにもいくまいし、負傷したグレンをそのまま戦わせるというわけにもいくまい。ならば、解決策は一つ。観客達に満足して帰ってもらうために、決勝戦に代わり、エキシビションマッチを開催する!」
「エキシビションマッチ?」
「そう、決勝に進出したルカと現零番隊のメンバーとの戦い。これ以上に盛り上がるものはないだろう!!! がっはっは!」
……うん、嫌な予感がする。ミドウの付き合いも長くなってきたからこそわかる。ミドウが良い案だと口にするときには、大体碌な提案でもないのだ。聞くまでもなくわかりきっていることだが、一応ミドウに確認してみる。一体誰がルカと戦うのかと言うことを。
「ミドウさん…… 現零番隊のメンバーって……」
「そりゃもちろんおぬしだイーナ! 零番隊伍の座イーナと、そして新たに零番隊に加わるルカ、その2人の戦いならば、この試験の最後を飾るにふさわしいそんな戦いになる事間違い無しだ!」
……やっぱり……




