log61.カフェ・ミッドの泉
「―天分回路・剣― ―継承―」
フェンリル大聖堂が眩い輝きに包まれ、その中心に立つソフィアの腰に帯びたレイピアが一際強い輝きを発する。
明滅はすぐに収まり、大聖堂の中心で司祭長と呼ばれるNPCの少女がやわらかく微笑んだ。
「これであなたたち……異界探検隊の者たちのほとんど全員にギアを授けることが出来ましたね」
「……ええ、そうですね。感謝いたします。司祭長」
柔和な微笑を浮かべる司祭長に同じく笑顔で答えながら、ソフィアは一歩性って待っていた仲間たちの元へと戻る。
その背中と、彼女を待っている仲間たちを見下ろし司祭長は少し大きな声で彼らへと語りかける。
「新たなるシーカーたちよ。どうか、その旨に抱いた目的を忘れることなきよう、少しずつでも前に歩み続けてください」
「お気になさらず! 俺たちゃ俺たちで適当にやりますんで! それでは!」
皆を代表してそんないい加減なことをのたまうリュージ。
彼の物言いに苦笑するような気配を見せながら、司祭長はゆっくりと胸の前で手を組んだ。
「神よ……新たなるシーカーの誕生を祝福したまえ――」
そのまま静かに紙へと祈りを捧げ始める司祭長を残し、大聖堂を後にする異界探検隊のメンバー。
分厚い扉の向こう側へと小さな少女の姿が消えるのをしっかり確認してから、しかめっ面をしているマコがゲンナリと口を開いた。
「……この瞬間ほどスタートボタンが欲しくなった時はなかったわね……」
「ああ、うん、まあ。ギア取得イベント絶妙な長さだからな」
マコの言わんとする事を察し、リュージが一つ頷く。
このゲームの成長システムである、ギアシステム。イノセント・ワールド開始直後は目玉システムの一つとして紹介されただけあって、なかなか凝った演出がなされるわけだが、これが同時に五人ともなるとなかなか苦痛であった。
光の帯のようなものが、ギアとして開放される武器の周りを渦巻き、最終的には武器の中にその光の帯が納まるような感じなのだが、発光色が白であるためかこれが結構眩しい。一回や二回程度であれば、まあ気にならない程度であるのだが……。
「しかもうち三人は同じギアだから、変化に乏しいし……。まあ、別の武器種でもそこまで大層な違いがあるわけじゃなさそうだけどさ」
「あ、あははは……」
「まあ、わかっていたことではあるのだが」
ギア・剣に目覚めたコータとソフィアが若干気まずそうに頬を搔いたりそっぽを向いたりする。多少浮気はしていたが、結局、剣種の武器で進めていくことは決まっていた。だが、やっぱりダブると若干気になるものだ。
残りのメンバーでは、リュージがギア・剣が解禁しており、レミが杖、マコが銃と、概ね狙い通りのギアを引き当てることに成功していた。バランスの良し悪しはともかく、これで全うなスキルを取得できるようになると言うものだ。
異界探検隊の中では唯一ギアを持たないサンシターが、嬉しそうに綻びながら皆の成長に喜びの声を上げた。
「ともあれ、よかったでありますよ。これで皆ももっと強くなるでありますね」
「サンシターには悪いけど……まあ、そういうことよね」
一人だけのけ者のような形にしてしまったことを、若干気に病むマコ。
とはいえ、経験値問題は一切解決していない。サンシターには地道におさんどんとアルバイトに専念してもらうほかないだろう。
気持ちを切り替えるように首を振るい、一つ頷くとマコは大聖堂から離れる。
「じゃあ、さっさと外に出ましょう。スキルの振り分けとか、考えていかないといけないでしょ?」
「あ、うん。そうだね、マコちゃん」
マコの言葉に同意するようにレミが頷き、後を追いかける。
他のメンバーもその後に続き、一向はフェンリルの大広間へと入っていった。
いつものように大勢のプレイヤーで賑わうフェンリルの大広間を歩きながら、ソフィアはリュージの背中を少し引く。
「……で、だリュージ。具体的に、ギアスキルはどのようなものが解禁されるのだ?」
「ん? やっぱ気になるの、ソフィたん?」
「それはもちろん。基本スキルよりも強力なスキルがあるのだろう?」
ソフィアは一つ頷きながら、真剣な表情で考える仕草をする。
「……だが、私とコータとお前で、三人が同じギアを獲得してしまっている。このままでは、同じスキルの持ち主が三人いることになってしまうだろう? これはいくらなんでも、効率が悪すぎるだろう」
「ああ、それはあたしも思ってたわ」
先を行くマコも同じ事を考えていたのか、軽く振り返りながらリュージへと問いかける。
「このままじゃ、戦士×三にヒーラーとガンナーしかいない、めっちゃバランスの悪いパーティでしかないけど。大丈夫なの、そんなんで」
「ガンナーが割りとマジシャン兼任だから平気じゃねぇの? とはいえ、バランスの悪さは否定できねぇ。タンク系がいないからなー。ヘタするとマコに一番ヘイトが集まるパーティだよな」
「えぇ? 大丈夫なの、それ?」
不安な発言を聞き、眉根を潜めるコータ。このままだと、マコに敵の攻撃が集中してしまうわけだ。
だがリュージは問題ないとでも言うように手を振ってみせる。
「なに、それだったらマコがヘイト集める倍か三倍、俺らがヘイトを集めりゃいいだけよ。ようは回避タンク。避けタンとか言うんだっけ?」
「いや、それは知らないけれど……出来るの? そんなこと」
「HPが減っていたとはいえ、コカトリスを一撃で倒したお前ならできるかもしれんが……」
