131話 つながり
死ぬのは怖い。何せ私は一度、まさにその『死』というものに直面したのだ。おそらく2度も『死』を経験する人間などいないだろう。
だけど、ここで私がそうしなければ、仲間達も皆死んでしまう。それに、おそらく世界も滅茶苦茶になる。一度全てを失ったと思っていた私が、この世界に来たことで再び得られた大切な人達。彼らを失うくらいなら……
――サクヤ、憑依を解いてくれてもいいんだよ
――何を馬鹿なことを。わらわとそちは、一心同体。生きるときも、死ぬ時も一緒じゃ。それに、どうせ憑依はとけん。奴の魔力がわらわとそちにびっしりとこべりついておるからの!
――やめろ! 馬鹿なことはよせ!
あいつの焦る声が、私の中に響く。きっとサクヤにもこの声は聞こえていたのだろう。ざまあみろと、言わんばかりにサクヤが笑う。
――残念だったな。闇の王とやら。これだけ強固に、イーナに憑依しているならば、そう簡単には解けないじゃろ? そちも…… わらわもここで終わりじゃ! かっかっか!
そう、私はもう、1人じゃない。サクヤがいてくれる。それに、ルカも、ナーシェも、テオも…… そしてルートも。
目の前で剣をカタカタと振るわせるルート。もはやルートは顔を上げることが出来ないようで、下を向いたまま、その鍛え抜かれた身体も小刻みに震えていた。
……それじゃ、私を殺せないよ。ルート。
ルートの剣先にそっと手を伸ばし触れる。私が触れた感触がルートに伝わったのか、ルートははっと顔を上げる。ルートの目は完全に潤んでおり、まるで駄々をこねる子供のような表情を浮かべていた。
――ルート、大丈夫。
大丈夫。大切な仲間の手によって…… ルートの手によって、死ぬとしたら…… 私に悔いは無い。それに…… もしかしたら、本当に、アレクサンドラやナーシェが奇跡を起こしてくれるかも知れない。
――出せ! 人間の分際で!
すっかり取り乱した様子の王。これじゃ、もはや王の威厳もへったくれもない。ただの小物にも等しい。
――残念だったね、王様。もう、この世界は、あなたのモノじゃない。私も…… あなたも、本来はこの世界にいるべき存在じゃない。
そう、ただ元の世界に戻るだけなのだ。もはや過去の存在であったはずの王。それに、別の世界から来た私。本来は死んでいたはずのサクヤ。私達がここにいると言うこと自体が、イレギュラーな事なのだ。
――それでも。
それでも、ほんの少しでも、皆と一緒に時間を過ごせて良かった。それは私が心から思っていること。だから、最後は……
『ありがとう、ルート。大好きだよ』
そして、私の身体に衝撃が走る。不思議と思っていたよりは痛くもない。だが、確実に何かが身体の中からどんどんと流れ出ていくような、そんな不思議な感覚が私を支配する。
――ぐっ…… くそがああああああああああ! やめろおおおおおおおおお!
この感覚には、何人たりとも、抗うことが出来ないのだ。手から力が抜け、そして足からも力が抜け、もはや自らの身を支えることすらも出来ない。
視界がだんだんと、電波の悪い白黒テレビの様に、ぼやけていく。聞き慣れた皆の声は、だんだんと遠くなり、何を言っているのかよく聞こえない。
「……!」
「……!」
そのまま、重力に抗うことが出来ずに、倒れていく私の身体。とんと、何かに触れたようなそんな感覚だけが残る。暖かくて優しい感触。
――そっか…… ルート
……
…
――ありがとう。みんな
………………………………………
「流石だね、ミドウさん……」
息を切らしながら、そう口にしたアイル。ミドウと対峙していたアイル、そしてノエルの2人。かつての自らの上司とも言えるミドウを前に、2人はすでに息が上がっていたのだ。
「……もはやおぬしらにかける言葉はない」
そう冷たく言い放ったのはミドウ。かたやミドウは、全く呼吸を乱す様子もなく、表情を一切変えずに冷たい視線で、かつての部下であった2人を見ていたのだ。
「……やっぱり、ミドウさんには敵わないや…… でもさ! 僕達を倒したところで、あんたはなにも救えない。見て見なよ! 街はもうすでにボロボロ、それに…… 今日、僕達の新しい王が誕生したんだ! いくらミドウさんでも、王には敵わない。僕達を倒したところで…… 結局それは無駄な努力なんだよ」
「やけに饒舌だな、アイル」
怒りを隠しきれない様子で、そう言葉を返したミドウ。アイルにとっては、ミドウがここまで感情をわかりやすく表現しているという事が愉快で仕方なかった。
「結局のところ、あんたも…… それに、あんたの大事な他の零番隊の連中も、シャウンの民達も! 全部全部終わりなんだよ!」
