126話 古の王の復活
「ロードさん…… どうして!?」
見間違えるはずもない。聖堂の奥から私達の方へとゆっくりと歩みを進めてきたのは、まさしく、零番隊の弐の座に位置するロードである。無意識のうちに私の足はロードの方へと進んでいた。そんなはずがない。零番隊の中から…… それもミドウが最も信頼していたはずである男、ロードが裏切るわけが……
「イーナちゃん! 危ないです! ロードさんの様子が!」
ナーシェの叫び声と共に、私の足も止まる。よく見ると、ロードの背後には黒いオーラが蠢いていた。遠くからでもわかる。この世のモノとは思えないほどに邪悪で、そして恐ろしいほどの力を秘めたオーラだ。
――皮肉なことに、預言書に封印されたことで、王は悠久の時を生き続けた。再び、自らがこの地上の覇者となる日を夢見て。
イザナとイミナの声が重なる。まるで、私を、私達を洗脳するかのように、脳内へと響くイザナとイミナの声。何だ…… 何がどうなっている?
「私はこの時を待っていた。この日をどれほど楽しみにしていたか……」
不気味に響き渡るロードの声。いや違う…… これは…… ロードの声じゃない!
「……せっかく永遠の命を与えてやろうと思ったのに、馬鹿な奴らめ……」
――封印される直前、自らを裏切った部下達に向かって、王は言った。「永遠の命が要らぬと言うのであれば、そなたらには死をくれてやろう」。それは王の呪い。強力な力を有した時、その身が朽ち果てる呪い。
「王の呪い!? まさか……」
この時、私の頭に真っ先に浮かんだのは白幻虫。あのとき…… 賢者の谷へと出発する前に、アレクサンドラさんと会話が私の脳裏へとよぎる。
『イーナ、あたしはね、この病の正体が何らかのマナなんじゃないかと思ってるんだよ』
そして、私の目の前へと来ていたロード…… いや、ロードのような何かは、私の考えていたことを見通していたように、不気味な声をあげた。
「そうだ、私が奴らにくれてやった。私の忠実なる部下だった連中が…… 力が成熟したときに死に至る呪いを」
――なんじゃと…… じゃあ!
サクヤもようやく理解したようで、私の中で声を上げる。そう、サクヤの病気の正体。それは、まさしく、今私達の目の前にいる『何か』が、口にしたものなのだろう。
「全く馬鹿な連中よ、まあ良い……」
――かつて、鳳凰は二つの過ちをおかした。一つは、王を裏切ったこと。そして、もう一つは、人間と交わってしまったこと。今こそ、王の復活の時。今こそ、かつての我が一族の罪を精算するとき。僕達の力を捧げます。全ては王の為に
ロードのような何かにむかって、イザナとイミナは跪く。神に祈るような姿勢のまま、ぶつぶつと何かを唱える2人。これはまずい、非常に良くない事態が起ころうしていることだけはわかる。
「イーナ!」
そう声を上げたのはルート。わかってる。奴を…… 奴を復活させちゃ駄目だ。私もルートも同時に、『そいつ』に向かって動き出したのだ。
「……遅い」
力なく床へと倒れ込んだ、イザナとイミナ。あれだけ脅威に感じていた2人のマナはもう感じられない。床へ倒れ込んだまま、ぴくりとも動かなくなったイザナとイミナ。彼らは既に息絶えていたのだ。
そして、復活させまいと、私達が『ロードの皮を被った何か』に放った攻撃は、そいつに届くことはなかった。何かの周りに黒いもやのような者が渦巻いていく。マナが、空気が、まるで竜巻のように、何かを中心に渦巻いていく。直後、突如として何かから発せられた突風に、私達の身体はいとも簡単に吹き飛ばされたのだ。
「ちっ……!」
「大丈夫ですか! イーナちゃん! ルート君!」
「大丈夫! ありがとうナーシェ! 下がってて!」
バランスを立て直すルート。私も空中で何とか姿勢を戻し、ルートへと並びかけた。私達を心配して近寄ろうとしてきたナーシェに、私は制止の言葉をかける。あれはあまりにも危険すぎるのだ。イザナやイミナ…… それに圧倒的な戦闘力を持っているであろう零番隊の面々すらをも軽く凌駕するような存在。まさしくこの世界の覇者と言っても過言ではないような、そんな存在。
「……ようやく私の前へ…… 最高の器が現れた。よくやった、イザナ。イミナ。お前達の一族の、過去の過ち。全て許そうではないか。
黒いもやが晴れていき、再びロードの姿が現れる。だが、それは姿だけ。外見だけ。一歩また一歩と私に向けて、近づいてくる『ロードの皮を被った王』。目の前のそいつから放たれる存在感、そして戦わずしてもわかる格の違いに、私はもはや動くこともままならなかった。
目の前で起こっていることを冷静に捉えているつもりだった。だけど、私の本能が、目の前のそいつに恐怖を感じざるを得なかったのだろう。初めて、妖狐の里の近くでオーガと出会したときと似た、いや…… それ以上の感覚。動きたくても、足が言うことを聞かないのだ。
その間にも、そいつは一歩また一歩と私に向かって近づいてくる。そいつが私に向けて開いた手の平が、少しずつ、少しずつ大きくなっていく。
「イーナ!」
「イーナ様!」
「イーナちゃん!」
仲間達の叫び声がこだまする。動かないと…… 動かないと! なのに……
そして、そいつの手は私の視界の目の前へと迫った。まるでスローモーションの様に、私の顔へと近づいて来る手。視界が手で覆われる。そいつの冷たい手の感触が私の肌に伝わってくる。
そして、自らの手で直接、私の肌に触れたそいつは、静かに口を開いた。
「お前の身体…… 頂くぞ!」




