双子のパンダと白い迷子
この作品は『双子の白熊猫のきもち』https://book1.adouzi.eu.org/n6239hx/の二次創作です。作者の歌川 詩季様から許可を得ています。
作中のイラストは歌川 詩季様が制作されたものです。
また、歌川様の作品より元ネタをいただいております。
今日はハロウィン!
お菓子をあげなきゃイタズラされちゃうかも。
今日はハロウィン! いつものショッピングモールでも仮装イベントをするんだって。参加したらお菓子がもらえるって書いてたから、お兄ちゃんと甲斐犬のカイくんと、ベルベッティン・ロップイヤーのベルちゃんと、四人で参加するんだよ。
ベルちゃんとはここで待ち合わせ。会うのは久し振りだからとっても楽しみ。
仮装は本格的じゃなくてもいいらしいから、あたしはかぼちゃのぱんつでお兄ちゃんはかぼちゃの帽子。カイくんは持ってないって言うから、あたしの分のかぼちゃの帽子を貸してあげた。
あたしたちの衣装はママが作ってくれたけど、ベルちゃんは自分で作るんだって!
お裁縫上手みたいだし、どんな仮装をしてくるのかな?
双子のパンダのお兄ちゃんとあたし。
今はワクワク白パンダだけど、白黒反転の黒パンダでもある。
まだ自分で上手く変われないあたしは、悲しかったり落ち込んだりしたら黒パンダになっちゃうけど。お兄ちゃんみたいにちゃんと自分で変われるようにって、頑張ってる途中。
誰に押しつけられたんじゃなくて、頑張ることはあたしが自分で決めたこと。あたしから生まれたあたしの気持ち。
だから、まだまだ先は長いけど、あたしは頑張れるんだよ。
そんなあたしとお兄ちゃんは白でも黒でもパンダの兄妹だけど、今日は帽子がおそろいのお兄ちゃんとカイくんも兄弟みたいだね。
でもあたしがそう言ったら、ふたりとも自分の方がお兄ちゃんだって言い張るんだろうな。
ベルちゃんとの待ち合わせはイベントの受付のある広場。あたしたちが着いたときにはもう待ってくれてた。
「ベルちゃん!」
「久し振りだね」
ぎゅって握ったベルちゃんの手はやっぱりすべすべで気持ちいい。
ベルちゃんは襟の立った黒いマントに赤い蝶ネクタイで、耳飾りのリボンがこうもりになってる。
「作ったの??」
「うん。頑張ったよ」
おすそわけって言って、ベルちゃんはあたしたちにフェルトで作ったちっちゃなこうもりのぬいぐるみをくれた。うしろに安全ピンがついてて、くっつけられるようになってる。
「せっかくだから、みんなでおそろいにしたの」
そう笑うベルちゃんのマントの襟のところにも同じこうもりがくっついてる。
「作ってくれたの? ありがとう!!」
さっそくあたしは鞄の肩ひもに、お兄ちゃんとカイくんは帽子にこうもりをつけて、受付に向かった。
仮装してるともらえるスタンプ台紙に五ヶ所全部のスタンプを押したらお菓子をくれるんだって。
スタンプ台紙さえもらっておけば、あとは夕方までにスタンプを押して受付に戻ってくればいいだけだから、先にお昼を食べようってことになった。
お昼はもちろんフードコートで!
もう冷やし中華はおわりましただから、何にしようかな。
トンカツと山盛り千切りキャベツもいいよね。でもあたしはキャベリストじゃないからちゃんとお肉も食べたいし、お豆腐のお肉じゃなくて普通のお肉のトンカツがいいな。
あんまり上手に「いんささ」できないあたしだけど、天丼と天とじ丼のどっちの方が美味しいかはささいなことだと思ってるよ。
今日はまだまだやることあるんだからあんまり悩まず決めないと。そう悩んで決めたカツ丼を食べるんだけど、なんだかさっきから「どんぶりかんじょう」って言葉が気になって仕方ないんだよね。丼にも魂があるよとかそういうことだっけ? それともブリのお刺身丼のことだっけ?
そんなことばっかり考えてたら、お水のコップを倒しちゃった。
隣にいたベルちゃんのトレイもお皿も水浸しになっちゃってる。
「ごめんね」
「もう食べ終わってたし大丈夫だよ」
ベルちゃん、笑ってそう言ってくれたけど。
ホントそそっかしいよね、あたし。
「ほら、もうお前だけなんだから。落ち込んでないで食べて」
あたしを励ますみたいにお兄ちゃんがそう言って。零す前に下げてくるって、ベルちゃんのトレイを持っていった。
カイくんは台拭きと新しいお水を持ってくるからって。
「慌てなくていいよ」
ベルちゃんはにこにこそう言ってくれる。
みんな優しいよね。
しょんぼり黒パンダになりそうになったけど、みんなのおかげで白いままのあたし。
さぁ残りのカツ丼を食べないと!
