男勇者(女)、びびりながら盗賊退治をするの巻~実際に会うと半端なく怖くて盗賊いぢめなんて夢のまた夢~
15日目の日記
どこの世にも悪い人間というものはいるものである。即ち、人が一生懸命働いて得た報酬を暴力を用いて無理やりに奪い取る奴ら―盗賊、追剥ぎ、強盗、である。
今日、この世界で初めて強盗団とやらに襲われた。正直むちゃくちゃ怖かった。なんせ数が多い。20人くらいはいたと思う。対して私は一人で戦わなければならない。なんせグレイは荷物持ちだし。
あっもう死ぬかも……と思いつつも取り敢えずグレイを馬車ごと逃がして、その退路を防ぐ形で剣を構えた。私のレベルは現在15。これで勝てるかどうかは全くわからなかった。なんせ現世では私は「戦い」なんてひとつもしたことのない一介の看護師なのだ。魔物との戦いはせいぜい3匹までが相手だったし格下が相手だったのでなんとかなってきたけれども、20人って、しかも人間相手だなんて、考えたこともなかった。
ほぼ諦めの思考の中、私は妙に落ち着いた気分の中で「もし負けても今は男の身体だから辱められるとかはないな」と思っていた。なんせ昔、お世話になった女性警察官に言われたことがあるのだ。「もし今度また強盗に遭ったとしても追いかけたりしては駄目ですよ。女性の力じゃ男性には絶対にかないません。むしろ二次被害を引き起こしてしまいますからね」二次被害?と尋ねると女性警察官は声を潜めて言った。「暴力だけでなく性犯罪をされかねません」
私はその日、仕事帰りに強盗に遭ったのだ。初めてのボーナスで奮発して手に入れたお気に入りのショップのバッグを持っていた。わかりやすいブランドではなかったが、後ろから走ってきたバイクの男にそれをひったくられたのだった。私は驚いたが、なんせ大事に大事にしていたバッグだったので咄嗟に引っ張り合いになった。しかしもちろんバイクの勢いに私が勝てるはずもなく、私はその場で転倒し、なおかつ数メートル地面を引きずられた。おかげで腕と、主に足が裂傷で血まみれになってしまった。悔しさのあまり半泣きで警察に駆けこんだが、結局大切にしていたバッグは返ってこなかった。数年後にその犯人は同じ容疑で捕まったものの、私の事件はたくさんの余罪の中のひとつであり、中の財布はもちろんバッグなんぞとうの昔にどこかに捨てられてしまったらしい。犯人に弁償できるような資金もないらしく、ほぼ返ってこないと思ったほうがよいですよ……とは連絡をくれた警察の言である。
ということを思い出しているとふつふつと怒りがわいてきた。犯罪はやったほうが勝ちなのか。力があれば勝ち逃げできるのか。弱いものをなめるなよふざけるな!
とまあなんやかんや叫びながら応戦した。がむしゃらだったけれど、やはりこの勇者の身体というものは強かった。筋力も瞬発力も持久力も半端ない。簡単に言うと盗賊の動きがスローモーションをかけたかのようにゆっくりに見えるのだ。というわけで攻撃をさばくことは容易だし、こちらの攻撃は面白いぐらいよく当たる。異世界転移ってすごい。
少しばかりの怪我はしたけれど、全員を叩きのめすまでに10分もかからなかった。背後から弓矢とか飛んで来たらやばかったような気がするのだけど、幸い弓兵はいなかったらしい。
全員叩きのめしてはじめて恐ろしさが湧いてきた。あ~本当に怖かった。死ぬかと思った。呆然としていると、いつのまにか戻ってきていたグレイがこいつらをどうしますか殺しますかと聞いてきた。殺すって怖いこと言うなあと答えると、でも盗賊団ですよと淡々と言われた。
そりゃあそうだよね。弱い一般人にとっては盗賊団なんて同情の余地はない。今回だって奴らは問答無用で殺しにきていたわけだし。たまたま私が強かったからやっつけられたけど、元の私だったら……と考えるとぞっとする。でも人間を殺すなんてできるわけない。別に博愛に満ちた性格でないけれど、常識とか、恐怖とか……それに私は何も伊達で看護師になったわけじゃないのだ。でも盗賊団をそのままにしていては被害者が増えるだけだしなあ……。
悩みに悩んだ結果、とりあえず全員捕まえて近くの町の自警団にまかせることにした。一介の看護師には難しい問題だよこれは。グレイはどことなく不満そうだったので駄目だったかなと尋ねると、勇者様は甘すぎると思いますと言われてしまった。
16日目の日記
村で一泊をした。野宿に慣れた身としては、やはりベッドというものは最高だなと痛感する。野宿ってとにかく地面が固くて身体が痛くなるのだ。なにより魔物や獣に備えて熟睡していられないし。
