第二十六話「最愛の彼女」
俺達は論文発表会を終えた後、新聞部のメンバーから今回の最優秀賞の俺達は囲み取材を受けていた。
「おめでとうございます~っ!この喜びを、誰に伝えますかぁ?」
田嶋、森田、嶋さん、寺内さんの順にマイクが周り、最後に俺のところにマイクが来た。
勿論、俺は言う言葉はずっと決めていた。
「この場で、俺達の発表を聞いてくれた『彼女』に」
一気に会場がどよめく。勿論、薬剤部のテニスサークルのイケメン王子・雨宮弘樹に彼女が居るという噂は一度も流れていなかった。
テニス愛好会では、雪音が新人歓迎会の時に、俺と恋人宣言をしていたのだが、あの時以後も誰も信じていない。
ざわつく会場の中で、俺はもう一度マイクから彼女に呼びかけた。
「雪」
右手を差し出し、こちらに来るように言う。
「お前がいたから、俺は頑張れた。おいで――お前の存在が、賞をくれたんだから」
講堂の後ろの方に居た雪はぽろぽろと大粒の涙を流して口を押えていた。
まさか、俺にそう思われていたとは考えてもいなかったのだろう。
「ひろちゃん……!」
ゆっくりと壇上に近づいて来る雪を、皆が道を作って通してくれる。
少しずつ近づいてきた雪に、俺も距離を詰める。
ニヤニヤ笑う森田に肘で押され、俺は囲み取材から抜けて雪を受け入れる為に腕を広げた。
胸の中に飛び込んできたお姫様を全力で抱きしめる。
「まさかの、王子と、1年生のニューヒロインが恋人同士だなんて!これはビッグニュースですよぉ~!」
周りから散々黄色い悲鳴と、カメラのフラッシュのようなものを向けられたが、そんなものはどうでもいい。
もう、雪を悲しませない。
「……ありがとう、雪」
「ひろちゃん……ひろちゃん…!」
俺は人の目も気にせずに、そのまま雪をぎゅっと腕に抱きしめていた。
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雪と一緒に帰る途中、俺は散々新聞部の追跡に会ったが、今日は帰らせて欲しいと懇願してタクシーに無理矢理乗り込んだ。
打ち上げの件も後にLINEで話し合うこととし、今日はお互い休むことにした。
論文を散々修正してくれた溝口教授のアポも取らないといけないので、どちらにしろ今日は打ち上げが出来ない。
田嶋に教授の日程調整を依頼して、またみんなで集まれる時に打ち上げをすることにした。
「……恥ずかしかったな」
雪がそうぽつりと呟く。俺に思い切り抱きしめられていた雪はかなり周囲からツッコミを受けていた。
俺と雪は苗字が違うし、実際の兄妹ではないので恋人と言っても本来誰も不審がることはない。
タクシーが家に着くまでの間、俺は雪の小さな手の指を絡めてずっと握っていた。
家に到着した所で、俺は雪を連れて自分の部屋へと向かう。
「あっ、ひろちゃん。ちょっとだけ待ってて?」
「え……?」
俺は論文発表会で最優秀賞を取ったら雪に言うことがあったので、待ってろと言われると出鼻を挫かれる思いだった。
こそこそしながら部屋に戻った雪は数分後、ピンクのフリルのついたパジャマに着替えて出てきた。
「あのね、ひろちゃん……電気、消して欲しいなぁ」
「今日は注文が多いな雪は」
「だって……」
俺が雪を抱きたいって顔に書いてたのだろうか?
女性経験が乏しい分、俺はがっついてるように思われそうで少しだけ傷ついた。
とは言え、きちんと結果も残したので、しっかりと雪に伝えたい想いだけは言わないと。
「雪、愛してるよ」
「ひろちゃん……」
「俺は不器用で、雪を沢山傷つけると思う。それでも、俺が雪を愛している気持ちに変わりはない」
導いて、と言い、雪の唇をちゅっと塞ぐ。
雪も気恥ずかしそうに顔を赤くしながら俺の背中にそっと手を回してくる。
自然と唇が触れ合う。深い口づけの後、俺は雪の着ているパジャマのボタンにそっと手をかけた。
「ゆ、雪…?」
「……どう、かな?」
俺はボタンを外して、まさか雪がこんな格好をしていると思わなかったので驚いてしまった。
黒のレース生地で出来たキャミソールに、ティーバックに限りなく近い薄い下着。
俗に言う『勝負下着』って奴だろう。まさか、おっとりした雪が何処でこんなものを……?
