80話:精霊姫の魔法
薬草園を離れ、続けて探検をする。
またなんかあっちに植物いるーと思ってとててててと近づいたら背中を引っ張られた。尻もちぽすんとついてお尻が汚れた。あてて。
「なにすんの、ろあドロレス」
「注意書きくらい見てください」
注意書き?
看板の文字を読んだら、「人喰い魔植物につき近づくな」と書かれていた。
その植物は蛇みたいな蔦がにょろにょろして牙をカチカチ鳴らしていた。こわっ!
「なにこれ。燃やしたほうが良くない?」
「こんなものを育ててるとは……何か陰謀を感じますね」
陰謀とかじゃ絶対ないと思うけど。
「近寄ろんとこ」
「近づこうとしたのはティアラ様ですけどね?」
この学校やべえな。うかつにうろつくと死が待っている。
白衣さんがおっぱい揺らして駆けてきたので、これもあの人の管轄か!
「私もろあドロレスの感覚が正しい気がしてきた」
「ですよね。やはりこれはティアラ様を陥れようとする罠……」
いや罠とかじゃないと思うけど。
もちろんロアーネも本気で言っているわけではない。
他に探索を続けたら、果樹園があったり、野菜が植えてあったり。この辺は普通だ。じゃがいもだじゃがいもー。
「品種に令嬢芋って書いてある……」
「研究されてますね」
隣の国まで来ていたか。大きくなれよ私の芋。
私が手を振ると、じゃがいもちゃんも葉っぱを振った。
「いま芋の葉っぱが手を振らなかった?」
「ポエムですか?」
ポエムじゃないけど。
「見てて。おーいっ」
私が手を振ると、再びじゃがいもちゃんがゆらゆらと揺れた。
「ほら! 反応してる!」
「風に揺れただけじゃないですか?」
むぅ。信じてくれないし。
「えっとじゃあ、そこの一番手前のじゃがいもくん。君。一緒に踊ろうぜ!」
呆れた顔でくねくね踊る私を見る仮名ドロレス十五歳の視線が冷たい。そして春の風も冷たい。
そして手前のじゃがいもくんはぷるっぷるっと震えて、ぽんと畑から飛び出した。そして土の上でぷるぷると震えた。
「まじですか」
「じゃがいもって意思持ってたんだね」
おっと、農作業していたお兄さんが私の方を睨んでいた。畑荒らしじゃないよー。
ほら、じゃがいもくん! 土にお帰り!
じゃがいもくんはぷるぷるしながら土の中へ帰っていった。ふぅ。証拠隠滅じゃ。
そして私は逃げ出した。ぴゅうん。
庭園の中にガラスのテラスがあったので、その中のベンチに私たちは腰を下ろした。
「そんなことできたんですか」
「あのじゃがいもが特別なんじゃないの? 魔法学校の植物だし」
ぷにぷに幼女を食べようとする植物も生えてるくらいだし。
「どうやったのですか」
「え? 以前教えて貰った、魔力に意思を乗せてにゃんこと会話するのと同じだよ?」
「ちょっとそこのタンポポに話しかけてみてください」
「タンポポやっほー」
私が手を振ると、タイルの隙間からにょきにょき生えてるタンポポたちがゆらゆらと花を揺らした。
思わず私は恐怖を感じる。
「うわっ! 成功した!」
「なんでティアラ様が驚いてるんですか。こういうことって前からできたんですか?」
「え? 知らんけど……あっ」
私は一つ、謎の現象を思い出した。
「私が誘拐された時さ、ソーセージが荒ぶった」
「なんですかそれ……。そういえばソーセージが犯人に突き刺さったとか言ってましたね」
「そうだよ。ソーセージの精霊は本当にいたんだよ」
あのあと精霊チップスからソーセージの精霊が公式販売された。ソーセージの後ろにデフォルメの豚が涙を流しているちょっとソーセージが食べづらくなるやつ。イラストレーター私。
「ろドロレスはできないの?」
「やってみましょう」
タンポポに手をかざしてむむむむっとうなるドロレスさんじゅうごさい。中身を知らなければ見た目だけはかわいい。うっかりナンパしようとすると「ご宗教は?」と逆に勧誘されて壺とか買わせてきそうなタイプである。
そして結果、タンポポはそやそやと風に揺られるだけであった。
「ろドレスにも苦手なことあるんだね」
「普通できませんから。ドロレスですから」
もうややこしいねんて。
さて。どうやらなんか私の謎能力が解明されたようだ。まあ植物に話しかけたりしないしなぁ。する人もいるけど。魔力に意思込めたから判明したわけだけど。
魔力操作だけで魔法使えないと思ってた私にもできることあった! なんかわくわくしてきた!
目の前にぽとりと木の実が落ちた。私じゃないぞ。上を見たら、木の実を鳥がちゅんちゅんと突っついていた。
ふむ。
「鳥さんや。落とした木の実は食べないのかい?」
しかし鳥は反応しなかった。あらやだ恥ずかち!
「鳥はだめなんですか。石はどうです?」
結果、私は石に話しかける幼女になってしまった。見知らぬ女子生徒たちが口に手を当ててくすくすと笑った。恥ずかち!