「本当にそうかな? アイルよ」
「この状況で、まだそんな事をいうのかいミドウさん! 兵士はいない、零番隊もいない。それでどうやって、民を、王を守るというのさ!」
アイルは勝ち誇ったような表情で、そうミドウに向かって叫んだ。そう、仮にミドウがアイルとノエルの2人を打ち破ったところで、もうフリスディカの街は荒れ果てているし、戦えるギルドの戦士達にも限界がある。民を守りながら、この大規模な反乱を防ぎきれるはずがない。誰もがそう思ってもおかしくはない状況であった。
だが、ミドウは、不敵な笑みを浮かべ、アイルとノエル、2人に向かって言葉を放った。
「……フリスディカは終わらない。シャウン王国も終わらない。いつだって…… いつの世の中だって、絶望が舞い降りるとき、常に希望も一緒に舞い降りてくるものだ」
………………………………………
白の十字架による反乱の最中にあったフリスディカの街は、もはや普段の平和で活気の溢れる街の跡形もなく、悲鳴と爆音が鳴り響く、戦地と化していた。兵士の多くが、帝国の侵略に備え、遠方に遠征していた今、フリスディカの街は凄惨を極めていたのだ。
一般市民も、女も子供も関係なく、襲っていく者達。そんな中、彼らから少しでも多くの市民を守るべく、奮戦していたのは、普段モンスター達の侵略から市民を守っていたギルドの面々であったのだ。
「なんだこいつらは! 兵士共は一体何をやっていやがる!」
襲いかかってきた族を切り捨て、そう叫んだのはアルト。かつてヴェネーフィクスと大神の森で共に戦った『サンダーウィング』のメンバーである。次から次へと湧いてくる族に囲まれながらも、サンダーウィングのメンバーは折れることなく、剣を振るっていたのだ。
「なかなかやるじゃねえか! だが、そろそろてめえら息が上がってきてるんじゃないか?」
にやりと笑いながら、族の1人がアルトに向かって告げる。もうすでに、アルトも、他のギルドメンバー達も、息が上がっていた。一人一人を対処するだけなら、アルトにとってもそう難しい話ではないが、市民を守りながら、大量の族を相手するというのは、流石の歴戦のハンター達であっても、あまりにも酷だった。
「……ありがとよ。でもどうせなら、てめえなんかじゃなくて、姉御に褒めてもらいたかったぜ……」
既に傷だらけのアルトは、苦笑いを浮かべ、そう呟く。同じサンダーウィングのメンバーであるビビも、遂に弱音を上げる。
「もう限界だよ! アルト! キリがない!」
「るせえ! ビビ! てめえそれでも、金玉ついてんのか! 姉御だってルートの野郎だって、きっとどっかで全力で戦ってる! 俺達が音を上げてどうすんだ!」
「隙あり!」
アルトが同じサンダーウィングのメンバーであるビビの方に叫んだ瞬間、アルトの隙を突いた族の1人が、アルトへと斬りかかってきた。完全に不意を突かれたアルトは、何とか、彼の攻撃に合わせようとしたが、間に合わない。
――やべえ……!
アルト自身、死を覚悟した瞬間、目の前でアルトに斬りかかろうとしていた族が、一瞬で何者かに食いちぎられる光景を、アルトは目の当たりにしたのだ。
――!? 一体何が!?
困惑したアルト。そんなアルトの前に現れたのは、かつて共に戦ったモンスター。犬のような見た目をした、その一族の名は『大神』。風の化身とも言えるような、強大な力を持ったモンスターである。
「久しぶりだな。『サンダーウインド』の連中よ! その様子じゃ…… どうやら元気にしていたみたいだな!」
「……ヤキネ! どうしてここに!? ……って、違う! 俺達の名前は『サンダーウィンド』じゃねえ! サンダーウィングだ!」
「どっちでもいい。頼まれたんだ。シナツが、そしてあいつらが王都を離れている今、この世界を救うためには、大神の力が必要だとな」
「頼まれた…… って…… 誰に!?」
未だに困惑を隠しきれないアルト。いや、アルト達だけではない。突然に現れたモンスターが、市民側に協力してくれているという状況に、ギルドも、市民も、そして白の十字架の族達も、皆が困惑していた。
「何だあ!? どうしてモンスターが国の味方を……!」
「炎の術式! 紅炎!」
そして、困惑する族達に、無数の炎の弾が襲いかかる。シャウン王国の危機に立ち上がってくれたのは、大神の一族だけではなかった。里長であったルクス、それにかつて、イーナ達ヴェネーフィクスのメンバーによって命を救われたヒューラ。大神に続いて、妖狐の一族の者達も、市民達を守るべく、混沌極めるフリスディカの街へと現れた。
「これより、我ら妖狐の民! シャウン王国にお味方いたします!」




