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妹が恋人になりました。  作者: 蒼龍 葵
ー弘樹 論文発表会編ー
17/26

第十七話「フラッシュバック」

ラストの雪回想が前作の1話目の冒頭部に繋がっております(*'ω'*)

少し全体的に胸が痛いシーンですがすいませんm(__)m

「おっかえり~。アレ?何その子。どっから拾ってきたわけ」


 電話で呼びつけた御堂みどうは三宅とシェアハウスで暮らしているフリーターだ。

 昨日までコンビニバイトをして朝帰りだったようで先ほどまで寝ていたのか、だらしないボロボロのトレーナーとラフなスラックス姿でドアを開けてきた。

 三宅は顎で退けろと言い雪を抱きかかえたまま靴を脱いで家に上がる。

 興味津々と言った顔の御堂は荒い呼吸で眠っている雪を見下ろしていた。


「やっべ。マジ可愛いじゃん?どこのお姫様?」

「……お前には関係ねぇよ」

「お~つれないねぇ……ま、とりあえずお前に言われた通りシーツ替えたばっかだから使っていいよ。パイプベッド」

「助かる」


 タクシーの中で三宅は家を片付けて欲しいことと、自分が使っているシーツを変えて欲しいことを御堂に連絡していた。

 半分寝ぼけていたはずの御堂も、言われた通りの仕事はしてくれたらしい。

 今も横たわらせた雪の横を離れない三宅を面白くなさそうな眸で見つめている。


「ふぅん。彼女?」

「違う……」

「じゃ、奪ってきたんだ?」


 その言葉には返答しかねた。……奪ったつもりはない。ただ、衝動的に身体が動いていた。

 散々鳴っていた雪ちゃんの携帯を辿れば簡単に雨宮先輩とは連絡が取れた。勿論、こちらからだって連絡くらいは出来る。


 ただ――側にいたかった。風邪で具合を悪くしている彼女の側に。

 決して、通常では入ることの出来ないこの隣の距離に。


 抱きかかえてここまで連れてきたのに、三宅は眠っている雪の手すら握ることが出来なかった。

 相手の意識が無いからと言って、変なことをして後で雨宮先輩を怒らせてしまったら後が怖い。

 あの人は普段穏やかでふわりと優しい印象しか持っていないのに、雪ちゃんが絡むと別人のように豹変する。

 それが、兄貴としての顔と、恋人としての顔の違いなのだろうが、どちらも手に入れている彼が羨ましい。

 黙って兄貴としてでも雪ちゃんの側にずっと居られるのに、恋人としてもずっと一緒に居られて……


「う……ん」


 苦しそうに呻いた雪の額からは大粒の汗が滲んでいた。そっと額に手を当てるとまた熱がぶり返しているのか、かなり熱くなっている。


「なぁ、御堂。冷えピタは?」

「あ~。昨日つかっちった。ねぇやもう」


 適当に言葉を返してくる御堂の言葉にため息しか出ない。リビングの引き出しを開けて薬を探すが、目当ての物は残念ながら見つからない。


「解熱剤あったっけ?」

「んにゃ。賞味期限切れてるから止めといた方がいい」

「はぁ……。どうにもならないな。俺ちょっと薬局行って来る」


 三宅は重い腰を上げてポケットに財布と携帯を入れた。

 靴を履きながら家の鍵締めるなよと再度念押ししてからドアを閉める。

 行ってらっしゃいと手を振る御堂が煙草を咥えながらぺろりと舌を出す。口元に不敵な笑みを浮かべたまま、眠る雪の頬にそっと手をあてがった。


「眠れる森のお姫様は、誰のキスでお目覚めになるのかなぁ。――どうせだったら、もっとあいつを本気にさせちまえば?」


 ぷつっと雪の着ている服のボタンを外していく。

 淡いピンクの薄手のキャミソールから透ける同系色のピンクのブラジャー。そして肌には何も男の痕跡が残されていない。

 ……綺麗な身体をまじまじと見た御堂は思わずひゅうと口笛を吹いた。


「へぇ……傷物じゃないってワケ。拓篤もさっさと手を出しちまえばいいのに」


 御堂の不埒な手が雪の肩ひもをそっと外した。




*************************************************




 弘樹は雪の外出先に思い当たる節がなくて片っ端から電話をかけていた。

 この大事な時期に論文メンバーに声をかけるわけにはいかなかったので、咄嗟に思いついた昔からの友人である田畑の携帯を鳴らす。

 偶然仕事を終えた後だったようで、繋がった忍と合流し、さらに麻衣とも合流して3人で雪の行先を考える。


「……悪いな田畑…麻衣ちゃんまでありがとう」

「んな顔すんなって弘樹。携帯繋がらないのか?」

「うん……電波が届かないか、電源が入ってないって……」

