82話:お腹の魔力
ついにやっちまったのだぜ。
濡れる足元は先ほど飲んだ紅茶の甘い香り。正面に空いた壁の大穴から風が吹き込み、私の足元をくすぐっていく。
マジックアローは私が四本角大山羊を倒した時に使った魔法だ。その時のイメージが浮かんでしまい、うっかりフル出力をしてしまった。てへぺろ。
おじいちゃん教官がぷるぷるしながら私の下へやってきた。へへ。なんでございやしょう。
「破門!」
おじいちゃん教官は私に指を突きつけた。入学三ヶ月にして私は魔法学校を退学通告をされたのであった。
「ホゴロフ先生。ちょっと」
ロアーネがおじいちゃん教官に耳打ちをした。
「合格じゃ!」
なんでや、そうはならんやろ……。
「何言ったのロアーネ」
「うっかりあの威力の魔法を撃つ子どもを野放しにしていいんですか? と言っただけですよ。あと私はドロレスですよ」
なるほど確かにそれはそうだ。でもあのおじいちゃん血迷って合格とか言ってたけど。それなら合格出しちゃだめだろ。
まあそんなことより私の処理の方が大事だ。大穴の空いた壁に隠れてソルティアちゃんにお股を洗い流してもらう。恥ずかしながらドレススカートをたくしあげ、魔法のお水を下腹部にぶっかけてもらう。
ふう。これでごまかせた。
「何もごまかせてないと思うのですけど……」
「すっきりした」
「すっきりはしたと思いますけど……」
次に乾かしてもらうためにヴァイフ少年を呼ぶ。おーい。
しかし呼ばれて要件を言われたヴァイフ少年は顔を赤くしてうろたえた。
「いや、それはだめだろ……」
「いいからいいから」
照れるな照れるな。ちょっと年下の同級生の女子のスカートに手を突っ込むだけだ。ふむ。改めて考えると、かなりアウトだな。
ヴァイフ少年をそそのかせて無理に風魔法を使わせたら、私のスカートがぶわりとまるごとめくりあがった。おわわっ!
「へたくしょ!」
「ごめっ! いやだって!」
そうだ。ヴァイフ少年はまだ魔法の出力が下手なんだった。なるほど。出力制御の安定はやはり大事なんだな。壁の陰でよかった。あやうく人前で露出少女になるところだった。目の前の少年少女はノーカウントとする。
ふむしかし。私は振り返り壁に空いた穴を見た。
壁の後ろに人がいなくてよかった。射角は水平より上向きだから、壁の向こうはちょっと木の上の部分が消滅しているのがあるくらいで被害はなかった。よかったよかった。
……こっちもなんとかごまかせないかなこれ。
「ごめんね知らない木さん。うっかり上の方を消滅させちゃって」
知らない木さんは下の方の枝をぶんぶんと振った。
「怒ってる?」
ぶんぶん。
……わからん。
「許してくれますよきっと。木は生命力が強いんですから!」
「本当に木と会話できるんだな……」
会話って言っても木の気持ちはわからんのだけどね。
かといっていちいち植物の声があちこちから聞こえまくるファンタジーエルフみたいになっても、それはそれで困るけどね。そうなったらやかましすぎるし、一方通行なくらいが気楽でいいかも。
さて、この後は午後の講義だ。
何事もなく一日が終わり、壁穴事件のことは許されたのかと思ったが、講義の後にセクシー先生に呼ばれてしまった。
「学長がお呼びです。付いて来なさい」
ぷるぷる……。助けてロアーネ!
「私も一緒に行きます。その場におりましたので」
「先生! 私も行きます!」
「おれも行く」
ロアーネ! ソルティアちゃん! ヴァイフ少年! み、みんな!
「俺、も行く。きっかけは、俺、だから」
ゴンゾー!
「わたすも、見てなかったけど行きマァす!」
ビリー! いや、見てなかったら参考人にならないだろが。
そしてこの五人が付いてくることになった。ビリーはいらんと思うけど。
ふふ。これだけ人数がいれば心強い。学長になんかに私はビビらない!
「学長。今日の修練所で壁を撃ち抜いた一年生をお連れしました」
「うむ。入れ」
学園長は顔に傷跡が入りまくった熊のような大男であった。ぶるり。
室内にはおじいちゃん教官も待っていた。
私はちっこくなってみんなの後に正面のソファーに座った。
「まず何があったのか聞かせてもらおうか」
何があったかと言われてもなぁ。私はしどろもどろに一から説明した。
このヤフン人のゴンゾーは魔力弾が苦手だった。なので魔法の矢をイメージしたらどうかと教えた。彼が成功したので私も真似して魔法の矢を撃ってみた。だけど私の魔法の矢のイメージは、三年前に四本角大山羊を撃ち殺した一撃だった。うっかりそれが出ちゃった。ごめんなさい。
「ふむ。精霊姫の噂は与太話と思っていたが、まさか本当に個人であの威力の魔法が撃てるとはな」
クマ学長は葉巻のようなものを口に咥えて吸った。それ火付いてないよ。いや、タバコじゃないのかな? そういえばこの世界でタバコ吸ってる人って見たことないな。タバコがまだない? まあそれは置いといて。
私がぽけーとしていたら、ロアーネが口を開いた。
「学長。この子のお付きである私が説明いたします。この子があの威力の魔法を撃つには条件があります。それと制限を越えた一撃であることはおわかりいただけるでしょう」
「うむもちろんだ。今後の対応のためにもその制限解除の条件を知りたい。本人の口からな」
制限解除?
はて、と首を傾げて考えた。
学校メイドさんがお湯を注ぐ魔道具ポットで紅茶を淹れてくれた。
ずずっ。さすが学長に出されるお茶だ。おいちい。
「私が言うの?」
「そうだ」
みんなの視線が集まる。こんなことならみんなを連れてくるんじゃなかった!
