132話 受け継がれた想い
少女の小さな身体が、その身を貫いた剣へ、そして、その剣を手にしていたルートへともたれかかってくる。そして、少女を支配していた、邪悪なモノが、少女の背から、抜け出てきたのだ。
「ぐああああああ、貴様らあああああ……! 貴様らアアアアアアアアアア!」
イーナから出てきた闇の王は、苦しみに悶えながら、そのままその場へと、しゃがみ込む。魔鉱晶石の剣のダメージは想像以上に大きかったようで、さっきまでの圧倒的な魔力はもはや感じられなかった。
――こうしてはいられない! あいつは…… あいつだけは俺がこの手で……!
「ナーシェ!」
「わかってます! 早く!」
もたれかかっていた少女をナーシェに預け、そして、少女の血に染まった腕で涙を拭ったルートは、剣を片手に、王と対峙した。ルートの横に並んできたアマツ。いつも飄々としていたアマツも、怒りを隠しきれないような表情であった。
「……ルート あいつだけは、あいつだけは絶対に」
「ああ……」
………………………………………
「イーナちゃん!」
血が止まらない。必死にイーナに治癒魔法をかけ続けていたナーシェが声を上げる。そして、ナーシェと共に、イーナへ治癒魔法をかけていたアレクサンドラが、ナーシェを励ますように声をかけた。
「ナーシェ! 大丈夫さ! あたしとカヤノがついているんだ! 絶対に、絶対に大丈夫」
少女の身体からどんどんと流れ出る血液に衣服を染めたナーシェとアレクサンドラ。
「イーナ様……」
今にも泣き崩れそうな様子で、少女を見つめるルカ。それでも、ルカは決して少女から目を離すようなことはしなかった。
――イーナ様なら…… 絶対に大丈夫!
『これからも一緒にいられるね』と約束してくれたイーナ様。イーナ様は、約束を破らないもん……!
ナーシェの額からは汗が滴る。かつてこれほどまでに、ずっと集中して治癒を行ったことなんてなかった。少しでも気を抜けば、おそらくこのままイーナちゃんは死んでしまうだろう。ぎりぎりのところで、命を繋いでいる状態。そして、それはアレクサンドラにとっても同じであった。
………………………………………
声が聞こえる。
「…ナ」
誰の声だろう? 何処かで聞いたことがあるような、そんな声が私の意識の中に響く。
「イーナ……」
そうだ、この声は。
「イーナ!」
かつて、私にこの世界で生き残っていく術をたたき込んでくれた男、ハインの声だ。ハインの声が聞こえてくると言うことは、きっと私は死んでしまったと言うことなのだろう。真っ暗な世界で、私は自らの運命を悟ったのだ。
――ハイン、久しぶりだね
「イーナありがとうな。俺の願い、聞き届けてくれたんだな」
願い? そうだ…… ルートとナーシェの事を頼むって言われたっけ……
「でもさ、結局私は駄目だったよ。ルートやナーシェよりも先に死んじゃった!」
「何を言っているんだ? お前はまだこっちに来るには早いだろ?」
「え? でもわたしは……」
「あいつらには、お前が必要だろ? あいつらも待っているさ。早く行ってやれイーナ!」
その言葉と同時に、何かが私の中に流れ込んでくる。何かはわからないけど、とってもあたたかい何かが。そして、また別の声が私の中に響く。
「イーナ、元気だった? まあ、その様子じゃ大丈夫そうだね!」
ロッド……
「ほら、ルート達が待っているよ! イーナ! 君は九尾なんでしょ! もっとやらなきゃいけないことがあるでしょ!」
そして、再び私の中へと流れ込んできた何か。身体は熱を帯び、中心から元気があふれ出てくるようだ。
そして、次に聞こえてきたのは…… 私も初めて聞く声だった。
「……よう」
――誰……?
聞き覚えのない声だったが、話しぶりから推測するに、向こうは私のことを知っているようだった。
「お前が俺のことを知らないのも無理はない。俺はかつて、お前と同じように…… この世界に呼ばれた」
――じゃあ…… もしかして鵺の……
「ああ。そうだ」
――ごめんなさい。あのときは知らなくて……
そう、賢者の谷で、私は彼を、かつて人間であったことなど知らずに、焼き尽くしてしまった。彼も、私と同じように、運命のいたずらでこの世界に来てしまっただけ。私がたまたまサクヤの所に来たから良かったものの、少し間違えていれば、私だって彼のように鵺になりはてていたかも知れないのだ。
「礼を言わなければならないのはこっちの方だ。お前のお陰で、俺はようやくあいつから解放された」
――あいつを倒せたのは、あなたのお陰だよ! あなたが残してくれた力のお陰で…… 皆を守れたんだ! ありがとう!
「……あいつはまだ死んでいない」
――え?
「確かに、あいつはもう死にかけだ。だけど、まだ生きている」
……じゃあ
――私は、ただの犬死にだったって事?
「それに、お前もだ。お前には、まだあいつを倒すという仕事が残っている。さあ、目を覚ませ。俺の無念を……」
そして、真っ暗だった世界にほんのわずかな光が灯る。針の穴のように小さな光。だ次第に光はだんだんと大きさを増していく。
「お前を信じて、俺の力を託したんだ…… 後は頼んだぞ、イーナ」
淡かった光は、いつの間にか眩しくなっていた。そして、その光の中から、私をのぞき込んでいるナーシェとアレクサンドラの姿が見える。今にも泣き崩れてしまいそうな表情で私を見つめているナーシェ。そして、安堵したような笑顔を浮かべているアレクサンドラ。
――イーナ、どうやら死ねなかったようじゃな!
――そうみたいだね、サクヤ!
そう、私にはまだやるべき事がある。皆のために、私はまだ、戦わなくてはならないようだ。だが、まずは…… こんな事を言っている場合ではないのはわかっている。それでも、私は大切な仲間達にその言葉を伝えないわけにはいかなかったのだ。
「……ただいま、皆」




