110話 この街で一人で生きていく
「白の十字架ねえ…… 大丈夫だよ! お姉さん! アレナ聖教国ではその名前を知らない人はいないだろうから!」
「本当に!?」
「うん、僕達フリーフェイスにとって、聖教会を敵に回すにあたって、厄介になるものがまさにお姉さんが口にした『白の十字架』なんだ。正直、あの魔道士達ならまだ何とかなる。でも、さらにその上、聖教会の上層部達とずぶずぶな関係になっているという白の十字架の連中は、魔道士達とは比較にならない凄まじい力を持った連中らしい。まあ僕も直接その力を見たことはないんだけどね! そもそも、直接見るような機会があったとしたら、多分僕はここにはいないだろうし!」
「聖教会をつぶすと言うことは、白の十字架も敵に回すと言うこと…… つまりはそういうことだよね? だからあなたたちは、ひそかに協力者を集めて……」
「そう、どうする? お姉さん? まあ僕達に協力すると言うのが、お姉さんにとっても一番良い方法だとは思うけどね!」
「……少しだけ時間をもらえない? 私の一存で決めるわけにはいかないから……」
「わかったよ、だったらお姉さん、僕は明日の昼、この場所で待ってるから、良い返事を期待しているよ。あ、後一応、わかってるとは思うけど、今日のここで話した内容はシークレットでお願いね! マスター! お会計をお願い! あいいよお姉さん! ここはフリーフェイスに協力してくれているお店だからさ! 支払いはこっちに任せてよ!」
そして酒場のマスターへと声をかけたオルガ。眼鏡をかけた優しそうなマスターが私達の方へと近づいてくる。そして、オルガは私に聞こえないように、こそっとマスターの耳元で何かを呟いたようだった。
オルガの話が本当であれば、私達もフリーフェイスの面々に協力すると言うのは私達がここで選ぶべき道として正解だとは思う。ただそれも、フリーフェイスとやらが本当にアレナ聖教会に対し本当に反旗を翻すつもりであるというのであれば、という仮定の話だ。
本当にあの少年を信じても大丈夫なのか。問題の本質はそこであるのだ。とは言っても、他に何か選択肢があるかと言われれば何もないというのが実情だ。
とにもかくにも、皆と話し合わなければ、私一人の判断では決められない。笑顔で私を見送るオルガを背に、私はここまで来た道を、皆が待つ宿屋へと向けて帰ることにしたのだ。
私が異常に気がついたのは、宿屋の近くに来てからのことであった。何やら宿屋の周辺がやけに騒々しい。宿屋を取り巻くように、人だかりが出来ており、その隙間からは、ちらほらと、アレナ聖教会の魔道士達の姿が見える。
――まさか……
アレナ聖教会に、私達の居場所がばれた? 飛空船が彼らに見つかってしまった今、彼らも外部からの侵入者について警戒を強めていたのだろう。普通に考えれば、外からの人物が滞在していそうな場所と言えば宿屋をまず真っ先に思いつくことは間違いない。
慌ただしく走り回る魔道士達から、身を隠すように私は人だかりの中へと入り込み、様子を伺った。ちらほらと聞こえてくる市民の声に耳を傾けると、やはり私の懸念は的中していたようであった。
「あの宿屋に怪しい連中がいたんだってよ!」
「それも逃亡中だとのことだ! 早く捕まってくれるといいんだが……」
「まあ、魔道士達に任せておけば大丈夫だろう」
――まずいぞ、イーナ
語りかけてくるサクヤ。言われなくてもまずいのはわかっている。だが、戻ろうとしたところで、こんな警戒態勢の中、一人むやみに突っ込んでいくわけにも行かない。幸いにも、まだ魔道士達に捕まった仲間はいないようであるとの噂もあるし、きっと皆無事に逃げる事はできたのだろう。
心配と言えば心配だが、今ここで私が何かを出来るというわけではない。そのまま人混みをすり抜け、私は来た道を再び引き返すことにしたのだ。皆の無事を信じながら。
もう宿屋にも戻れない。飛空船もない。そんな状況で一人、見知らぬ街に放り出されてしまうような形となってしまった私。こうなったら私が選べる道はもう一つしかない。
夜も遅くなった9番地区は、まさに無法者の街と言ったそんな様相を呈していた。酒に溺れ道端で寝る者、大きな声を上げながら喧嘩を繰り広げる者、そして、その場にそぐわないような格好をしながら一人街を歩く私を奇怪な目で見つめる者。それでも、私にとっては、シュルプの上流階級達が住まう街よりはよっぽど居心地が良かった。
「おい、嬢ちゃん! こんな夜に一人こんなとこをほっつき歩いてどうしたんだい! 俺達と遊んでいかね-か!」
そんな声が飛び交う中を私は脇目も振らず、ひたすらに突き進んだ。もう一度、もう一度オルガに会うために。あの酒場に向かうために。
「オルガ! オルガはいる!」
そして、酒場のドアを開き、オルガの姿を探す。しかし先ほどまでそこにいたはずのオルガの姿は既に消えており、酒場の扉を勢いよく開いた私へと客達の奇妙な者を見るような視線が集中した。
「お早いお戻りで…… 注文はいかが致しましょう?」
そして、再び店へと戻ってきた私の元へ近づいてくるマスター。オルガがいない以上仕方が無い。きっとこのマスターだって、事情も知っているに違いない。
「オルガにもう一度会いたいんだけど、何か言っていなかった?」
「ええ、彼は先ほど帰られましたよ」
「どこに行ったかわからない? どうしてもオルガに会いたいんだ!」
「その前に、ここは酒場です。お客様のお話であれば、私も聞かざるをおえませんからね」
「わかったよ、マスター。適当にお願い!」
「承知いたしました。ではお席へどうぞ」
こんなのんびりと酒を嗜んでいる場合ではないことはわかっているが、向こうだって生活がかかっている以上、仕方ない。この場のルールに染まると言うことは、居場所をなくしつつある私にとって何よりも重要なことだ。ここまで追放されるようなことあれば、本当に詰んでしまいかねないのだから。
席に着きながら上着のポケットに手を突っ込み、まずはお金の確認をする。不運なことにお金のほとんどは宿屋に置いてきた。手元に残った金はそう多くはない。まあ、1日2日なら生活するにも困らないかも知れないが、そう長くは持たないであろう。
「お待たせしました。こちら、聖女の涙でございます」
マスターから出されたのは、淡い青色に染まった綺麗なお酒だった。そして、それを受け取った私にマスタガー優しい口調で言葉をかけてきた。
「何かお困りのようですね? 私でよければ、お話をお聞かせ願えませんでしょうか?」
そのまま私は、マスターに対し事情を説明した。先ほどのオルガとの話は、マスターも聞いていただろうから、何となく事情もわかっているようで、幾分と話はスムーズに伝わった。
「そういうわけで、オルガに会いたいんだ。戻る場所も無くなって、仲間の消息もわからない今、私はオルガ達の話に乗るしかない……」
「なるほど、私もお力にはなりたいところではありますが…… あなたがフリーフェイスのメンバーでは無い以上、私もあなたに居場所をお伝えすることは出来ないのです。ただ、オルガは明日ここに来ると言っていたのでしょう?」
「そうだけど…… あまり持ち合わせもなくて…… 外で過ごすのも…… アレだからどうしようかな……」
明日まで、どうするか。あまり手元にお金が残っていない以上、むやみに出費したくないというのが本心である。小さく困った声を漏らした私にマスターが言葉をかけてきた。
「でしたら、ちょうど良いお話があります。今宵の宿を用意するおかわりに…… あなたもここで働いていきませんか?」




