111話 ここで働かせてください!
「ここで働く? 私が?」
突然のマスターからの提案に、つい驚いてしまった私。そんな私をよそにマスターが笑顔で言葉を続ける。
「はい、この酒場の2階に空き部屋がありますので、自由に使って頂いて結構です。その代わり、お店を少し手伝って頂きたいのです」
「おっ、なんだいマスター、新手のナンパか!」
茶化すように、声をかけてくる他の客。まだ了承もしていないにもかかわらず、店内に勝手に私が働くという空気が流れはじめ、次第に私達の周りに客達が集まってくる。
「まあマスターに入れてもらうのも嬉しいけどよ…… やっぱり可愛いね-ちゃんについでもらえたら、酒もまた格別に美味いってモンよ」
「おう、ゴンズ、いくら可愛いからっておさわりは厳禁だぜ、さわりてーなら別の店に行けよ! なあねーちゃん!」
「まあまあ、彼女も困惑しちゃってますから…… どうしますか? ここで働きますか?」
「本当にいいんですか? 私にとってはありがたい話ですけど…… 身の上も何もわからないような私を?」
「ええ、ここに来る人は、皆何らかの事情があってきていますから……」
客に囲われ戸惑う私に、マスターは笑顔を向けてくる。まあ、何か変な事をするようなお店でもなさそうだし、手伝うことで宿を保証してくれるというのなら、決して悪い話ではない。マスターの提案を快諾する事を決めた私は、首を縦に振った。するとちょうど同じタイミングで、酒場の扉が開き、この街には到底似合わないような、可愛らしい女性が店の中へと入ってきた。
「おはようございまーす! ってあれ? マスターその子は?」
「ああ、アリアくん。ちょうど良いところに! 今日からしばらく夜に、うちの店を手伝ってくれることになった…… えーっと…… ごめんそういえばまだ名前を聞いてなかったよね?」
そういえば、まだマスターに名前を名乗ってなかった私は、そのままマスターとアリア、二人に向かって挨拶をする。
「イーナです。お世話になります!」
「イーナちゃんね! よろしく! 私はアリア。イーナちゃんの先輩になるかな!」
私の挨拶に、笑顔を返してくれたアリア。なんだか優しそうな人で、私も少し安心した。
「イーナちゃん! こっちへいらっしゃい!」
アリアはそのまま店のバックヤードの方へと歩いて行った。そのままアリアの後を慌てて付いていった私。ごそごそと引き出しを漁るアリアに、私は話しかける。
「何をしているんですか? アリアさん?」
「イーナちゃんせっかく可愛いのに、なんだか地味な服だったから! もっと可愛らしい服をあげようと思って!」
……
引き出しの中をよく見ると、なんだか派手なひらひらの付いた服が一杯詰まっている。思わず顔が引きつった私をよそに、アリアはどんどんと引き出しから服を取り出していく。
「……これはどうかしら…… うーん、でもこっちも良いわね……」
「ちょ…… アリアさん?」
「いいわ! 順番に着ていって! イーナちゃん! まずはこれからね!」
そう言ったアリアの手元には、メイド服のような白と黒のひらひらの服、そしてニーソックス……
勢いよく私へと迫ってきたアリアに、私は断ることすら出来なかった。そのまましばらく私は、アリアの着せ替え人形になってしまったのである。




