121話 炎の術式:陽炎
『炎の術式:陽炎』
その術式を発動した直後、離れた場所に立っていたマーズ大司教の左腕に炎が襲いかかる。慌てて対処しようとした大司教であったが、何をやっても消えない腕の炎に大司教は焦りを見せる。
「なんだこの炎は!? サラマンドラの巫人である私に、どうして炎が効く!? それにどうして消えない?」
『炎の術式:陽炎』
それは九尾の目の力と、そして九尾の炎の魔法を組み合わせた、私にしか出来ない魔法。見たものを一瞬で炎に包む、まさしく、最終奥義と言っても過言では無い技である。
マーズ大司教に移った火は、左腕からどんどんと、彼の全身を飲み込もうとしていた。そして、直後、マーズ大司教は、もう一方の手で剣を抜き、そして、迷うことなく自らの左腕を切り落としたのだ。大量の血と共に、床へと落ちたマーズ大司教の腕は、そのまま瞬く間に炎に包まれていった。
「なんだ? お前のその力は?」
出血を抑えながら、乱れた呼吸のまま、そう口にしたマーズ大司教。それにしても、もう左腕が使い物にならないと一瞬で判断し、躊躇することなく自らの左腕を切り落とすその胆力は、凄まじいものだ。敵ながら、見事。
そして、私は自らの頬に冷たい感触を覚えていた。目から涙があふれ出たかのように、真っ赤な血液が頬を伝っていた。
「……この力は、私への負担も大きいから…… あんまり使いたくはなかったけど……」
使いたくはなかったが、相手が巫人である以上、それもやむなし。油断をすれば、やられるのはこちらの方だ。
「……九尾の力か。凄まじいものだな」
これ以上無駄に戦いを長引かせるわけにも行くまい。次で決める。そう決意した私は再び自らの目にマナを集中させる。びきっ、びきっと目に痛みが走る。だが、そうも言っていられない。今度こそ、逃しはしない。
そして、術式を発動しようとしたその時、突如としてマーズ大司教が私に向かって叫んだのだ。
「しばしまて!」
「!?」
「……先ほどの魔法でわかった。儂はおぬしには勝てないだろう。儂の命が欲しければ、いくらでもくれてやろう。だが…… せめてこのサラマンドラは……」
もはや、マーズ大司教に抵抗するような素振りは見えなかった。同じく巫人である私にも、マーズ大司教の気持ちはよくわかる。私は、発動しかけていた魔法を止め、そのままマーズ大司教に向けて語りかけた。
「こちらに投降する気は?」
私の問いかけに対し、マーズ大司教は笑みを浮かべる。
「愚問だな。それに儂を倒したとて、おぬしらの運命は同じ。おぬしらに待っているのは死のみよ」
そして、マーズ大司教の隣には、再び大きなトカゲのような生き物が姿を現した。おそらく、こいつが、マーズ大司教が口にしていたサラマンドラというモンスターなのだろう。
戸惑うようなサラマンドラに対し、マーズ大司教は優しく言葉をかける。
「儂はここで終わりだ。だがおぬしは…… せめておぬしは幸せに生きてくれ。あの者なら決しておぬしは悪い様にはしないであろう」
「……いやだ、嫌だよマーズ様!」
「行くのじゃ。サラマンドラ」
そんなやりとりを目の前で繰り広げられてしまっては、なんだかこちらがものすごく罪悪感に襲われてしまう。せめて私にできる事、それはサラマンドラの今後を面倒見てあげることだろう。
「いけい! サラマンドラ!」
「マーズ様…… ごめんなさい!」
その声で、マーズ大司教の下からこちらへと走ってきたサラマンドラ。優しく受け入れようとした私だったが、すぐに私は違和感に気付いた。
そう、そもそも相手は敵。信用してはいけなかったのだ。私が甘かったのだ。
にやりと不敵な笑みを浮かべ、私目掛けて一直線に走ってきたサラマンドラ。突如として、サラマンドラの身体を炎が包む。おそらくは炎を纏った身体でそのまま私に突っ込んでくるつもりだろう。油断していたせいで、私も対応が遅れてしまう。間に合わない。
「死ねえ!」
「全く…… イーナ、お前は甘すぎるんだよ」
身構えるのが遅れた私の耳元に、冷静な男の声が届く。大きな剣を手に、颯爽とかけていったその男は、小さく口元を動かした。
「風切」
直後、私目掛けて突っ込んできていたサラマンドラは、真っ二つ。炎と共に、地面へと崩れ落ちていった。そして、サラマンドラを切り捨てたルートは、私の方へと振り返る。
「さあ、これでフィナーレだ。とっととあの白々しいジジイをぶちのめそうぜ」




