賢者の記憶
オスプレイ機内。
府前基地陥落から一週間が経っていた。松畑隆二は淡路島から関東地方に向かうオスプレイの機中に居た。不死者対策の進捗を現地で実際に見る必要があるからだった。
ビルと家々の間から立ち上る煙が空に伸びていく。誰にも制御されることない火災が広がっているが、やがてそれも燃え尽きるであろう。それは人類社会の最後の燈火のようであった。
そしてオスプレイを追い抜くように強力な赤外線投光器を搭載したCH-47と攻撃ヘリが、劫火型不死者の掃討するために飛んでゆく。地上には戦車と装甲車の群れが走っていくのが見える。
劫火型不死者は攻撃力はものすごいが、攻撃方法と撃破するポイントさえ解れば駆除は簡単だった。個体数がそんなには居ないからだ。日本を再び敵から取り戻す日も近いだろう。
しかし、その攻撃方法を編み出した栗橋友康は、国際指名手配をされた後の足取りは分かっていなかった。
「劫火型不死者は彼らの最後のあがきだと思います、このまま劫火型不死者を屠り続ければコドク過事変は終息しますね」
隆二は攻撃の様子をオスプレイの機内から眺めながら言った。
これまでの観察から一体の劫火型不死者の為に、百体の強化型不死者が必要と見積もっていた。そして一体の強化型不死者は三十体に一体の割合でしか出現しない。確かに劫火型不死者の攻撃力は凄いが効率が悪すぎる。人類を殲滅したいのなら悪手と云わざるを得ない。
「コドクウィルスの進化の目的がDNAの変化に向かなかったのが幸いでしたね」
隆二の隣の席に座る柴田医師が相槌を言った。
そう考えると栗橋友康の物理的な攻撃は、彼らの目的を逸らすのに役にたったのかもしれない。人類にとっての幸運(コドクウィルスにとっての不幸)は友康に出会った事なのだろう。ワクチンが効かなくなったら人類は完全にアウトだったからだ。新たな不死者の配給が止まった不死者の群れは勢力範囲を狭めていっていたのだ。
そんな友康に対する臨時政府の仕打ちは聞いていた、達也が怒りながら自分に連絡して来たのだ。自分の中に怒りのマグマをグツグツと沸騰させながらも、隆二は平然を装っていた。自分は政府側の重要人物とされている、こちら側に居れば友康を何とか手助けしてやれると考えていたからだ。達也にもその旨は言ってお互いに連絡を絶やさないようにしようと言ってある。
世界中の研究者を動員して、臨時政府の悪だくみを亡き者にしてくれると隆二は考えていたのだ。
「…… コドクウィルスか……」
柴田医師が手元のファイルにある、コドクウィルスの電子顕微鏡写真を見ながら独り言のように言った。
「神の意志なのか…… 地球の総意なのか…… まあ、解りかねますがどちらも人類を快く思っていないのでしょうね……」
日の光が差し込む中、揺れるオスプレイ機内で誰に言う訳でも無く隆二は呟いていた。
「劫火型不死者に女性しかいない理由はなんなんでしょうか?」
隣の席にいた柴田医師が尋ねて来た。隆二が考え事している風だったので黙っていたらしい。でも、独り言を呟き出したので話しかけても大丈夫と踏んだらしい。
「次の世代を生み出せるからですよ、彼らコドクウィルスには性別はありませんからね、機能として子孫を作れる器官が備わっていればいいのだろうと思います。だから男性は必要が無いと言う事なんでしょうね」
隆二は憶測の域は出ないのですがと断りつつも持論を述べた。
「もっとも、ワクチンの量産に目途が付いて、新たな不死者の配給が無い事が前提ですけどね」
柴田医師は揺れる機内で居心地の悪そうに椅子を座りなおした。
「何故、コドクウィルスは人間を襲うのでしょうか?」
後ろの席の冨田看護師が、この事変が始まって以来持っていた疑問を隆二に聞いてみた。
「…… そうですね …… 核兵器を作る技術を持つ人間だって、ゴキブリ程度の昆虫を躍起になって殲滅しようとしてるでしょう? それと同じです、彼らは生理的な嫌悪感で、我々を滅ぼそうとしているんですよ」
隆二は事も無げに言った。
「それじゃあ。 何故、巨大化したのでしょうか?」
冨田看護師が続けて聞いてきた。
「一つは自らの兵器を運用するためも有るのでしょうが、僕は先祖帰りではないかと考えております」
隆二が仮定の話だと断りを入れながらも答えた。
「先祖…… 帰りですか?」
思ってもいなかった答えに冨田看護師が聞き返してきた。
「我々は人間の遺伝子の働きを総て解明している訳では無いのです」
隆二が答えた。
