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隣の席の佐藤さん  作者: 森崎緩
隣の席の佐藤さん
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佐藤さんの送信内容

 佐藤さんと連絡を取り合うようになった。


 メッセージが送られてくるのは決まって夜の八時過ぎだ。

 佐藤さんの家はいつも夕飯が六時半、入浴が七時と決められていて、必ずその後になるからだそうだ。

 僕はその時間帯になると落ち着かない気分になる。自分の部屋の勉強机の前で、広げた参考書に頬杖をつきながら待っている。受信音が鳴ると即座に携帯をチェックする。


 彼女の文面はいつも長かった。


『山口くんありがとう。地学の宿題のことすっかり忘れてたから教えてくれて助かっちゃった。今からやれば間に合うと思うからがんばってみるね。明日答え合わせに付き合ってくれると嬉しいな。あとね山口くんが話してくれたドラマ今週から見てるの。面白かったよありがとう。時間が遅いからうっかり忘れて寝ないようにするのが大変だけどすごく面白くて続きが見たいからがんばるね。山口くんは遅くまで起きてるの平気なんだよね。羨ましいな。私は九時すぎには眠くなっちゃうんだ。だから夜遅い番組とかはあまり見れてなかったの。ちょっともったいないことしてたね。今度から遅い番組も気にしてみるようにするね。じゃあまた連絡します。佐藤より』


 改行もせずにぎっちりと、詰めた文章を送ってきた。

 読みにくい。

 僕がちょこちょこ送ってる返事をまとめてしてくるから、長くなるのは仕方ない。だとしても何とかならないんだろうか。絵文字も顔文字も使わないのはいかにも佐藤さんらしいけど、読点を使わないのはどうしてなんだろう。

 まあ、変換ができているだけいいか。全部ひらがなで送られてきたらどうしようかと思っていたけど、そこまで酷くはなかった。佐藤さんにしては結構慣れてる方なのかもしれない――例の、北海道の奴のお蔭なのかと思うと癪だけど。


 ともあれ僕らは新しい交流の手段を得た。

 昼間は学校で休み時間なんかに話をし、夜は携帯でやり取りをする。それだけでもいろいろと佐藤さんのことを知ることができた。

 佐藤さんの家は四人家族で、一人っ子だそうだ。お母さんとお祖父さん、お祖母さんと一緒に暮らしていて、祖父母が早寝早起きだから、佐藤さんもあまり夜更かしができないらしい。

 中学までは別の町に、お母さんと二人で住んでいたという話も聞いた。高校に入学する時にこの町にやってきたとのことだ。友達ができるかどうか不安だったけど、今は学校に通うのが毎日楽しいのだと打ち明けてくれた。

 卒業後の進路はまだはっきりとしていないけど、就職先を探すつもりらしい。まず卒業が先だけど、と苦笑いする顔が浮かぶような文章を貰った。でもまさか、卒業できないなんてことはないと思う。いくら佐藤さんでもだ。

 好きな人に関する話題にはほとんど触れなかった。

 ごくたまに、連絡貰ったんだけど、電話で話したんだけど、という打ち明け話があるくらいだった。今のところは当たり障りのないやり取りしかできていないらしい。その話をする時、佐藤さんの文章はどことなく弾まない様子に見えていた。

 そして僕はほっとする。

 酷い奴だと我ながら思う。


 僕の本心を彼女は知らない。

 僕もまだ、打ち明けるつもりはない。

 秘密を抱えたまま接するなんてずるいやり方だけど、打ち明ければその時点で終わりだ。佐藤さんは『別世界の人間』からの好意を受け取りはしないだろう。それよりも先にこの距離を縮めていかなくてはならなかった。

 時々、思う。

 佐藤さんを不安がらせている『好きな人』よりも、僕は彼女を幸せにできるんだろうか。

 僕には何もない。佐藤さんが僕に言ってくれた言葉も、佐藤さん自身を惹きつけるほどの力では、まだないらしい。それでも僕が佐藤さんの言葉を信じているのは、それしかよすがとなるものがないからだ。

 それに僕は今、彼女を欺いている。――いや、思えばずっと欺いてきたようなものだったけど、友達のふりをしておきながらその実、彼女の想いを否定するつもりでいるなんてことは、許されない振る舞いかもしれない。佐藤さんが知ったらどんな顔をするのか想像もつかない。


 だけどどんなに頭を悩ませても、堂々巡りの思いを重ねても、結局のところは一つの答えにしか行き着かなかった。

 僕は佐藤さんが好きだ。

 僕なら彼女を不安にさせない。それが彼女の幸せに繋がるかどうかはわからないけど、ただ、彼女の不安をなくす為なら何でもできるだろうという気がしていた。


 文章のやり取りはそう長くは続かない。

 佐藤さんは返事を打つのが本当に遅い。だから彼女が連絡をくれて、僕が返信をして、その返事を送り返してくれたら終わりだ。よほど急ぎの用事でもない限り、返信は翌日に回すようにしている。

 僕にとっては次の日の連絡の口実ができる分、ありがたいくらいだった。

 こんなやり取りがいつまで続けられるかはわからない。次の席替えでもしも席が離れたら、教室では話しにくくなるだろうし、あまり頻繁にやり取りしてたら迷惑がられるかもしれない。

 だから僕はこの時間を何より大切にしていた。

 佐藤さんからの連絡を待ち、僕が返事をして、更にその返事が届くまでの時間には、確かな価値があると思った。


『山口くん教えてくれてありがとう。あのドラマって原作が漫画だったんだね。ぜんぜん知らなかったな。貸してくれるのは嬉しいけど持ってくるの大変じゃない? 荷物の多くない時に持ってくるようにしてね。本当にありがとう。山口くんは成績もいいのにドラマとか漫画のこともくわしくてすごいね。話しててすごく楽しい。またいろいろ教えてくれたら嬉しいな。じゃあ明日学校でね。また連絡します。佐藤より』


 彼女から送られてきた二通目の文章を何度か読み返し、僕は携帯電話を机の上に置いた。

 今日はこれでおしまい。寂しいけど、会話ができただけ幸せだ。また明日学校でも会えるんだからよしとしなければ。

 頬杖をついたまま、参考書に目を戻す。最近は勉強どころじゃない気分だったけど、だからと言って怠けてもいられないのが受験生ってやつだ。


 ふとその時、携帯が鳴った。

 受信音は佐藤さんからのものだけ違う曲にしていたから、彼女だと察して、はっとする。

 一晩のうちに三通目をくれるなんて珍しい。今まではこんなことなかった。それにさっきの連絡に、僕は返事をしていないのに。

『山口くんまだ起きてる? もしできれば電話したいんだけどいいかな?』

 佐藤さんがそう尋ねている。

 電話番号を教えてもらってからも、電話をかけたことはなかった。それが今日はどういうことだろう。何か、あったんだろうか。

 僕はすぐに返事を打った。

『いいよ。僕からかけようか』

 五分ほど置いてから、佐藤さんが返事を寄越した。

『山口くんありがとう。私からかけるから少しだけ待っていて』


 それから程なくして、初めて佐藤さんから電話がかかってきた。

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