ただ、俺の反応を期待していたようで、雪は可愛いパジャマの下に不釣り合いな妖艶なものを仕込んでいた。
そのアンバランスに、俺の理性のたがが外れる。
「勿論、可愛いよ。雪はそんなもの買わなくたって十分可愛い」
「喜んでくれると思ったのに……」
きっと、この案を出したのは麻衣ちゃんだろう。
田畑だったらこういうのが好きかも知れない。でも、俺は色っぽいものを無理して着用する雪よりも、自然な雪の方が好きだ。
俺は雪のご要望通りに電気だけ消して、薄暗い部屋の中央で額に触れるだけのキスを落とした。そのままパジャマの袖を抜き首筋から鎖骨にかけて少しずつキスを落とす。
身じろぐ雪がため息にも似た甘い声を上げた。いつもの子供っぽいような無邪気さはなく、この時は一人の女性へと変わる。
「……雪」
首筋に舌を這わせ、鎖骨の辺りの皮膚を軽く吸い上げる。
ちゅっと音を立てると雪の小さな身体がぴくりと跳ね、俺の背中に回った手が震える。
「雪、ベッドに横になって?」
「うん……」
大人しく俺の言う通りにベッドに横になった雪の前で、俺は着ていたシャツをばさりと脱いだ。
二人分の体重を乗せたベッドがぎしりと音を奏でる。暗闇でもはっきり見える雪の少しだけ怯えた眸。
俺は雪の不安を払拭する為に、何度も、何度もその唇を塞いだ。少しずつ緊張を解し、震えが収まったところで黒いキャミソールの紐をそっと下ろす。
「ひ、ろちゃん……」
白い胸の谷間にそっと唇をあてがい、もう一度その薄い皮膚を軽く吸い上げる。
ぴくりと動いた雪の肩から黒のブラジャーの紐も下ろす。
露わになった白い胸を優しく撫で、ボディラインに沿って手を腰に回す。
密着した雪の肌は体温が上がっていた。キスをしながら俺は雪の下着をするりと下げる。
「ひろちゃん……」
「弘樹って、言えよ」
まだ気恥ずかしそうにしている雪の耳元でそう囁き、俺は耳朶を甘噛みした。
「ひゃっ」
「…敏感」
意地悪く囁くと、雪が甘い声で俺の名前を呼ぶ。
「ひろ…き」
「ッ――」
「脱いで、……下。ユキだけ…恥ずかしいよ」
いつもの、お人形さんのような雪はそこにはいなかった。
俺の手の中で身悶える雪は、美しい彼女だ。
一度ベッドから出た俺はベルトを外して下のズボンを脱いだ。再び雪と身体を重ねると、既に下腹部に熱を孕んでいた。
どちらからともなく唇を差し出し、啄むように唇を食み、甘い音を暗闇に響かせる。
「弘樹……」
甘い声が俺の名前を呼ぶ。自分から弘樹って呼べと言ったくせに、俺は雪の声でそう呼ばれると一気に自我が保てなくなる。
既に蜜の溢れている箇所を指で探り、そこからずるりと指を引き抜いた後は猛る熱をあてがう。
「雪っ……」
俺の声と共に、雪の身体が闇の中でしなり、甘い声を上げて俺の背中に爪痕を残した。
論文発表会の後、俺は雪に雨宮に性を変えて一緒に住もう。そう言うつもりだった。
しかし魔性の魅力を持つ雪に負けて、その言葉は結局紡がれることはなかった。
俺達は朝まで互いの熱を貪り、心も身体も一つになれた喜びを分かち合った。
愛してる……
永遠に紡がれる愛の言葉と共に。




