2-24話 開幕! 討魔師選抜試験
王立競技場
フリスディカの中心部に位置する大きなスタジアム。いろいろなスポーツや、祭典などが開催される、数百年前より存在する歴史的な建物の一つである。かつて、フリスディカには一つの文化があった。魔法使いと呼ばれる者達同士の決闘を見世物に酒を楽しむという貴族の遊び。それが開催されていたのが、ここ王立競技場だ。
そして、長き時を経て、再びこの王立競技場にて魔法使い同士の戦いが繰り広げられるというわけである。既に客席は満員。チケットも発売と同時にすぐに売り切れた。そして、これからまさにその『試験 』に挑まんとしている受験者達は、皆緊張を隠せないような様子で、私達の前に立っていた。
ざわつきが支配する競技場、遂にはじまりの時を迎え、私は1人彼らの前へと向かうべく歩み始めた。檀上に近づくにつれて、会場の中の喧噪は次第に静まっていく。私が壇上にたどり着く頃には、もう競技場の中はすっかり沈黙に包まれていた。
「それでは、これより零番隊選抜試験を開催いたします! まず、本日は遠路はるばるこのフリスディカまで来て頂き、ありがとうございます! 私は、この選抜試験の進行を任されております、零番隊『伍の座』イーナと申します」
私の挨拶に伴い、静かだった競技場の中が再びざわつき始める。
「……炎の魔女…… 初めて見たけど…… あんなかわいい女の子だったんだ…… ってことはあっちがヨツハ様かなあ……」
「あっちがミズチ様とルート様よね…… 噂よりもずいぶんとイケメン……」
そんな声がちらほらと聞こえてくる。少し気恥ずかしい気持ちもあるが、ここで私が動じるわけにはいかない。
当たり前だが、この世界にテレビなんてものはないし、いくら零番隊が市民にとって近しい存在になったとは言え、全員が全員、零番隊と直接あった事なんてないのは当たり前なのだ。今回のこの試験、観客席が完売したというのも、新たに2名が零番隊に加わるその瞬間を見届けたいという事もあるだろうが、噂に広まっている零番隊の各々の姿を直接自分の目で見たいという者が多かったのだ。
「シャウン王国が他民族国家となり、フリスディカにも多くの種族が住むようになりました。人間、妖狐、大神…… 色んな種族の人々が助け合い、暮らしていく。そんな未来が実現したと言う事、妖狐の一族を代表して、私もすごく誇らしく思っております!」
そう挨拶をした瞬間、客席からぱちぱちと小さな拍手が起こる。小さかった拍手は次第に大きくなっていき、そして、全ての音をかき消すかのような大きな拍手の音が競技場を支配した。
「……人間にとって、モンスターという大きな脅威は消え去りました。ですが、平和になった世の中に、再び私達を恐怖に貶めるような新たな脅威が生まれてしまいました。皆様もよくご存じである『堕魔』と呼ばれる者達です。私達、零番隊というのは、まさにその『堕魔』から平和を守るための象徴。零番隊が堕魔に屈するような事はあってはいけないし、それが私達に課せられた責任です。そして、今日、ここに集まってくれた皆様も同じ気持ちである事はわかっています。これだけ多くの…… 私達と共に戦ってくれるという気持ちを持った同士達がいると言うこと、本当に誇りに思うと共に、心から感謝しています!」
少し間を開ける。私が作り出した間を埋めるように、再び観客席からの拍手がこだまする。ここに集まっている人達ほとんどが、おそらくは同じような思いを抱えているのだ。そして同じ願いを持っているのだ。真に平和な世の中が訪れてほしいと。
「本当は、ここに来て下さった皆さん全員と、一緒に戦っていきたい。それが私の本心です。ですが、そうも行かない事情がある。今日私達にできる事は…… 皆さんの本気に、本気で向き合うこと。皆様もどうか、目の前の相手、そして私達に、全力でぶつかってきて下さい。それが、私達の願いです。よろしくお願いいたします」