お箸を持って顔を上げたら、いつの間にかお兄ちゃんたちの座ってた椅子のうしろでじっと立ってる白いのがいるんだけど?
ちっちゃなその子は多分おばけの仮装なんだろうけど、真っ白の布をすっぽり被ってる。目のところに空いてる穴から真っ黒の目がちょっと見えてた。
隣のベルちゃんもびっくりした顔をしてるから、いつ来たのか見てなかったのかもしれないね。
「どうしたの?」
声をかけたらその子は首を傾げて、とことことあたしのところに来た。
「……おにいちゃん」
「お兄ちゃん?」
お兄ちゃんって、あたしのお兄ちゃんのことじゃないよね?
「おにいちゃん……」
今度はうつむいちゃったその子。もしかして、と思ってベルちゃんを見る。
「迷子なのかな?」
「なんだかそんな感じがするね」
一度立ち上がって辺りを見回してみるけど、誰かを探してる子はいない。
「お兄ちゃんとはぐれちゃったの?」
こくんと頷くその子。
「お兄ちゃんはどんな格好してるの?」
顔を上げて、なんだかあたしをじっと見て。
「くろいの……にてるの」
そう言って、あたしにぺたんってくっついてきた。
黒いので似てるってことは、お兄ちゃんは黒い布を被ってるのかな。
「お兄ちゃん、似てるんだね」
そう聞き返したら、その子はしがみついたまま頷いた。
お兄ちゃんとカイくんが戻ってきて、やっぱり迷子だろうねって話をして。仮装してるからイベントの受付に連れて行ったらいいかなぁってことになったんだけど。
その子、あたしにくっついたまま動かなくなっちゃってて。
お店の人にお兄ちゃんを探してもらおうねって言っても、あたしをぎゅっとしたままいやいやって首を振るだけ。
「どうしよう……」
この子のお兄ちゃんも心配してるだろうし、早く連れて行ってあげないとだよね。
それにしても、この子はなんであたしにくっついてるのかな?
あたしはパンダでシャム猫でもないし、もちろんこの子のお兄ちゃんでもないのにね。
「お兄ちゃん、きっと心配してるよ」
だから早く一緒に行こうって言いたかっただけなのに。
「おにいちゃん……」
白い頭がうつむいて、ぐすぐす泣きはじめちゃった。
どうしよう、逆効果だったよ!
どうしたら泣きやんでくれるかな。甘いもの食べたら嬉しくなるから……って、確か入口のところ!
「ねぇ、一緒にこれしながら、お兄ちゃんを探しに行こうよ」
あたしが鞄から出してきたスタンプ台紙を見せると、その子はそれを見てから首を傾げた。
「最後お菓子ももらえるから。お兄ちゃんと食べたらいいよ」
はいっ、と台紙を渡すと、その子はちょっと迷ってたみたいだったけど受け取ってくれた。
ゴールは受付なんだから。ちょっと遠回りするけど、これで受付まで行けるよね。
「俺、先行って事情説明してくるよ」
あたしがそう思ったの、わかってくれたみたい。カイくんが自分の分の台紙をあたしに渡して、先にフードコートから出ていっちゃった。
スタンプ台紙にはスタンプの場所のヒントが書いてあって、正解の場所にはスタンプが置いてあるんだよ。
でもね、実はもうここから見えてるんだよね。
その子は真剣な顔で台紙を見てたけど、あっと顔を上げた。
「これ! わかった! ここ!」
布に隠れた手でぺしぺししてるところには、『ぼくもわたしもパパもママも、ほっぺがおちちゃいそう』って書かれてる。
きょろきょろしてスタンプを見つけたその子は、あたしの手を引っ張って歩き出した。
顔は見えないけど嬉しそうだよね。
お兄ちゃんとベルちゃんも、よかったって顔でついてきてくれてる。
そういや名前も聞いてないやと思って、無事にスタンプを押したその子に自己紹介したら。
「れいちゃんはれいだよ」
きれいに押せたスタンプを見せてくれながら、そう答えてくれた。
次はねぇ、と台紙とにらめっこして考えるレイちゃん。
ヒントはあと四つ。
小さい子向けだから簡単だし場所もいつも行きそうなところばっかりだから、あたしにもすぐわかったよ。
「レイちゃん、これは?」
次はここがいいと思って、あたしは『おうちのテレビもこれくらいおおきかったらいいのにね』ってヒントを指さす。
レイちゃん、ちょっと首を傾げてから、ぱっとあたしを見上げた。
「えいがかん!」
そうそう、フードコートと同じフロアにある映画館!
