127話 わたし、魔王になりました!?
イーナへと手を触れた王。淡い光が、イーナを、2人を包み込む。光は次第に、目映い閃光へと変わり、そして、一瞬世界全部を照らすほどの輝きを放った後に、薄れていったのだ。
イーナ達の元から放たれた、あまりに目映い光に、その場にいた誰もが思わず目を瞑る。目を瞑っていても、その場にいた皆の網膜を焼きつくさんと、注ぎ込む光。次第にその光は、弱くなり、そして、再び目を開けたルート達の目に映ったのは、同じくここまでの道程を共にした少女と、力なく倒れ込んだロードの姿であった。
「イーナ……?」
声を漏らすルート。ルートも既に気が付いていた。目の前にいた少女が、もはや、ここまで一緒に運命を共にしてきた少女とは別物になっていたと言うことに。
「イーナ様……」
声を漏らすルカ。ルカも既に気が付いていた。目の前にいた、憧れの存在が、すっかり別物に変貌しきってしまっていたことに。
「イーナちゃん!」
思わず少女に向けて走り出したナーシェ。違う。そんなはずはない。目の前にいるのは確かに、イーナの姿をしている。
イーナちゃんが……! イーナちゃんはイーナちゃんだもん!
本能では別物だとわかっていても、それを受け入れることをナーシェは拒絶していたのだ。そして自らへと向かってきたナーシェへと、少女は冷たい視線を送る。
「……人間」
今までの少女の声とは違う、まるで悪魔のささやきのような声に、思わず止まってしまったナーシェの足。ナーシェの足は、目の前にいるあまりにも異質なものが発した威圧感によって、小刻みに震え始めた。そして力なくぺたりと座り込んでしまったナーシェを、少女は悪魔のような笑顔を浮かべながら見下ろしていた。
「この身体は素晴らしい…… 少し邪魔がいるようだがな…… まあ良い。それはじきに消え失せよう。それよりも私は今、最高に気分が良いのだ。どうだ、人間達よ。お前達は特別に…… 私の配下に加えてやってもよいぞ」
「……ふざけるな!」
そう声を荒げたのは、ルカだった。ルカは怒りに染まったような、今まで仲間達も見たこともないような剣幕で叫ぶ。
「イーナ様を返せ! 九尾様を返せ!」
「……そうか、お前…… どうやら人間ではないな。こいつの中にいた者と同じものを感じる。 そうか、お前…… なるほどな!」
そして、何かに気付いたかのように、少女は口角をあげた。もはや今までのイーナの優しい笑みはそこになかった。
ふーふーと肩で息をしながら興奮を表に出したルカ。そんなルカに向かって、残酷にも、少女は自らの手を差し向けたのだ。
「お前に恨みはないが…… お前の一族には恨みがあるのでな!」
「ルカ危ない!」
ルカ目掛けて放たれた黒い閃光。閃光は、弓矢の様に、細長い1本の線となって、ルカへと襲いかかる。だが、直前に反応したルートのお陰で、閃光はルカに命中することはなく、空を切る。ルートの腕に抱かれたルカは、なおも興奮冷め止まぬ状態であった。
「ほう…… 今のを躱すか!」
愉悦の笑みを浮かべながら少女はそう口にする。自分よりも遙かに格下の獲物をもてあそんでいた少女は、ゆっくりと天に向けて手を上げた。
「……ならば、これではどうかな?」
上空を見たルート達。少女の真上、そしてルート達の真上には、無数の黒く輝く光の剣が生成されていた。
「おいおい、マジかよ……」
思わず苦笑いを浮かべたルート。あんな数の魔法…… 一気に襲いかかってくるとしたら、どうしようもない。
「さあどうする? 突き刺されて死ぬか…… それともあがいてみせるか……」
少女は勢いよく手を振り下ろした。同時に、空中に生成されていた光の剣が、一気にルート達に向かって降り注ぐ。
――ここまでか……
そう悟ったルート。仲間達皆が、自分たちのすぐ間近まで迫っていた死の足音に気が付いていた。だが、皆が生きることを諦めようとした直後、そんな足音をかき消すような、ひしゃげた女性の声が聖堂にこだましたのだ。
「光の術式! 光壁!」
女性の声と同時にルート達を光の幕が覆う。降り注いできた黒い光の剣は、幕とぶつかりそして消滅したのだ。
何が起こったのかと、声のした方を見たルート達。その先にいたのは、ルート、そしてイーナと使命を同じくしていた、零番隊・参の座に位置する老婆、アレクサンドラだったのだ。
「あんた達、人生諦めるには、まだ若すぎるんじゃないのかい?」




