40話:贋作グループ
祭りの最中に面白いものを見つけた。それは船の模型である。
木札工場で監督をしている職人の作品らしく、木で作られた帆船でちゃんと水に浮くらしい。
「本当に浮くの?」
「ええもちろんですとも姫様」
もし沈んだらねちねちと弄ってやろうと思いつつ、私は裏庭のプールに水を張らせた。
シリアナとリルフィ、そしてタルト兄様も興味津々で立ち合っている。
「しんすい! んー? ちゃくすい?」
私は両手で抱えた船をプールにそっと浮かべた。
お、おお! 浮いてる!
「おふねー!」
「おーすげー!」
「浮きましたね!」
動力もない帆船の模型がただプールに浮かんだだけだけど、なんかロマンを感じてしまうガキんちょズとおっさんなのであった。かっけぇー。
「リルフィ、氷浮かべよう!」
「はい姉さま」
プールに流氷を作るのだ!
ちっちゃい木の枝も浮かべて流木風に。
「ぽぽさぶろーも浮かべるー!」
シリアナがぽぽじろーと合体して一回り大きくなったぽぽさぶろーをプールに投げ込んだ。ざぶんこ。波で帆船が揺れる。
「海の魔物さぶろーをやっつけろ戦艦プロスタルト号!」
タルト兄様が船に勝手に自分の名前を付けておる。だけど模型の大砲は撃てないから衝角による突撃しかできないぞプロスタルト号。船首にくくりつけられた紐が引っ張られ、ぽぽさぶろーへラムアタック!
ぽぽさぶろーは二つに割れた。
「しゃぶろー!」
三郎次郎に戻ったぽぽ兄弟の一匹は、カルラスの元へ返された。
さて。そんなこんなで祭りから一週間が経った。
贋作の犯人は捕まったようだ。牢屋に入れられたのは隣町で屠殺場で働いている少年グループ四人。こいつらは質の悪い贋作を作り、さらに下の子どもたちに無理やり売りつけていた。楽しそうな贋作グループがいるのかと思ったら、ただの悪どい不良グループだった。
一人は制作を指示したリーダー。
一人は廃材を盗み、贋作を売る売人。
一人は屠殺の包丁で廃材から木札を切り出した器用なやつ。
一人は木札に焼入れをする火魔法使いであった。
思ったような創作グループではなかったが、私はそいつらに会ってみたくなった。止められても行くぞ私は! 少年たちはオルビリアまで連行され、雑に身体を洗われて、汚い衣類は剥がされ、手枷足枷首輪に縄でぐるぐる巻きにされて、宮殿の裏庭のプール際に並ばされた。
彼らは水責めの刑にされると思い怯えている。くくく……。そのプールの水は模型の船を浮かせて遊ぶために入れたままなだけだ。私がプール越しに立っているのは、もしもの時のために罪人と距離を置いてくださいと言われたためだ。
ドレスでキラキラな姿の私が姿を現すと、彼らは憎悪の目で私を睨んだ。ふむふむ。私はコンビニでたむろするチンピラを思い出して、思わず玉がひゅんとする。玉なかった。
こほん。
「私は君たちの返答次第で生かすつもりだ。下手な口を利くとどうなるか、わかっているね?」
彼らは反抗的な目のままだったが、言葉は届いているようだ。なので私は彼らの猿ぐつわを外すように指示した。
外した瞬間に、リーダーの少年が「死ねビチグソが」などと汚物発言をしたので、衛兵が思わず背中を蹴りとばし、彼は縛られたまま秋の冷たいプールに沈んでしまった。
いや、私のためとはいえ、目の前で死なれるのもちょっと……。ねえ、誰か助けて上げなよ……。助けられるのは私だけだった。
「引き上げろ」
縄が引っ張られ、リーダーの少年の顔だけが面に出される。良かったね、呼吸ができて。
「じゃあまずプールのお前。なぜ贋作を作った? 答えよ」
「豚の餌になれ」
少年の縄が引っ張られ、身体からきしむ音が聞こえた。だめだこいつ。