この場に集まったのは、討魔師達の中でも、各討魔師協会から推薦をしてもらった、優秀な討魔師達であることは言うまでもない。だけど、それでも私達はこの中から選ばなければならない。いざ、候補者達を目の当たりにすると、その責任の重さがひしひしとのしかかってくる。それでも、これが今の私達の仕事なのだから、この責任から逃げるわけにはいかないのだ。だから、私も皆と全力でぶつかる。
「ご挨拶はこの辺りにして…… これよりこの本戦に出場が決まった、勇敢な同士達の紹介をさせて頂きます! まずはフリスディカ協会からの推薦者、11名前へ!」
今回、協会に協力を要請するにあたり、一つだけ協会側から提示された条件がある。それは、本戦の前に、候補者達の紹介を行う事。広く市民達に本戦に出場するような優秀な討魔師達の顔を知ってもらうことで、それぞれの地区の討魔師協会の宣伝にもなると言うわけだ。
「まずは、現在フリーの討魔師事務所『サンダーウィング』の代表となっているアルト討魔師! その強靱な肉体で多くの堕魔達を沈めていく様は、零番隊壱の座ミドウさんを彷彿とさせる、パワフルな討魔師です!」
盛り上がる観客席に向かって手を振るアルト。そう、彼らも零番隊ではないとは言え、市民にとってヒーローであると言う事には変わりない。堕魔の出現のお陰でと言えば皮肉だが、それだけ討魔師という仕事は市民にとって欠かせない仕事になったというわけだ。
「……では次に……」
それからも出場者達の紹介は続いた。そして、フリスディカ討魔師協会から推薦された出場者の11人目、その少女の名を私は口にする。
「……最後に、ルカ討魔師。かつて、私と陸の座であるルートが、ヴェネーフィクスというパーティを組んでいたときの…… 私達の頼れる仲間でした!」
一瞬ざわつく会場。もしかしたら知らなかったものも沢山いたのだろう。ヴェネーフィクスというパーティが、いくら有名だったとは言え、それはフリスディカの中の話。他の都市だったら、その名を知らなかったとしても全く不思議ではない。
「……ヴェネーフィクス……?」
「おいおい、知り合いってこと……?」
そんな声がちらほらと観客席から聞こえてくる。ルカが私達の仲間だったからこそ、こうしてこの場所に来れたのだと、そう思っている観客達も多いだろうということは私も、他の零番隊のメンバーも、そしてルカ本人ももう既にわかっていた。だけど、そうじゃない。そうじゃないという事を皆に理解してもらうために、私はこうしてルカを紹介することにしたのだ。ミドウも、ルカ本人も同意の上で、観客達のざわめきも想定の上で、こんな紹介をすると言うことを決めたのだ。
だが、それでも出場者達の中で動揺を見せる者は誰1人としていなかった。もう既に事前に情報を仕入れていたのか、はたまた、自らの実力に自信がある故か、それはわからないが、流石に本戦に出場してくるような討魔師達と言うこともあり、全く動じるような素振りは見せなかったのだ。
だが、確実に、観客の中で動揺を見せた者達は多い。そんな中でも…… 決して縁で合格したというわけではない。実力で勝ち取ったと誰もが納得できるような、そんな試合をルカなら見せてくれる。いや、合格するためには見せなければならないのだ。
それからも出場者の紹介は続いた。最後の出場者の紹介を終えると、そこから先はもう真剣勝負。刻一刻とその時が近づいていく。
そして……
「では、以上で紹介を終わります! 早速、第1回戦、出場者の2名は準備をお願いします! 第1試合は…… フリスディカブロックよりルカ討魔師、そしてナリスブロックよりダダ討魔師です!」
1回戦、いきなりルカの実力の披露の時である。気合いを入れながら、私のいた檀上へと上がってきたルカ。そして、市民達は、すぐに納得することになったのだ。彼女が決して、私やルートとかつて仲間だったという縁だけで、この場に残ったというワケではないという事を。




