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エピローグ

この日、ユルラシア王国は国中がお祝いムード一色だった。


国中の至る所で国旗や花が飾られ華やいだ雰囲気で、人々は「めでたい!」と口々に言い合いながら酒を飲み交わす。


どこの酒場も大繁盛しており、街中には人が溢れ、国中が非常に活気にあふれていた。


特に王都の城下町はそれが最も顕著だ。


メインストリートには未だかつて見たことのないほどの人が詰め掛けていて、一目見ようと、今か今かとその瞬間を待っている。


彼らが何を待ち侘びているのか。


それはこの日、城下町の片隅に位置する歴史ある大聖堂で結婚式を挙げたユルラシア王国の国王夫妻の姿であった。



◇◇◇



「ロイド・ブライトウェル・ユルラシア様。あなたはアリシア・リズベルト様を妻とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。(なんじ)、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」


「誓います」


「アリシア・リズベルト様。あなたはロイド・ブライトウェル・ユルラシア様を夫とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」


「誓います」


私は今、ステンドグラスが美しい大聖堂で、繊細なレースがふんだんに使われた純白のドレスを身に纏いながらロイドの隣に並び立ち、司祭からの問いかけに対して誓いの言葉を述べていた。


舞踏会の日から数週間、そして私がこの国に来て約1年である今日、結婚式を迎えていた。


国王陛下と隣国王女の婚姻とあって、大聖堂の中には数多くの貴族たちが参列している。


その中にはずっと私を支えてくれた侍女のライラ、反乱の中心的存在であったアランやノランド辺境伯、親交を結んだタンガル帝国のヨダニール王子、そしてリズベルト王国から国王代理としてスヴェンの姿もある。