「まだ遺伝子マップを作っただけですものね、それぞれの特性や役割を解明できているわけでは無いです」
柴田医師が座席備え付けの机に頬杖をつきながら答えた。
「中には巨人化する情報も含まれていたのでしょうね」
隆二が柴田医師の話に付け加えた。
「旧約聖書のネフェリムですか……」
木村が答えた。彼は宗教方面にも詳しいようだ。ネフェリムとは旧約聖書の中に登場する巨人族の事だ。
「じゃあ、あの超音波砲や劫火砲の情報も我々のDNAの中に有るんですか?」
冨田看護師が尋ねる。
「いや、流石にあれはコドクウィルスが進化させたモノだと思いますよ、でも……」
隆二が言い淀んだ。
「でも?」
木村が先を促す。
「世界中には古代インカやイギリスのストーンヘンジなどの巨石遺跡が有りますよね?」
隆二が答えた。自分のとんでも理論を披露する事に決めたらしい。
「ええ……」
木村が返事をした。
「実を言うと巨石の切り出し方法や運搬方法が解明されていないんですよ」
隆二が答えた。
「鉄のノミで切断できるとテレビでやってるのを見たことがありますよ?」
柴田医師が言った。
「運搬は木材をレールのように敷いて、それに油を捲いてロープのような物で引っ張って運搬したと言われてますけど?」
木村が図鑑などで見た古代人のピラミッドの建設方法を思い浮かべながら答えた。
「そうですね、でも切り出しや運搬は出来ても積み上げるのはどうやったんでしょうか? 現在の重機でやっとこさ持ち上げることが出来る巨石をです」
一同が頷いた。確かに工作機械が発達していない、古代では色々と難しかったに違いない。
「それを巨人が行っていたと?」
木村が尋ねてきた。隆二は頷く。
「もし、何からの機械が有ったのなら、それが壁画に残っていないのは可笑しいと思います。 農作業の様子を壁画に残せるのに、巨大な石を積み上げる工作機械の様子の描写が無いのは不自然なんですよ」
しかし、古代人には巨人が居る光景は普通の光景だったに違いない。だから、わざわざ壁画にする必要性が無かったのだろうと隆二は考えていた。
「そう考えるとコドクウィルスが不死者の身体の巨大化や劫火砲を、短時間で生成出来た謎の糸口が掴めます」
隆二が答えた。
「というと?」
木村が尋ねてきた。
「早過ぎるんですよ。 不死者たちの進化速度は……」
隆二が答えた。
「「「「 ? 」」」」
一同は不思議な感じに囚われた。
「これまでの学説通りなら。 種の進化というのは万年単位で行われる筈です。 ところが不死者の場合はそうじゃない。 進化バージョンが栗橋さんに破られると、一月も経たない内に次の進化バージョンを送り出して来ます」
隆二が説明を続ける。
「普通は試行錯誤しますよね?」
柴田医師が言った。
「はい、カンブリア紀にあった生物種の爆発的増加みたいな感じで様々な種類を派生させて、その中から適切なものが生き残る。 そういうのが進化の過程ではあるはずなんです」
隆二は続けて言い出した。
「でも、コドクウィルスは迷わずに一つの形態を進化させている。 つまり、それは人類が一度は経験していて、我々のDNAの中にすでに情報として残っている事を示していると考えると納得出来ます。 不死者を強化するのに必要な遺伝子が有るのなら、それを活性化させれば良いだけですからね」
隆二が結論付けている。
「じゃあ、コドクウィルスはそれを見つけ出したと言うのですか?」
木村が答えた。
「見つけたというより知っていた…… そう考えるのが普通でしょ、結果が目の前にあるのですからね」
隆二はオスプレイの壁に掛けられているモニターを片手で指さしながら言った。そこには攻撃ヘリに駆逐されてゆく劫火形不死者が映されていた。劫火砲を撃ち攻撃ヘリを落とそうとするがかわされてしまい。そこを大型ヘリの強力な赤外線ライトで視界を奪われ、止めに攻撃ヘリの対戦車ミサイルを口腔内に叩き込まれていた。
爆炎の中に制御型不死者が居たのも見逃さなかった。彼女たちは木の葉の様に舞い上がって、そして炎の中に消えていった。
完成された攻撃方法に彼女たちの抵抗は空しいものだった。そして、人類の攻撃は無慈悲で熾烈だった。
「…… コドクウィルスが更に進化する可能性は有るのでしょうか?」
冨田看護師がモニターでの戦いの様子を見ながら質問してきた。
「ゼロでは無いのですね。 人を生かしたままでも、増殖が可能だと言う事実に、彼女たちが気がつかない事を僕は祈りますよ」
オスプレイの轟音だけが響いてくる中で一同は沈黙し、隆二は口元をゆがめていた。