ソフィアは後半の言葉を濁す。コカトリス討伐の帰りにリュージのステータスを検めさせてもらったが、見事なまでにSTR一極振りのステータスであった。
あれだけ力に振ってれば、確かに敵モンスターの首くらい一発だろうと感心したが、同じ事をしろと言われると、ソフィアには自信がない。
だが、このままでは結局、敵モンスターのタゲ取りをリュージに押し付ける形になってしまう。誰かに負担をかけてしまうようなことはなるべく避けたいのがソフィアの心情であった。
だがリュージは彼女の不安を笑い飛ばす。
「ハハハ、ソフィたんは優しいなぁ。でもまあ、心配ないよ。その為のギアスキルだし」
「……本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だって。なんだったら、今から詳しく解説行く? せっかくのギア獲得記念だし、フェンリルのカフェ入っちゃう?」
そう言ってリュージはフェンリルの二階方面を指差す。
プレイヤー……シーカーにとっての最初にして最大の拠点となる、ミッドガルドのフェンリルと呼ばれるこの建物は、シーカーにとってありとあらゆる施設を備える場所となっている。
一階は大聖堂のようなフェンリルにとっての中枢や、シーカーの養成場や訓練場など、ゲームプレイの経験値を蓄積するための施設が集まり、地下は牢屋のようなプレイマナーの更正施設がある。
そして、大広間から伸びる階段を昇った先にある二階には、食事所や甘味所、或いは飲酒が出来たり、女性NPCや男性NPCと触れ合える擬似クラブのようなものまで備えた、遊楽施設となっている。
ただ、下階と比べて利用料金が割高になっているのが玉に瑕だ。フェンリルの活動資金を賄うと言う役割も持つためなのかもしれないが……。
リュージの提案に、皆少し難しい顔つきになる。
行ったことはないが、評判はよいのだ。フェンリルのカフェは。ただ、街中のカフェや喫茶店と比べると、一割から三割ほど割高料金らしいと言うのが引っかかっていたのだが……。
「……せっかくだし、入ってみるか」
「……そうねぇ。たまには、パーッと遊ぶのもありよね。ゲームだけど」
ソフィアとマコは一つ頷き、コータとレミも同意するように頷く。
気になっていたのは確かだし、ギア解禁と言うめでたい出来事もあったのだ。たまには贅沢もよいだろう。
始めから意見を持たないサンシターも笑顔で同意し、リュージは一つ頷く。
「そいじゃ、まいりますかね。俺の知ってるところで良いか?」
「構わないが、行ったことがあるのか?」
「ああ。レベル落とす前だけどなー」
リュージはそう言って、上り階段の先を目指す。
「二階は攻略とかには関係ないらしいから調べてないんだけど、どんなとこかしら」
「さあな……。フェンリルは昼夜を問わず運営しているというが、どのような様相になっているかはわからんからな」
「ちょっとどきどきするねー」
「そうだねー。サンシターさんは、何か知ってます?」
「実は自分のバイト先が一つあったりするでありますよ」
「あれ、そうなん? まさか俺が目指してる場所じゃねぇよな……?」
初めて赴く場所への期待で胸を膨らませながら進む一行。
リュージの先導に従い、異界探検隊はフェンリル二階部へと足を踏み入れた。
そして、眼前に広がる光景を見てコータとレミが歓声を上げる
「わぁ……!」
「すごぉーい!」
フェンリルの二階部分、一階からは様子を窺うことができていなかったが……そこは天井がなく、吹き抜けのような形になっていた。
周りには落下防止と景観に配慮したものか、フェンリルの外からでも見える壁に覆われている。そして大聖堂を見下ろせるような形でぐるりと大きく楕円を描きながら、様々な商店が所狭しと屋台や席を展開し、皆が楽しそうにその中で過ごしているのが窺えた。
「これは……台湾や上海などで見るような、屋台街を想起させる光景だな……」
「屋台街にゃ、さすがにホストクラブはないでしょうが。風俗系列の営業はどうなってんの、ここ」
コータたちのように感嘆の吐息を吐くソフィアの隣で、マコが奥の方を薮睨みで睨み付ける。
酒を出しているらしい屋台のさらに奥には独特の仕切りがあり、その奥でどうもクラブのような店が展開されているらしい。その一角だけ奇妙に暗く作ってあり、いやらしい雰囲気が漏れ出しているのが遠めにもわかる。
今にも唾を吐き捨てかねないほどに不機嫌になったマコを戦々恐々と行った様子でなだめつつ、サンシターはリュージに先を促した。
「まあまあ、落ち着くでありますよマコ……。リュージ? 目的のカフェはどこに?」
「すぐそこだよ。ドワーフのオッサンが経営してんだけど、量がそこそこで味もまあまあ。値段もこの階層じゃ良心的で、お気に入りなんだよな」
リュージはそう言って、一軒のオープンカフェへと足を踏み入れる。
「喫茶店・ミッドの泉」。そう看板に書かれたカフェ敷地内はそこそこの盛況ぶりのようだった。
店に入ってきたリュージの姿を見て、小柄なドワーフの少女が両手いっぱいに料理を抱えながらも笑顔で応対する。
「いらっしゃいませー! ミッドの泉にようこそー! 空いてるお席にご自由におすわりくださーい!」
「あいよー」
リュージは軽く返事を返し、ドワーフの少女を見送ってから、奥の方に空いている席へと移動する。
特に異論もないので全員がリュージについてゆき、そして空いている席へと無事に腰掛けた。