「……警察届けるか?」


 俺はスカイブルーの携帯を握りしめたままどうするか思案した。

 警察に届けたところで、どうせ買い物に出かけてるのでは?とかもう少し待ってみたら?と門前払いのような扱いを受けるだろう。

 ……たった数時間繋がらない。それがここまで不安になるなんて……


「……雪ちゃんのことだから、決して弘樹さんにとって嫌なことにはならないと思う。中学の時から今まで何も変わってないし」

「だとよ、弘樹。まあ、俺らも思いつくトコ探すから」


 ぐっと麻衣の肩を抱き寄せた忍は隣に立っていた麻衣にぺしっと手を叩かれていた。

 人前でいちゃつくのは嫌なのだろう。麻衣ちゃんも性格が全く変わっていない。

 俺は微笑ましい二人のじゃれあいを目を細めて見つめたところでもう一度携帯を手にとった。


 いつも傍にいた雪が居ない。そのことが俺の不安を掻き立てる。

 何処に行ったんだ……雪。




*************************************************




「う……ん…?」

「よぉ、気が付いた?お姫様」


 雪は目の前でニヤニヤ笑っている知らない男の人に驚き、慌てて上体を起こした…つもりだった。

 両腕は拘束されていないものの、しっかりと片手で押さえつけられてしまっている。

 視線を動かすと見覚えのないベッド…知らない部屋に天井。


「貴方…誰?」

「あぁ、俺は御堂みどう 晴人はるひと。しがないフリーターってやつ?拓篤のシェアハウスの住人な。よろしく~?」


 飄々としたその物言いに、雪も思わず挨拶を返してしまう。


「あの……桜田雪音…です」

「ぶっ……ははっ!!おっかし~。あんた天然?それとも何、形勢逆転狙ってる的な?」


 御堂は雪の腕を固定していた左手に力を込め、男は初めてなんだろう?と意地悪く囁く。

 身じろいだ雪に馬乗りになりながら抵抗できないよう腕を押さえたまま、開けた胸元をスマホに収めている。


「――テニス一筋だった三宅がさ、女を連れてきたんだ。いいネタになるよコレ。あいつに何してもらった?ん?可愛い雪音ちゃんよぉ」

「怖い…怖い……ひろちゃん……ひろちゃんっ!!」


 カメラで自分の乱れた服を撮影されるよりも、男の人に乗られることの恐怖が勝り、雪が深い闇の中に葬っていた記憶がフラッシュバックで蘇ってくる。



 バシッ


 ――うるさいなぁ、俺がどこで何をしていようと勝手だろう……!



 ――やめて。

 やめてパパ……


 どうして…

 どうして、ママを叩くの?


 ――ママは、どうしてユキに笑っているの……?

 ママを、幸せにして欲しい。


 男の人なんて、だいきらい。

 パパなんていらない。

 ……ママを、泣かせないで。

 ユキがずっと一緒にいるから。ママを、絶対に守るから。

 


 ママは全身痣だらけになっていた。

 それでも毎日パパの暴力に耐えて、ユキが3歳の時にママは離婚した。

 それから1年後のことだった。ママから家族についての嬉しい報告があったのは。


 雪。


 私達に、新しい家族が出来ることになったのよ。


 心底嬉しそうにそう言うママがユキに引き合わせてくれたのは、かっちりしたイングランド式のスーツに身を包んだ細身の優しそうなお兄さんと、ユキよりもちょっと大きくて目線を逸らしている男の子。

 久しぶりにユキは長い髪をツインテールにして、白いお気に入りのワンピースを着て、ちょっとおめかしをした。新しい「家族」との対面に。

 ユキは、ママのスカートを引っ張りながら、隣に佇むママの嬉しそうな横顔を見上げる。



 ねえ、この人はママを虐めたりしない?

 ママはもう泣かない?



 ユキの質問にママはこくりと小さく頷く。勿論よ、と力強い声でそう言いながらユキの頭を撫でてくれた。

 じっと相手のおにぃちゃんを見つめる。3分くらいして、やっとこっちを見てくれた。


 ほら、弘樹。今日からお前のお母さんになる人と、妹だよ


 父親に促されてもう一度こちらをしっかり見つめてくる少年は、必死に笑顔を作る練習をしてきたのだろう。

 少し引きつったような笑顔を向けた少年に、ユキもつられて笑顔になる。


 ユキは――ママを守ってくれる人が欲しかったから、嬉しかったんだ。




 おにぃちゃん――




 差し出された温かくてちょっとだけ大きな手は、それからユキにとって一番大切な人になった。

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