94話:ダンジョン体験学習
秋も深まり、外は寒さが厳しくなってきた。
通いの馬車の中は暖房魔道具で温められ、私はいつものドレス然とした格好ではなく、馬上服ベースの運動着を着、頭には鋼のように硬いと言われる四本角大山羊のハードレザーのヘルメットをかぶり、巨鉄猪のコートを着ている。カシミヤっぽいマフラーをして、手には革手袋をしている。
ここまでするといっそ汗ばむくらいなのだが、馬車の窓を開けるとびゅるりと吹き込む風が紅く火照った顔を冷やしてくれた。
ぽぽたろうが窓に向かってぽよんと跳び、窓枠にすっぽり挟まった。白くて丸い毛玉のお尻をぷるぷる震わせて冬の訪れを喜んでいる。
私はぽぽたろうを引き抜こうと手の革手袋を外した。馬車の中は十分に暖かいはずなのに、私の手は震えていた。どうやら緊張しているらしい。
侍女ルアが私の手にそっと手を重ねた。
「お嬢様、楽しみですねっ」
にこりと笑うルアの前では、ロアーネがよだれを垂らして二度寝している。馬車がごとりと停車して、その反動でびくんと半目になり彼女は目を覚ました。そして何かごまかすかのように、こほんと咳を一つした。窓にはさまった白い毛玉を「なんだこれ」とうろんげに見つめて、うにゅうにゅと引っ張った。伸びたぽぽたろうはすぽんと抜けて、彼女の頭に乗せられた。
白いポンパドゥール……。
魔法学校に着いた私たちは講義室へ向かわず、朝から裏の魔法修練場へ向かった。そこにはすでに多くの一年生が集まり、わいわいとにぎやかにはしゃいでいる。
そしていつものセクシー先生、おじいちゃん教官の他に、四名の知らない若い先生が前に並んだ。
「本日は基礎後期生のダンジョン体験学習を行います!」
わー!
魔法学校の裏手の奥にはぐるりと塀で囲まれた謎の倉庫のような建物がある。
門の鋼の扉には頑丈そうな錠が付けられていた。セクシー先生が鍵を差し込みがちゃりと回す。
生徒たちは事前に決められた順で列を作り、四人の若い先生が列の途中と最後尾に付いた。先頭はセクシー先生とおじいちゃん教官で、私たち貴族はそのすぐ後ろを付いていく。
セクシー先生の先導で門をくぐり中に入ると、地下につながる螺旋階段が目の前に現れた。
「だんじょん!」
「はしゃがないように」
叱られちゃった。しゅん。
しかしいかにもなダンジョンの姿に興奮が押さえきれない。妖精のお花畑ではよくわからないうちにいきなり捕まって幽閉されちゃったし。
うずうずしていたらソルティアちゃんが「一緒に探索しましょうね」と私に耳打ちをした。するー!
「穴を覗き込まないように。うっかり落ちたら死にますよー」
セクシー先生は注意を促す。
でも欄干が付いてるからよほどのアホじゃないと落ちないでしょ。
私は身を乗り出して地下の穴を覗き込んだら、首根っこ掴まれた。ぷらーん。
地面に下ろされた私の手はしっかりとルアに掴まれた。
「覗き込まないように」
「はい!」
叱られちゃった。えへへ。
私達は懐中魔石灯の魔道具を手に、暗い階段を下っていく。どきどきじゃあ!
事前の先生の説明によると、ここは昔あった砦だったそうな。四本角大山羊などのシビアン山脈の魔物に対抗するための砦だ。私たちは今、砦の屋上から下っている形となっている。
ちなみにダンジョンに棲む魔物とかはいないらしい。ダンジョンとは……。
だけどまあ、体験学習なんてそんなものなんだろう。将来的にお仕事で遺跡などに入る時にビビって怖気づかないようにするだけのオリエンテーションだ。
しかし地下へ下っていくと真っ暗になって雰囲気は抜群だ。というかちょっと怖い。ぷるり。
「ちっこい懐中魔石灯だけじゃ暗すぎるね」
「それこそ精神面を鍛えるためのあえてでしょう。こんな灯りで探索なんて本来はしませんよ」
「だろうね」
生死に関わるのだから、がちがちの装備で入るだろうね。少なくとも灯りはヘッドライトにすると思う。
「ふぉふぉ。もちろんじゃ。フロアに着いたら灯りを灯すのじゃよ」
おじいちゃん教官は螺旋階段の真ん中の穴に、光魔法を落とした。ふわふわと周囲を照らしながら穴に階段二十段ほど落ちていき床に落ちた。落ちた光はその場に残り、螺旋階段を下から照らす。その灯りを見た後ろの生徒たちから安堵の声が聞こえてきた。どこまで続くかわからない闇の階段を降り続けるのはかなり精神に負担が掛かっていたようだ。
過去には光魔法がもてはやされていた理由がよくわかる。
後方がフロアに下りきるのを待ち、百人ほどが昔の砦の一階と思われる場所に雑然と並んだ。
「みなさんにはこのフロアを探索してもらいます」
たんさく!
百人がばらばらと床や壁や天井に懐中魔石灯の光を向ける。するとあちこちから木札を見つけたという声が上がる。
「にゅにゅ姫ちゃん私たちも行きましょう!」
行くー!