「お……」
「お?」
「おちっこ」
ロアーネ以外がきょとんとした中、セクシー先生が「おトイレですか?」と立ち上がった。いや違うのじゃ。
「おしっこ出るとああなる」
「む……ふむ……」
変な空気になってしまったが、私のせいじゃないのじゃが?
「では今後は魔法を使う前は忘れずにトイレに行くようにしたまえ」
「あいっ! 以後気をつけます!」
許された……。
学長室から出たら緊張が解けてさっそくトイレに行きたくなった。ふぅ。
しかしみんなの前でお漏らしギミックを暴露させられてしまった。はずかち!
「あの、私もお父様と狩りに出かけた時に外で粗相をしてしまったこともありますし、その……」
ソルティアちゃんが、自分の体験談で慰めようとしてくれて顔を真っ赤にしてかわいい!
「はは! 気にしないでクダサイね! わたすも小さい頃、小便垂らして鞭打たれたです!」
アフロビリーの体験談はちょっと笑えないから止めたまえ!
「《なんか、俺のせいで巻き込んでしまったみてーで、すまんかったな》」
「《私のうっかりだから良いってことよー》」
私とゴンゾーが日本語とヤフン語で会話したらみんなきょとんとしてしまった。
説明が面倒だから、私はヤフン人に育てられたってことにしておいた。育てたおっさんは死んでしまったんだけどねって言ったらソルティアちゃんに悲しまれてしまった。いやごめん、話したその死んだおっさんは私なんだ……。おろおろ。
さて。
お咎めなしかと思ったら、翌日学校へ呼び出しを食らった。おろおろ。
ロアーネとルアと一緒に修練所に向かってみるとすでに壁の穴が埋められて修復されていた。さすが魔法学校だ。
そして問題の裏手に回ってみると、なんか上の方が消滅してる木がキラキラ輝いていてこれは……。
「幹が魔法結晶化してますね」
ロアーネの言う通り、幹の表皮の部分がめくれて琥珀色の水晶がにょっきり生えている、ファンタジーな木になっていた。
あらー。
そして魔法結晶に包まれた木は、枝をふりふりとして私を出迎えてくれた。
クマの学長さんに説明を求められたけど、見たまんま、魔力をぶつけたところから魔法結晶化しただけとしか言いようがない。まあそういうこともあるよね!
ないらしい。
「魔法結晶を作り出すとは信じられん……」
作り出したわけじゃなくて、勝手にできただけだけど。
なんやかんやあって、この枝をふりふりする水晶樹と私は研究対象になった。
……私も!?
薬草園で研究している白衣おっぱい研究員さんがその場に現れ、再び事情が説明なされた。
再び制限解除の秘密を暴露タイムであった。
「お腹の中が見たいですよね~」
「解剖されるー!?」
私はルアのぽよぽよに泣きついた。絶賛成長中のぽよぽよである。
「お嬢様のお腹って美味しそうですよねっ」
そう言ってルアは私のお腹をむにむにした。食べられるー!
私はうろたえながらおへそを隠した。お腹の中には朝食べたアップルパイしか入ってないよぉ。
ルアに前を向けられて両腕を抑え込まれた。そして白衣おっぱい研究員さんに、問題の私のお腹をもみもみされた。くすぐったいし変な気分になってくる。いやらしい意味ではない。
触診は問題なさそうなので、研究員さんは次に魔力を計る魔道具を取り出してお腹に近づけた。
そしたら魔道具から白い煙がぷすぷすと立ち上った。
「え? 故障~!?」
研究員さんが慌てて器具を私のお腹から取り外すも、がほんっと外装が破裂して閃光を放った。目がぁ!
ひとまずわかったことは、私のぷにぷにぽんぽんは頭おかしい量の魔力を秘めているようだ。うん。なんとなく今までの周りの反応から気づいてたけど……。
「なるほど~。普通はこんな魔法器官を心臓に内包していたら、死ぬか異常が出ておかしくないはずなのにお腹だから生き長らえられているみたいですね~」
え、え。私は思わず自分のお腹をむにむにした。そんなにやばい感じなの?
「だけどどこまで身体が持ちこたえるかわかりませんから、無理な魔力行使は止めましょうね~」
え、え。無理というか、勝手に出ちゃうくらいゆるいんだけどこいつ。むにむに。
ロアーネにも散々「成長しなくなるから無茶はするな」と言われて控えていたら背が伸びたけど、逆に言うと魔力を使いすぎると成長が止まる? むにむに。
すると、目の前のこの合法ロリも、昔に無茶をして成長が止まっているのか? むにむに。
「なんでドロレスのお腹を揉むんですか。私はお腹じゃないですよ」
む。ロアーネはお腹仲間というわけではなかったのか。じゃあお尻かな。むにむに。
「いい加減にしなさい!」
ぽぽたろうでぼふんと叩かれた。えーんルアー!
私はどさくさに紛れてルアに抱きつき、ルアのお尻を揉んだ。ふむ。ルアの方が大きい。自称偽十五歳は真正十三歳に完全敗北である。むにむに。
それで私はこれからどうしたら? 施設に入れられたりする? 何をされるかわからない。警戒しなくては。
「これからもお姉さんと仲良くしましょうね~。クッキー食べる~?」
「食べるー!」
はっ。私のおっさんの中の幼女がうっかり釣られてしまった。
おのれおっぱい白衣お姉さんめ!
「植物を揺らす魔法についても教えてね~」
はっ。薬草園とかあちこちで精霊魔法(仮)を勝手に試していたのを見られていた……?




