130話 わたしを殺してくれないかな?
「……出来るわけがないだろう」
私と視線を合わせることなく、下を向いたまま、ルートは力なくそう答えた。困惑の表情を浮かべながら、ナーシェが声を上げる。
「どうして! もうイーナちゃんは…… イーナちゃんに戻ったじゃないですか!」
「……無理だよ。いずれまた、あいつに支配される。それにもうあいつも、二度も隙は見せてくれない。次にあいつが出てきたら、私達は皆死ぬ。世界も…… 今しか無い。それに…… 私もサクヤも、どうせ死ぬなら…… 私達が私達であるうちに……」
「いやだ! イーナ様! 嫌だよ!」
私に抱きついていたルカが、ひしゃげた声を上げる。まるでだだっ子のように、私のそばを離れようとしないルカの頭に手を触れる。
「さっきまで、黒い闇の中で…… 私は動けなくなっていたんだ。自由がきかない、深い闇の中。でも、左手に痛みが襲ってきたと同時に、私の頭の中に声が聞こえた。あいつを倒してくれって。俺達を苦しめたあいつを…… そして、淡い光に包まれて……」
私は、自分の身体を取り戻した。だけど、私の中で、確実に深い闇が蠢いている。早く出せ、早く出せと。集中していなければ、すぐにでもあふれ出てしまいそうなほどに、力強く、それは蠢いていた。
「そうか~~ 魔鉱晶石……」
何かを閃いたようにそう口にしたアマツ。私もアマツと同意見だった。ルカの武器は賢者の谷の魔鉱晶石で出来ていた。そして、あそこは鵺がいた場所。鵺と言う存在が、巫人のなり損ないだったとしたら…… かつての巫人が制御出来ずにあふれ出たマナによって、あれほど魔力を秘めた魔鉱晶石が出来たと考えれば、こうして奴にダメージが入ったというのも理解できる。
奴にとっては皮肉なことに、自らに永遠の命をもたらそうとした結果、自らの天敵とも言えるような武器が出来てしまったと言うことだ。
「うん、きっと…… 鵺にされてしまった人の無念が、魔鉱晶石に宿って…… だから、あそこの魔鉱晶石でできた、ルートの武器なら…… きっと、あいつを倒せる。私があいつを押さえるから……」
「……本当に、本当にそれしか道はないのか……?」
私だって、本当は死にたくなんかない。もっとみんなと生きていきたい。でも……
皆が笑って生きていける未来のためには、こうする以外無い。
「……ルート、初めてルート達に会ったとき、ルート達が助けてくれたとき、本当に格好良かったよ。それに、ルートはいつだって私のことを心配してくれた。家族のように大切にしてくれた。ありがとう」
「……」
うつむいたまま、何も言わないルート。そのまま、私は他の仲間達に、最後の言葉をかけていった。私も一度、死にかけたからこそわかる。こうして、皆に思いを伝えられるという、ありがたみを。
「ナーシェ。ナーシェはいつも私のことを妹のように、大事にしてくれたよね。カムイの街で、服を買ってくれたとき、ちょっと恥ずかしかったけど…… でも、嬉しかったんだ! いつも素直になれなくて、ごめんね」
「イーナちゃん……」
「テオ。テオのお陰で、ダイダラボッチからルートを、そしてナーシェを守ることが出来た。今のヴェネーフィクスがあるのもテオのお陰。これからも…… ルカの一番のお友達でいてあげてほしいんだ」
「ニャ……」
「アマツ。最初はさ、アマツのこと、疑っちゃったりもしたけど…… こうして、仲良くなれて、仲良くしてくれてありがとう。それに…… ミドウさんがいてくれる限り、きっとシャウン王国は大丈夫。ミドウさんにもよろしく伝えておいてくれないかな?」
「イーナ……」
「アレクサンドラさん」
「あたしは良いよ。それに最後の言葉だなんて、イーナ、あんた思い上がりにもほどがあるんじゃないのかい? あんたは死なせない。あたしを誰だと思っているんだ? 医療魔法のスペシャリストだよ?」
そう言葉を告げたアレクサンドラに、ナーシェも同調する。
「そうですよ! 私がいる限り! イーナちゃんが傷ついても、ちゃんと直してあげるんですから! 本当に…… いっつもイーナちゃんは無理ばっかりして、もっと自分の身体を大事にしてください!」
「全くだよ、いいかいイーナ。あんただけは死なせない。たとえあんたが死にたいとそう願ってもね!」
「ははは……」
すごい剣幕で迫ってくるナーシェとアレクサンドラの勢いについ気圧されそうになってしまった私。まあ、もしかしたら…… この2人なら、本当にそんな未来が見えるかも知れない。
「イーナ様……」
もう、すっかり弱り切った声を上げながら、私を見上げるルカ。そんなルカに私は笑顔を向ける。
「ルカ。だってさ、私は死ねないらしいよ! これからも一緒にいられるね!」
「うん!」
涙を目に浮かべながらルカも笑顔で頷いた。そして、私はルカの肩に手を置き、そっとルカの身体を遠ざけた。
「……ルート、お願い」
「……本当に…… 本当に良いのか? イーナ」
そんな奇跡みたいな話なんてあるはずがないのは、私が一番よくわかっている。それでも、このまま私が死んでしまったとしても、ルートの手によって死ねるのなら、私に後悔はない。
「うん」
そして、大剣を私に向かって構えたルート。ルートの手は震えていた。いつも冷静なルート。ハインが死んだときだって、涙一つ見せなかったルート。そんなルートの目からは、一筋の滴が垂れていた。
………………………………………
――ああ、そうか。
目の前の少女に剣を向ける。少女はもう、覚悟を決めたような表情で目を瞑っていた。まるで、全てを包み込む天使のようなそんな表情で。
――俺はイーナに、戦いの道には入ってほしくないと思っていた。イーナ、お前がエリナにあまりにも似ていたから。俺はそう思っていた。
――でも違った。気付いたんだ。俺がお前のことを大切に思っていたのは…… エリナに似ていたからじゃない。気が付けば、俺はお前が……
少女に初めて会ったとき、ルートは驚きを隠せなかった。かつて、自分たちの力不足のせいで失ってしまった、大切な存在にそっくりだったから。
だからこそ、ハインがあそこまでイーナの事を心配していたというのも、ルートにとって理解できた。きっと、奴も同じことを思っていたのだろう。
だが、気が付けば、イーナはエリナと同じようにヴェネーフィクスの一員となり、そしてまた、自分の力不足のせいで、死ななければならない状況に陥ってしまった。自分のふがいなさを恨んでも恨みきれない。
もし、もっと自分が強かったなら……
剣を持つ手が震える。このまま剣を突き刺せば、目の前にいるかけがえのない存在が消えてしまう。そう思うと、手に力が入らない。
――ルート、大丈夫。
とんと、剣先に何かが触れる感覚を感じる。再び、顔を上げると、そこには、ルートにとって一番大切な少女の笑顔があった。剣に優しく触れる少女。少女の口元が小さく動く。
…… ありがとうルート。 だいすきだよ
涙が零れてくる中、ルートは再び腕に力を込め、そのまま目の前にいる少女の小さな身体に向けて、自らの剣を押し込んだのだ。