「これは研究のしがいがありそうですね。今のところ、植物とソーセージを動かす魔法のようですが」
「どんな魔法じゃ」
分類が謎すぎるわ。
そして午後の鐘が鳴った。あ、魔力弾の時間だ。
私たちはぽてぽてと先ほどの実習レーンに向かい、ソルティアちゃんと一緒に練習をした。
ソルティアちゃんは魔力を抑えるのが大変のようだ。羨ましい。私は尿意を抑えるのが大変である。実技は好き勝手練習する感じなので、こっそり抜け出しておトイレに向かう。ふぅ。
この後は最初の座学授業。講義室でノートを広げた。どうやらテキストはないようだ。聞き漏らさないようにノート取らないといけないのか。大変だぞ。
ちなみにアフロビリーは私の後ろの席に座ってもらった。板書が見えないからね。
最初の授業はクルネス語の文字からであった。そして魔法など基本的な単語から。本当に基礎ね。まだ魔法の話には入らないようだ。ふわわ。
「はっ」
からんこらんと鐘の音で私は目覚めた。
「おはようございます」
「おにゃよう」
んーっと伸びをしてノートを見た。うむ。途中から~~~~と蛇になっておる。
「簡単な授業でしたからね。ノートは私のを写せばいいですよ」
お、持つべきものは合法ロリだ。これならいくらでも授業中に寝られるね!
「あの、私も少し見させてもらってもいいですか? 少しわからなくて……」
隣のソルティアちゃんもロアーネのノートを見て一部を書き写す。
そしてヴァイフ少年も「俺もいいかな?」と混じってきて、アフロビリーも「私ほとんどわかりませんデシター」と西のスパルマ共和国の文字が混じったノートを広げてみせた。ビリーは同じ内容を復習する明日の午前も授業に出た方がいいと思う。
帰りもモランシア家の馬車に揺られて帰る。疲れからか、ちょっといつもより頭がぐわんぐわんしてくる。うえっぷ。
そして私は部屋のベッドにぼふんとダイブした。ぽよよんと跳ねてころんと仰向けになった。
侍女ルアが濡れタオルで私の顔を拭いてくれた。
「ふひー。疲れた」
「お疲れさまでしたっ。学校はどうでしたかっ?」
「んー。学校って感じだった」
庭に変な植物が生えてる以外は割と普通に学校だった。
アクシデントもなかった。人喰い植物に食われかけたけど。
「あれっ? お嬢様って学校に行ってたことがありましたっけっ?」
「うん。魔法の学校は初めてだけどー」
「ふふっ。それはそうでしょうねっ」
ルアと魔法学校話に花を咲かせた。あの人喰い植物はルアが通っていた頃もいたらしい。なんなのいったい……。
「それでねーんとねー。そうそう! 私、魔法で植物が動かせることが判明したんだ!」
「ほんとですかっ!? 植物魔法すごいですっ」
私とルアは手を取り合ってぐるぐる回った。やば。馬車酔いの後に回転はだめだ。ぐにゃあとベッドに倒れ込んだ。
ソファでいつものようにぽぽたろうをクッションにして読書しているロアーネが「何してるんですかもう」と顔を上げた。
「植物を動かす魔法見せてくださいっ!」
「よかろう。ふぬっ!」
私は花瓶のお花に手を振った。お花はぷるるっと軽く震えた。
「動いたっ! 動きましたねっ!」
「ふむー?」
あれ? 動きが悪いな。花瓶の花だからかな?
他に動きそうなもの……ぽぽたろうでいいや。おーいぽぽたろー。こっちおいでー。
するとロアーネの手からむにににとぽぽたろうは抜け出し、すぽんと飛び跳ねて床をころころと転がった。
「ロアーネのクッションが逃げた!?」
いや、ぽぽたろうはクッションじゃないから。むにむに。
「すごーいっ! お嬢様は植物だけじゃなくて精霊にも呼びかけられるのですねっ!」
んむ。んむ?
ルアのぽんわか声にロアーネがはっと振り返った。あ、それ答えなん?
そして私の精霊魔法(仮)を色々試してみた結果、やっぱり植物の葉をゆらゆら揺らす程度の力しかなかった。
「おそらく相手の魔力量で意思疎通ができるか変わるのでしょう」
ふむー? すると学校の畑からぴょっこり飛び出た令嬢芋は魔力が多かったということだな。
「そういうことでしょう。ということで白衣の人に見つかる前に試してしまいましょう」
「勝手にいいのかなぁ」
朝から学校の薬草園に来たのだ。ここには魔力が魔道具に吸われて、魔力のない草が生えている。それに向かって私の精霊魔法(仮)を試してみることにしたのだ。
「私の目の前の薬草ちゃん。元気かえー?」
私は両手を挙げて左右にふりふりをした。すると目の前の薬草はぴくりともせず、魔道具の置かれていない魔力を含んだ薬草ちゃんが葉っぱを左右にゆらゆらと揺らした。
「なるほど。そういうことだったのですね」
そういうことだったらしいな。
だけどこれ、だからどうしたって感じな魔法だなぁ。草と一緒に踊るだけじゃん。草。
「ソーセージの件もありますし、検証すれば色々できるようになるかもしれませんよ?」
「ふむー」
しかし、その辺のソーセージに呼びかけてみたけど何も反応しなかったんだよな。
その結果、私は食卓でソーセージに話しかける変な子になってしまった。
「変な子なのは元からなので気にしなくていいと思いますよ」
「なんじゃと!?」
ロアーネの方が絶対変だと思う……。
ちらっ。
「何か?」
あれ? おかしいな。絶対こいつ私の思考を読んでると思ったのにな。魔力が多いものに意思が伝わるということは、魔力の多いロアーネにはビンビンに思考が読まれてると思ったのだが。なんかよく頭の中の考えに返答してくるし。
「読んでませんよ?」
やっぱこいつ読んでやがるな!? 頭にアルミホイル巻かなきゃ!




