2-7話 黒竜はすっかり街に夢中なようです
私は、新たに零番隊の仲間に加わったリンドヴルム、そしてルートと共に早速フリスディカの街へと繰り出した。活気の溢れるフリスディカの街並みに、一気にリンドヴルムのテンションが上がる。
「おい! イーナ! なんかすごい美味そうな匂いがするぞ!」
「おい、イーナ! なんだここは! 綺麗な女が一杯集まっているじゃないか!」
「おい! イーナ!……」
リンドヴルムにとっては、初めて目の当たりにする人間の街、フリスディカ。全てが新鮮な光景だったようで、ずっと興奮しっぱなしであった。ここまで、素直なリアクションを見せてくれると案内しているこっちも楽しくなる。少し目立つけど……
「それにしても…… 人間の街と言うのは、素晴らしいものだな! 美味しい食べ物…… 楽しい娯楽…… まさに天国のような街だ!」
そして、ある程度街を回った私達は、公園のベンチで少し休息を取っていた。露天商から購入した、肉の串焼きを美味そうに頬張るリンドヴルムは、興奮を隠しきれない様子で私達に向かって話しかけてきた。
「楽しんでくれたみたいで良かったよ! リンドヴルムの住んでいた所はどんなところだったの!」
「俺達の里は、山の奥深くにある! まあ何もないところだ!」
「どうして、わざわざ人間の街へ来たんだ? リンドヴルム…… お前、黒竜の王とか言っていたよな? つまり、ドラゴンの中でのリーダーってことなんだろ?」
そして、さらに追求するようにルートが問いかける。リンドヴルムは、手にしていた串焼きをぺろりと平らげ、そしてルートの問いかけに答えた。
「元々、俺達黒竜は人里離れた場所でひっそりと暮らしていたんだ。人間の世界については元々聞いていたし、興味もあったのは確かだ。だが、人間は恐ろしい生き物…… 小さな身体で自らよりも大きなモンスター達を狩ってしまうと、だから人間には近づくなと、俺達の里には言い伝えられてきたんだ」
どんな事情があったのかはわからないが、かつて人間と黒竜との間で何かがあったのだろうと言うことは、すぐに私も読み取れた。だからこそ、そんな言い伝えが出来て、黒竜の中で語り継がれてきたというワケなのだろう。まあ、リンドヴルムなら人間に襲われても余裕で返り討ちにはできると思うけど……
「でもさ、そんな言い伝えがあったのに、来ちゃって良かったの?」
「かまわん! 俺は、ここで暮らしていくんだ! イーナお前と共にな!」
「……ははは」
思わず苦笑いを浮かべてしまった私。リンドヴルムにも何か思うところがありそうな様子だったが、本人が良いというのだから、まあそこは私がどうこう言うような話でもない。
「そろそろ行くぞ! イーナ! ルート! 早く街を見尽くさねば!」
そして、リンドヴルムは意気揚々と立ち上がると、ベンチに腰掛けていた私達へと言葉をかけてきた。仕方ないなと言わんばかりに立ち上がるルート。最初こそ、少し心配していたが、なんだかんだ言ってルートも面倒見が良いのだ。思ったよりも、ルートとリンドヴルムも上手くやっていけそうで一安心である。
それから、再び私達の街散策が始まった。散策とは行っても、私達もいつまでもぶらぶらと遊んでいるというわけにも行かない。ここからは、任務も兼ねての街の見回りである。
私達が休憩前に見ていたのは、フリスディカの街の中心街、中央部から南部地区にかけてである。このエリアは、駅の前やら大通りやら、いわゆる人通りが多く、観光場所も多いようなそんな場所だ。
そして、これから私達が向かう場所、それは、フリスディカの南部地区。フリスディカの街の中でも、比較的治安が悪い場所である。なにせ、南部地区は、中心街に近い場所は栄えているが、周囲には貧困層が集うエリア、いわゆるスラム街と呼ばれるようなエリアも含んでいるのだ。
「なんだか…… 少し街の雰囲気が変わってきたな」
大通りを外れ、南部地区をどんどんと奥に進んでいる途中、周囲の環境の変化に気が付いたのか、リンドヴルムがふと、そう口にする。先ほどまでの活気のある街並みは、徐々に寂れた、シャッターも多いようなそんな街並みに変わってきていたのだ。
「わかった? ここら辺は、ちょっと犯罪とかも多い場所でさ。任務とかでも結構来るんだよね……」
「任務? 零番隊の任務のことか?」
「ここら一帯は、堕魔達が身を隠すのにも最適でな。フリスディカの住人なら、この先が治安の悪いエリアだと言うことは皆が知っているから、用事もないのに近づくことは少ないが……」
問いかけてきたリンドヴルムに、ルートが補足してくれた。確かにフリスディカの中心街は、この世界でも類を見ないほど、栄えている場所であり、華やかで楽しい街ではあるが、一方で、この先の場所も、フリスディカの街と言う意味では同じである。零番隊に加わると言う事が決まった以上、リンドヴルムだってこの先に行くと言うことは何度もあるだろう。だからこそ、私達は、リンドヴルムにもう一つの『フリスディカの顔』というものを先に見せることにしたのだ。
「一応さ、ここらへんはさ、色々ある場所だから…… 一日一回は、複数人で見に行くことになってるんだよね!」
「なるほどな……」
少し真剣な表情で街並みに目をやるリンドヴルム。流石にアレナ聖教国ほどではないが、南部地区のディープなエリアは路上で生活する者も多く、そして、外部から来た私達を排他的な目で見る者が多い。
そして、南部地区があまり治安が良くないというのにはもう一つ大きな理由がある。いわゆる『大人達の遊び場』、そう言う店が集まっているというエリアでもあるのだ。
寂れた商店街が続く街並みの中、突然に華やかな世界が広がるその場所。華やかなピンク色の光に染まった街は、フリスディカの中央部にも負けるとも劣らないほどの活気のあるエリアである。突然目の前へと現れた華やかな街に、すっかり目を奪われていたリンドヴルムにむかって、私は声をかけた。
「ここが、フリスディカの中でも、最も美しくて、そして最も危険が巣くう街なんだ」