代わりに売人の少年が口を開こうとし、衛兵が蹴り飛ばそうとしたのを私は止めた。
「よい。話せ」
「俺たちは金が欲しかったんだ、です」
まあそうだろうな。それはわかってる。
「それは――」
「俺たちがクソほど豚を捌いても金にならねえからさ」
リーダーの言葉が本当か私はカンバに確かめた。賃金ちゃんと出てるよね? 生活には困るかもしれないが、彼らは住み込みで食事も出るので冬を越すには問題ないでしょう、とカンバは答えた。ふむ。すると遊ぶ金には困っていたかもしれない。しかしそのために贋作を作るというのはまた変な話だ。
「それは、銅貨一枚も支払われなかったということ?」
「ああ! そうだと言っている!」
横領か。
タダ働きされたならそりゃ恨むわ。そしてスラム街を排除しその環境に陥れた元凶、と思い込んでいるだろう対象の私が目の前にいるんだからそりゃ死ぬ気で逆らうわけだ。
おちっこちびりそう。
「そいつを水から引き上げ乾かしてやれ。どうやら真の悪は隣町の役人のようだ」
やれやれ。ちょっと面白い奴らがいると思ったらとんだ胃の痛くなる案件だった。
とりあえず少年らには暖かい服を着せて、温かい飯でも食わせるか。
あ、その前に。
「その子らは罪に問わず客人とするから、そこのプールで身体を洗ってやって」
結局全員プールで水責めである!
まあ客人と言っても手枷足枷と縄は外されないのだが、それでもまともな服を着せられまともな靴を履かされて街中を行く。客人とすると言っても宮殿に入れるわけにはいかないから、目指すは工場である。おーいカルラスー。飯くれやー。
「一号、二号、三号、四号。こいつは元軍人で魔術師のやべえ奴」
「また変な紹介しやがって」
「そんでこの少年らは元スラムの訳あり」
「また変な客を連れてきやがって」
少年らの目はいまだ私を睨みつけていたが、二号、三号、四号は温かい食事の誘惑に負けて、かっこむように食らった。
だが、リーダーの一号はむすーと、隙あらば私の命を狙っているような目をしている。ぶるり。
なので私はカルラスに耳打ちをする。こしょこしょ。
「あー? あんだって? 俺の飯が不味そうだから食えねーってのか!?」
ああ、棒演技だ。役者には慣れないなカルラスよ。
一号は押し黙ったままだ。
その様子にカルラスはカチンと来たのか、一号少年の頭を掴んだ。
「お前らがどんな環境にいたか知らねえが、俺は民を守るためのこの手で民を何百人と殺した。血塗られた手だ。だが今はこの姫様のおかげでこの手で民に飯を作ってる。この飯が食えねえって言うなら今すぐお前を豚の餌にしてやる」
びゅるり。カルラスの啖呵に私はちびった。
カルラスのやつ本気だ。手に魔力が集まっている。少年の頭を風魔法でミキサーにかけるつもりだ。ひぃ。
一号は手を震えさせながらスプーンを手にした。それを見たカルラスは一号の頭から手を離した。
ふぅ止めてよ。二度と豚肉のスープが食べられなくなるところだったじゃないか……。
ぴゅるるるっ。
餌付けが完了した。少年らは私ではなくカルラスに従っているがまあ良い。火魔法使いの四号以外は手枷足枷を外すことにした。腰の縄はそのままだけど。
彼らには選択肢を与えた。ちゃんと賃金の出る屠殺場で働くか、別の仕事がしたいか。全員が別の仕事を選んだ。やっぱそんなにきついのねソーセージ作り。
リーダーの一号はカルラスの元で料理を学ぶことになった。
口の上手い二号は出荷窓口に入るそうだ。
手先の器用な三号は木札工場で腕を磨いて木工職人を目指すとか。
火魔法が使える四号は焼印担当となった。
代わりに横領した役人が財産没収の上で屠殺場でソーセージ作りの刑となった。
……冗談で言っただけなんだけど。




