2-13話 別に、誤解じゃなくてもいいんだけどな
「……うわ、すっごい……」
まるで、おとぎ話のお姫様にでもなったかのような部屋。ふかふかのベッドは、3、4人が同時に寝る事が出来そうなほど広く、そして、極めつけは温泉かと錯覚してしまうほどの広いお風呂…… まさに、金と欲望の街、煌夜街にふさわしい、そんな部屋だった。
設備がすごいのはいい。それは何も問題はない。それよりも…… 問題は、この部屋が、私とルート、2人きりの空間だと言うことである。
「普通…… こう言うのって、恋人同士で来る…… もんだよね……」
「……イーナ、もしアレだったら、1人でここで休んで貰っててもいいぞ…… 俺は、外で待ってても……」
流石にまずいと思ったのか、申し訳なさそうに、ルートがそう口にする。
「いやいや、そんな申し訳ないこと出来ないよ……! それに、べつにさ……! 大丈夫…… 別に私は気にしないから!」
「……そうか」
ちょこんと部屋の椅子に腰をかけたルート。こんな広い部屋なのに、隅っこの方で小さくなっているルートの姿が、何とも面白いというか…… 気を遣ってくれているのはわかるけど。
「そんなに気を遣わないでよ! ルート! 別にいつも通りじゃん!」
そう、変に意識するからいけないのだ。いつも通り、いつも通り接していれば、問題ない。いままでだって、何度もこうして一緒に過ごしてきたんだ。
「そうだな。思えば、こうしてイーナと、ゆっくり過ごすのも久しぶりな気がするな」
ルートもどうやら、少しずつ平静を取り戻してきたようだ。そして、何気ない様子で、そう口にしたルート。
たしかに、ルートの言うとおり、ヴェネーフィクスとしての活動を行わなくなり、零番隊の一員としての任務が主になったことで、こうしてルートと一緒に過ごす時間というのもしばらくなかったのだ。基本的には、煌夜街などの例外を除いては、私達零番隊は単独で動くのがメインとなっている。そもそも、複数人を同じ場所に割けるほどの余裕がなかったのだが……
「うん、懐かしいよね! 皆で色んな所に行ったし…… レェーヴ原野、原始の森、賢者の谷…… それに…… アレナ聖教国……」
ヴェネーフィクスとして活動した日々、皆で各地を駆け回っていた日々が、つい昨日の事のように、思い出される。もちろん、楽しいことばかりだったわけでは決してない。というか、辛いことの方が多かった気もする。死にかけた事だって、何回も会った。一番最初のダイダラボッチとの戦い…… それにカーマとの戦い。さらに、アレナ聖教国での戦い……
「今、思うと、よくあんな無茶ばっかりしたなと思うよ。死んでたとしても全然不思議じゃないし……」
「本当にな。お前が無茶ばっかりするから、いっつもナーシェが涙目になりながら怒っていたな! イーナちゃんは自分を大事にしてください!って……」
「……ね、本当に」
本当にヴェネーフィクスの皆にはいつも心配ばっかりかけてしまっていただろう。特に、治癒魔法の使い手であるナーシェには、世話になったばっかりで…… ルートの言うとおり、怪我をしてはいつもナーシェに怒られてばかりだった。そう、特に……
「アレナ聖教国の時は…… これ以上ないくらい怒られたしね…… どうしようもなかったとは言え…… ルートにも重荷を背負わせてしまうところだったし……」
魔王が復活し、私の身体を乗っ取られたときのことだ。ルカのお陰で、何とか魔王の支配から逃れることが出来た私は、ルートに対して、私を殺してくれと頼んだのだ。もちろん、あのままでは、再び魔王に支配されるのも時間の問題だったし、自分が犠牲になる以外、道はなかった。それでも……
「……悪かったなイーナ。危うくお前を……」
「どうしてルートが謝るのさ! 私が…… むしろ私が謝らなきゃ行けない話だよ…… 私だって、いきなり仲間に自分を殺してくれと頼まれたら……」
例えば、ルートに頼まれたとしよう。そんな事なんて私に出来るわけがない。そりゃ死ぬことを選んだ人間の方は、ある程度覚悟も出来るだろうし、そこまで辛くはないかも知れないが…… 辛いのはむしろ残された人間の方なのだ。
「……危うく、俺は二度も大切な人を守れないところだった。シナツのお陰で強くなったと思っていたのに……」
「ルート……」
あのとき…… 私の身体に剣を当てたとき、ルートの両腕はガタガタに震えていた。かつて、エリナという仲間を守れなかったことをずっと悔やんでいたルート。そんなルートに、あんな願いを託すというのはあまりに酷な話であることは私もよくわかっていた。だけど…… あの場でそれを出来るのは、ルートしかいなかっただろうし、私もルートに殺されたかったというのは本心である。
思い詰めたような表情をして、下を向いていたルートだったが、急に何かに気付いたかのようにルートが顔を上げた。その顔は少し…… 熟れた桃のように、赤らいでいた。
「……イーナ! あれだ! 大切なというのは! 仲間としてと言う意味でな! そう、大切な仲間を……」
すっかり慌てふためいたルート。普段冷静なルートからは想像も出来ないような慌てぶりである。
……やっぱりルートはルートだ。こういう…… 堅物で…… でも、自分に厳しくて、仲間を大切に思うルートに…… きっと、私は惹かれる部分があったのかも知れない。
そして、きっとあのときルートと楽しそうに会話していた女の子も…… こういう優しくて真っ直ぐなルートだからこそ、好きになったのだろう。
「そう! イーナも! ルカも! ナーシェも! 皆俺にとっての大切な仲間だ! 誤解を与えるような言葉を言ってしまって!! ……申し訳ない!!」
相変わらずあわあわと、慌てふためルートの様子に、私もくすっと笑みが漏れる。そして、ルートに聞こえないほどの小さな声で、私は言葉を漏らした。
「……別に、誤解じゃなくてもいいんだけどな……」