思いのほか熟睡してしまい、目が覚めたのは日が高く登りかける頃合いだった。隣のベッドに寝ていたはずのグレイの姿はすでにない。見えないところでむちゃくちゃ働き者なのだ。多分いまごろ馬の世話でもしてくれているんだろう。いつもありがとうねグレイ。
私は井戸にむかうと洗面をし、そうして男になってからの日課である髭剃りを開始した。男になってから思うのだけど、この髭剃りってのが地味にめんどい。女は化粧がめんどいけど、男には髭剃りっていう朝の貴重時間を奪うイベントがあるのだからどっちになっても朝の時間というものは限られてしまう。
この勇者の身体、黒髪に明るい琥珀色の瞳の容姿をしている。背丈は173cm強くらいだろうか。特別ハンサムとか美男子とかではないけれど、まあ普通の顔だとは思う。とはいえ持論として男性ってのは顔の作りより清潔さと筋肉と思いやりさえあれば対人間受けはよくなると思っているから問題はない。まあ同様の理由で無精ひげは論外なので、毎朝こうしてショリショリするわけだけれども。
髭をそり、服を脱いで昨日の傷をあらためる。驚くべきことに傷はほとんど治ってしまっていた。この世界の人間がそういう体質なわけではないので、たぶん勇者特有のものなのだろう。上半身裸のまますごいなあと思っていると、背後からふいに声をかけられた。
「あんたが勇者?」
振り返ると、そこには女の子が一人立っていた。燃えるような赤い髪をポニーテールにした高校生ぐらいの女の子で、目つきはきつめだけど結構美少女だと思う。ただ私を睨みつけてきているのであんまり印象は良くはない。
「そうだけど」と答えると赤毛の美少女は忌々し気に語り出した。なんでも昨日の盗賊団は冒険者ギルドにて討伐依頼されていた獲物だったらしい。しかも結構な報奨金をかけられており、それを目当てに赤毛の美少女は盗賊団討伐を一か月ほどかけて狙っていたということであった。要するにあたしの獲物を横取りしやがってこのやろうと因縁をつけられたわけである。
そんなこと言われてもなあと思いながら、社会人対応で「ごめんね」と謝ると美少女は急に静かになった。なんというか、威嚇しまくっていた子犬が思いもよらない反撃にあってびっくりしたような感じだった。よくよく聞くと、女の子はこれまでたった一人で冒険者として生きてきたと語った。なんでもはじめは冒険者ギルドでパーティを組んでいたそうなのだが、パーティ内の男どものセクハラモラハラが酷くて喧嘩別れしたとのことであった。この世界でもそんなことがあるんだね、大変だったねと話していると、女の子の目つきが少しずつ優しくなっていった。
あんた変わっているねと言われたので「そうかなあ、まあ女の子の気持ちはよくわかるからね」と答えると変な奴と笑われた。まあ昔は「女の子」だったからね私も。でも次の台詞にはびっくりした。「しかも凄腕だし。弓兵だけ先に始末するなんて戦闘慣れしているのね」
いやいや待って、弓兵なんていたっけ?そう尋ねるとあの盗賊団の使う主流パターンは即死性の毒を塗った矢を使うことだと言われた。なんでも私がやっつけた盗賊たちのほかに木の上に5人ほど潜んでいたらしいが、先ほど死体が森の中で発見されたとのことだった。何それ怖い。
「あんたが知らないなら仲間割れでもしたのかもね」と女の子は教えてくれたけど、即死性の毒をくらっていたら私は永久にモフ吉と会えないことになる。危機一髪だったのかもしれない。
他にもしばらくいろんなことを話して昼頃に別れたけど、久しぶりに女の子と話せて楽しかった。まあ年下の子だから話をたくさん聞いてあげたことがよかったようで、別れ際にはなんだか名残惜しそうにしていた気がする。
そのことを買い出しの荷物を抱えて帰ってきたグレイに言うと、「勇者様はタラシなんですね」とか淡々と言われた。うーん、たしかに高校生の時に、まあまあの容姿で筋肉もあって優しい年上のお兄さんが私のような対応をとっていたとしたら「ちょっといいな」とか思っちゃうかもしれない。わりかし女の子って単純なものなのだ。(もちろん例外はある)
「グレイももてたかったら女の子には優しくするといいよ」とアドバイスをすると、なんだか呆れたような冷たい目を向けられた。先日の牡蠣事件の後から少しだけグレイの態度がほどけてきているのは嬉しいことなんだけど、こう、クールな突っ込みの方に向かってきている気がする。まあ嘔吐物を片付けられたり、トイレの穴を掘りあったり、一番弱いところを見せ合ったりしたのだから今更取り繕っても仕方がないと思っているのかもしれない。かくいう私もグレイにはかなり打ち解けてきている気がする。
これは生まれて初めてできた男の友達ってやつかもしれない。
だとしたらちょっと……いや、だいぶ嬉しいかもしれないなあ。