「では続いて指輪の交換を」


司祭の言葉に、私たちはお互いの左手薬指に指輪をはめ合う。


この儀式は前世と同じようで、この世界でも指輪が既婚者の証になるらしい。


キラリと輝きを放つ指輪が指にはまり、「ああ、結婚したのだな」という実感が湧いてくる。


多くの人たちに見届けられる中、私とロイドは目を合わせて自然と微笑み合った。


大聖堂での挙式のあとは、屋根のない馬車に乗って城下町のメインストリートを通り、民へのお披露目の予定だ。


私とロイドが馬車から民へ手を振って姿を見せることが重要らしく、まるで前世にテレビで見た皇族の結婚式パレードのようだ。


私たちが乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出してメインストリートへ向かい出した。


「なんだかすごく緊張するわ」


「大丈夫。アリシアはいつも通り笑顔で手を振っていればいい」


隣にいるロイドにこっそり囁けば、彼は私を励ますように腰に手を回す。


最近では徐々に慣れてきたらしく、ロイドはタメ口で話すようになっていた。


私はロイドの言葉に頷いて見せ、気合を入れるようにお腹に力を込めてから、まっすぐに前を見据えた。


しばらくすると、ザワザワと賑やかな声が耳に飛び込んできて、それはだんだんと近づいてくる。


メインストリートへ続く道の角を曲がった途端、私の目に飛び込んできたのは、所狭しと集まった人々の姿だった。


馬車が現れた瞬間、ワッと割れんばかりの歓声が上がる。


「ご結婚おめでとうございます!」

「おふたりのご結婚を心よりお祝い申し上げます!」

「国王陛下、王妃殿下、万歳!」

「この国をどうぞよろしくお願いします!」


群衆からはお祝いの言葉が口々に紡がれ、拍手や指笛が奏でられる。


どこを見渡しても笑顔の人々ばかりで、皆が心からこの結婚を祝福してくれているのが伝わってきた。


それに応えるように笑顔で手を振っていた私は、ふと人混みの中にある親子の姿を見つける。


フォルトゥナのエドガーさんとミアだった。


2人は涙ぐみながら大きく手を振り「おめでとうございます。そして色々ありがとうございました」と声を張り上げている。


舞踏会で貴族に素顔を晒して以来、私がフォルトゥナに行くことはできなくなった。


直接挨拶は出来なかったのだが、私は2人に宛てて手紙を書き、それをライラに託して届けてもらった。


人質として制限された生活の中、心の拠り所となってくれたあの場所への感謝を綴り、2人にだけは真実を伝えたのだ。


ライラによると、エドガーさんとミアはそのことを2人の心のうちに閉まっておいてくれるそうで、他の人には話していないらしい。


もともと不定期で月に1~2回くらいしかアルバイトもしていなかったので、常連客などもシアと王妃が同一人物だとは気づかないだろうとのことだ。


仮に王妃と似ていると言われても違うと言い張ってくれているという。


そういった心遣いも聞いていただけに、2人の姿を見つけると胸に込み上げてくるものがあり、私はより一層大きく手を振った。


「国王陛下~! 素敵ですー!」

「王妃殿下、お美しいですー!」

「お似合いのおふたりに万歳!」


人々からの歓声はその後もとどまることを知らない。


初めて私たちの姿を目にする民も多く、馬車が通り過ぎるたびにどんどん盛り上がりは増していくようだった。


「こんなに大勢の男たちがアリシアを見つめていると思うと妬けるな。みんないつにも増して美しいアリシアに釘付けになっている」


「えっ? そんなことないと思うけど? むしろ私なんて添え物で、みんな国王であるロイドを見ているわよ」


「いや、私には分かるんだ」


笑顔でお手振りをしていたら、急に隣にいるロイドが突拍子もないことをこぼした。


私の否定の言葉にも耳を貸さず、確信しているような口ぶりだ。


「アリシアと私の仲を見せつけておかないと」


そうポツリと小さな声で呟いたロイドの声は歓声にかき消されて私の耳には届かなかった。


何の予告もなく、突然肩を抱かれてぐいっと引き寄せられると、柔らかい感触が唇に降ってくる。


「キャアぁぁぁぁ――――!!」

「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」


たちまち割れんばかりの悲鳴と拍手が鳴り響き、あたりは今日一番の盛り上がりで包まれた。


この一件は後日国中で話題の的となり、このシーンを描いた絵姿が大流行することとなる、というのは余談だ。


「ロ、ロイド!?」


「これで国中の者に私とアリシアがいかに愛し合っているか知れ渡ることだろう」


満足気な表情で口角に笑みを浮かべるロイドは、実に楽しそうだった。


そしてその赤く美しい瞳には今日も変わらず私への愛が溢れている。



1年前、リズベルト王国で婚姻を言い渡され、国を出る時には、こんな未来をまったく想像もしていなかった。


王族としての身分しか価値のない私は、国のため人質として愛されることのない結婚をし、お飾り妃として生きる覚悟だった。


それで良いと思っていた。


衣食住に困らないだけで恵まれていて、自分は幸せだと信じて疑わなかったのだ。


そうして始まった人質生活。


監視役であったロイドとの出会いが、私の運命を変えたのだ。


今こうして、私自身を求めて愛してくれる人の隣にいて、一生を誓い合った。


幸せすぎてふいに怖くなる。


でもロイドは言うのだ、アリシアには幸せになる権利があるし、まだまだ幸せにし足りないと。


有り余るくらい十分幸せなのに、ロイドはまだまだ私に愛を注ぎ、幸せを与えてくれるつもりらしい。


だから私は決めたのだ。


この幸せを、この国の王妃として、民に還元していこうと。


前世の記憶があるゆえに貧困に喘ぐ気持ちを知っているからこそ、私にできることがあるはずだ。


みんなの笑顔が絶えない、そんな国を彼の隣で一緒に作っていきたい、そう思うのだ――。



◇◇◇



反乱により王座を得たロイド・ブライトウェル・ユルラシアは賢王として名を馳せ、その治世は過去に類を見ないほど豊かで平和なものだったと後世に伝わる。


その国王の隣には常に、美しく聡明な王妃アリシアがいた。


王妃アリシアは多才なことでも知られ、特に斬新な発想には定評があったらしく、この時代の王族女性には珍しいことに国王と共に様々な施策を打ち出したそうだ。


特に貧困対策への思い入れが強かったようで取り組みが盛んであったと伝わっている。


また外国語に堪能だった王妃は積極的に外交にも取り組み、特にユルラシア王国に並ぶ大国のタンガル帝国とは深い親交を築き、これにより貿易が活発になった。


さらに王妃の母国であるリズベルト王国とは、同盟を機に定期的に騎士団の合同演習をするようになり、双方の国の武力向上に繋がった。


これは王妃と親交が深かったと言われる鬼神と名高い騎士団長が中心となっていたと言われている。


当時副団長だった彼は自国を捨て敬愛する王妃の側に仕えたかったらしく何度も直談判したそうだが、国王ロイドにことごとく却下され、叶わなかったゆえに騎士団長の地位に登り詰め合同演習でなんとか繋がりを保ったという一説もあるが真偽のほどは定かではない。



仲睦まじかった国王夫妻には、結婚翌年には跡取りとなる男児が誕生した。


その後も子宝に恵まれて、最終的には3人の王子と2人の王女をもうけている。


父と母になってからもその仲の良さは変わらず、国王の王妃への溺愛ぶりは子供たちも時に呆れるほどだったという。


国王就任時に側妃は娶らず一生王妃を愛し抜くと宣言した国王は、その言葉通り、生涯王妃のみを愛した。


先に王妃が亡くなると、後を追うように国王も息を引き取り、ユルラシア王国は悲しみに暮れたそうだ。


2人の没後、両親の愛情と熱心な教育を受けて育った第一王子が国王の座に就き、他の弟妹たちの支えも得て、立派に父の治世を引き継いだ。


ユルラシア王国はその後も長く歴史を紡いだ国であるが、国王ロイドと王妃アリシアの時代が長い歴史を持つこの国のすべての原点であり、現代においても見習うべき取り組みが多数見受けられると後世の歴史学者たちは見解を述べている。


さらに、全歴史学者たちは満場一致で口を揃えて言う。


国王ロイドと王妃アリシアの治世にユルラシア王国で生きた民は幸せであっただろう、と。




~END~

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロイドの側近としての想いの葛藤などが読めてお互い初恋だからかじんわり温まるような恋愛で読んでいて癒されました。 [気になる点] 番外編でロイドとアリシアの初夜など読んでみたいです [一言]…
[一言] 楽しく読めました! ハッピーエンドで良かった! ありがとうございます!
[良い点] ・下町エピソードが面白かった やっぱ主人公は動いてなんぼ 即位後にもレストラン訪問はできたんだろうか ・母国の幼馴染の騎士がすごく良い奴だった。伏線回収されなくて残念。最終的にアリシアに…
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