左手をルアに、右手をソルティアちゃんに掴まれてらんらんと探索を始めた。両手掴まれてるから灯りが手に持てない。ロアーネ持って。
ロアーネは頭の上のぽぽたろうに懐中魔法灯をぷすりと挿した。するとぽぽたろうから光がぼんやりと照らされる。いいなそれ。
みんなで木札を探して、画板に乗せた紙に見つけた場所の記号を書き込んでいく。ちょっと楽しい。
ちなみにこれ、成績には関係ない。
「三個目見つけました!」
「むむ。私まだ一個……」
『ももももも』
「お嬢様っ! ルアも見つけましたよっ!」
「むー先に見つけないで」
『ももももももも』
「次こっち行きましょ!」
『ももももももももも』
なんかさっきからロアーネがパンでも頬張ってる?
お腹空きすぎてぽぽたろうを口に突っ込んだのかと思ったが、ロアーネはきょとんとしていた。
「なんですか?」
『もももも』
「さっきから何か聞こえるんだけど……」
なんだか『もももも』聞こえる方に近づいてみた。頭の中でどんどん声がうるさくなる。
「なんじゃこれ」
祭壇みたいなものが置かれていた。祭壇だった。「これは祭壇です。触らないように」と木の看板に書かれていた。観光名所かな?
祭壇から『もももも』聞こえてくるということは、神様でもいるのかな。それとも精霊?
ああ、もしかして魔力の思念を飛ばされているのか?
「ロアーネ聞こえる?」
「いいえ。ふむ。祭壇ですか。なんだかまたトラブル起こしそうな気がしますね」
「起こしてないけど……」
『もももももももっ!』
もー。ももももうるさいなー。
ついでに祭壇を調べてみる。木札ないかなー。看板の裏に記号が書かれてたりして! ちらっ! さすがに何もなかった。
祭壇自体にも特に魔法的な仕掛けもなさそうだし、何かいる気配もない。
すると亡霊みたいなものなのかな。ひっ! 私ホラー嫌い! ぶるりっ。 なんだか首筋がひやっとした。
そっと首に手を伸ばしてみると、そこには……もにゅっとした感触がした。ひぃ! なんだか光る白い毛玉が! なんだぽぽたろうか。ぽぽたろうが首に貼り付いていた。
「脅かさないで」
「私じゃありませんよ。勝手に飛び乗ったのです」
そうかそれならゆるそう。むにゅむにゅ。
で、なんだっけ。
『ももももも』
ぶるるるるっ。『も』の声に反応してぽぽたろうが振動した。
なんだ? 精霊同士で反応してるのか? もしかして精霊だけに聞こえる声なのかな。ほら、私もいちおう泉の精霊らしいし? その割には水魔法使えないんだけど。本当に合ってる?
『ももももももも』
ぶるるぶるるるんっ。
なんとなく震えるぽぽたろうを祭壇にお供えしてみた。するとぽぽたろうの毛がぴかーっと輝き出した。これが正解か!?
『ももももも!』
ぶるるるる!
なんだか光が祭壇に吸い込まれていって、ぽぽたろうが小さくなっていってる気がする。ぽぽたろー!
私は慌ててぽぽたろうを祭壇から取り上げた。ぽぽたろうに刺さってた懐中魔法灯が床にころりと転がった。
「ぽぽたろう吸われちゃった!」
頭に乗せて帽子になるくらいのサイズがあったのに、拳サイズになってしまった!
おのれ祭壇! 私は祭壇に台パンした。バンバン! 埃がキラキラと舞い上がる。
私が祭壇に手を乗せると、ずるりと魔力を引き抜かれた感触がした。ぬぅ!? この祭壇自体が魔道具だったか!?
手を離そうとするが、手首をぐっと掴まれてる感触がする。助けてー!
『ももももー!』
「いま私にも『助けて』と聞こえました」
違うロアーネ! それ私の声!
きょ、強制的に抜き取られるぅー!
「ちょっと興味あるので、そのまま魔力を注ぎ込んでみませんか?」
「ひどい!」
びゅるっ。私は魔力を抜き取られた。
私の魔力を呑み込んだ祭壇がぴかーと輝き、ぴょこんと黒いトゲトゲしたものが飛び出した。
ふむ。ウニかな?
「何か禍々しい気配がしますね……」
やっぱり? 消しとく?
ウニは祭壇の上をうにうにしながら私に近づいてきた。
ソルティアちゃんとルアはロアーネの後ろで様子を見ている。
異変を感じたのか、おじいちゃん教官がいつの間にか隣に立っていた。
「この祭壇に触れたのかね?」
「はい! ごめんなさい!」
とりあえず謝っておこう。私は美少女なので謝ったらとりあえず何でも許される。そうやって甘やかされて生きてきた。
「で、これはなんですか?」
「これは使い魔を呼ぶ魔道具とされておる。起動したところを見たのは初めてじゃがの」
使い魔……使い魔!? かっこいい!
でも出てきたのはウニ! かっこわるい!
「何日も魔力を注ぎ込むことで、その者の魂の精霊を具現化すると古い文献に書かれておった」
「私の魂、ウニやんけ!」
祭壇の上で丸いウニ精霊がトゲをぷるぷると震わせた。