「いこう!」
レイちゃん、楽しそうでよかったけど。
レイちゃんのお兄ちゃんは心配してるだろうから。早く受付まで連れて行ってあげないとね。
『たのしいおはなしとおともだちにあえるよ』は本屋さん。『こうじげんばじゃないけどクレーンがたくさんあるね』はゲームセンター。
最後のひとつ『おそとでもおうちでも、ワクワクするものがいっぱい!』は、少し悩んでから「おもちゃやさん!」と答えてくれたレイちゃん。全部のスタンプを押した台紙を嬉しそうに見てる。
「じゃあお菓子もらいにいこっか」
「うん!」
ベルちゃんとあたしと手を繋いだレイちゃんは、今度は嫌がらずに受付まで来てくれた。
カイくん、先に来てるはずなんだけど。
「いた。あっち」
お兄ちゃんが指さした方を見ると、あたしたちに気付いたカイくんが手をあげてくれた。その隣に、おなかの部分だけぐるっと白くてあとは黒い毛の、知らない顔のバクの男の子。
それでもなんだか見覚えあるような気がするのは、顔は黒いけど、あたしとおんなじ色分けだからかな。
似てるって言ってたの、もしかしたらあたしと似てるってことだったのかも。
レイちゃんのお兄ちゃんは一瞬驚いた顔をして、それから慌てて駆け寄ってきた。
「レイ!」
「あ、おにいちゃん!」
あたしたちの手を放して、レイちゃんもぱたぱた走ってく。
「どこいってたの?」
「それはこっちが言いたいよ。勝手に行っちゃダメだって言ってあったはずだよ」
「れいちゃんおにいちゃんさがしにいったんだもん」
レイちゃんのお兄ちゃん、ほっとしたのと仕方なさそうなのとごちゃまぜの顔をしてからあたしたちを見た。
「ありがとうございます。受付してる間にはぐれちゃって」
ペコリと頭を下げてくれる。あたしたちも楽しかったって言うと、笑ってくれた。
「おねえちゃんたち、ありがとう」
もう一度押しに行くよりこれがいいって言って、あたしたちと押したスタンプ台紙ともらったお菓子を抱えるレイちゃん。穴から見える目が嬉しそうなのは、気のせいじゃないよね。
「レイちゃん、これもあげる」
ベルちゃんがそう言って、自分のマントにつけてたこうもりをレイちゃんに渡した。
「自分の分は作れるから。みんなでおそろい」
「ありがとう!」
レイちゃん、ぴょんぴょん飛び跳ねて嬉しそう。お礼を言って、レイちゃんのお兄ちゃんが白い布にこうもりをつけてくれた。
「じゃあこれで。本当にありがとうございました」
「ばいばい」
手を振ってくれるレイちゃんに、みんなでまたねって手を振り返す。
あたしたちもよくここには来るし、また会えるかなって思うけど。
たいした距離じゃなくても、時間がいくらあっても、ずっと会えないままのことだってあるから。
だからおわかれはいつも寂しいんだよね。
でもね。あたしは信じてるよ。
絶対、また会えるって!
何度もバイバイしてくれたレイちゃんたちが背中を向けて歩き出して。あたしたちはレイちゃんのと交換したまだスタンプを押してない台紙を持って、反対側のエスカレーターに向かう。
途中でなんだか気になって振り返ったら、もうレイちゃんたちはいなかった。
まだうしろ姿見えると思ったんだけど。なのに見えなかったから、なんだか余計に寂しいよね。
いつかここで会えたその時は。
レイちゃんもお菓子好きそうだったし、今度はカイくんもレイちゃんのお兄ちゃんも一緒に甘いもの食べれたらいいな。
あったかいところで食べるアイスは最高だし。ロールケーキが右左どっち巻きか悩みながら食べるのもいいよね。
今はまだスタンプ台紙を見たらちょっと寂しくなっちゃうけど、それを楽しみに待ってるからね。
だからレイちゃん、またね。
また来年ねって、レイちゃんの声が聞こえた気がしたけど。多分気のせいだよね。
「どうした?」
いつの間にか立ち止まってたみたい。みんなちょっと先に行っちゃってる。
「なんでもないよ!」
お兄ちゃんにそう返して、あたしはみんなのところに走っていった。




