39話:精霊ポテチ祭
※31話にある精霊カードの裏面を、「裏面には精霊の名前と逸話を簡単に書き入れる。」から「裏面には髪飾りのティアラを模したデザインマークを書き入れる。」に変更しました。
ぽーてちぽてちぽーてちっ。
車輪の付いた派手な四角い馬車が街の石畳の中央を進んでいく。そして馬車の上からエイジス教の本物のシスターがポテチをばらまいている。
なんだこの祭り……。
私は広場でフライドポテトにトマトソースのディップを付けてもぐもぐしながら祭りを眺めた。今の私は黒いフードで目立つ髪の毛を隠しているのでみんなにバレていないはずである。かなりの頻度で人が私の前で立ち止まり、祈りのポーズを捧げるけど。
私に祈ってもポテトしか出ないぞ。
「どうだい姫様。そのソースは」
「うむ。カルラスよ。マヨ使者からポテソースロードに格上げしてせんじにょう」
「給料が上がれば何でも良いがな」
それは木札工場の主任に言ってくれ。
トマトディップは今日の祭りのために仕込ませた。結構高いけどトマトも流通しているのだ、冷凍トマトとして。味はまあ、そのままかじるとかなり臭いんだけど。
「豚肉ペーストもけっこういけるぞ?」
「庶民の味は私にはちょっと」
「いつも俺の料理をつまみ食いしといてよく言う」
つねに工場の大人数の料理を作っているせいか、カルラスの料理の腕はメキメキと上がっている。しかも西海岸の方の味付けなので、いつもの味に飽きてくると凄く美味しく感じるのだ。
いっそ宮殿で雇いたいのだが、さすがに魔術師で平民の彼を宮殿の調理場に入れるのは問題がある。いや、彼は難民だから平民ですらないか。屠殺場で働く元スラム民と同じだ。
「あれ? カルラスって階級どうなってるの?」
「そりゃあマヨ使者だよ。今はマヨソースロードだっけか」
「なにそれ……」
「なにそれって、姫様が決めたのでしょうが」
どうやらマヨ使者は騎士の従士と同等の格をもつらしい名誉市民であるらしい。私が適当に与えただけなのでふわっふわである。そうなるとポテソースロードは格が上がって騎士階級と同じになるのか?
「ちなみにロードは君主の意味である」
「君主ぅ!?」
カルラスの叫びに人々の注目を浴びてしまう。元々怪しい幼女と怪しい男が、怪しい護衛を連れて会話しているので注目しか浴びていないのだが。しかも私は頭の上にポアポアを乗せている。待てよ。ぽぽたろうがいたら身元バレバレじゃないか。
「その名に恥じぬようこれからも努めるように。そうそう。トマトのウマミとソーセージのウマミを合わせるとメチャウマになるぞ」
「へ? トマトのウマァミ? 姫様は何言ってるんだ?」
「へ?」
町娘風に偽装しているカンバがすすすっと私の側に寄ってきた。
「お嬢様はニホン語でのウマミを使ったのでしょうガ、ここでのウマァミは呪術を使うものの意味になります」
「ややこし!」
ウマミと言ったら呪術師と聞こえるのか! ややこし!
広場でむさい男と話していたら、商家の娘風の幼女が二人、護衛を連れて現れた。
「ララー! ぽーてちぽてちっ」
「姉さま。こんなところに座っておられたのですね」
シリアナとリルフィである。
目ざとい幼女にさっそく私のフライドポテトを奪われた。まるごと。
「姉さまは街を見て回らないのですか?」
ううむ。私はこの二人と違ってよく街に下りてるから物珍しさが無いんだよね。祭りのうきうき感も薄い。やはりテキ屋が立ち並ばないとなあ。来年には屋台をずらりと並べる計画をするか。ヤクザみたいな裏組織はないのか。それともマフィア? マフィアに近い者といったらここでは魔術師……。ちらり。
「なんだよ」
「どなたですか姫さま。この不敬な男は」
リルフィが私とカルラスの間に入った。
大丈夫さリルフィ。この男はただの悪い男だ。私はぎゅっとリルフィを後ろから抱きしめる。
「悪い男ではない。俺は料理人だ。ほら、そこの娘が食べてるやつを作った」
「アナ! そんな変なものを食べてはだめです!」
「んむんむ。フィフィも食へう?」
リルフィは私とカルラスを交互に見て、シリアナの差し出したトマトソースディップのフライドポテトを口にした。リルフィの目が輝く。落ちたな。
だが、リルフィは二口目を食べようと手を伸ばし、思いとどまった。なんて強い子なんだ。私は負けた。むぐむぐ。
「姉さま!」
「失礼妹君。わたくしはカルラス。ティアラ姫よりマヨソースロードの称号を授かった料理人でございます」
「ブフゥ!」
急なカルラスの敬礼と宮廷語で私はフライドポテトを吹き出した。すかさずカンバがハンカチーフで私の口を拭う。
「姉さま大丈夫ですか!? こ、この男、腕に墨が……!」
「ぽてとうまぁー。マヨソースロードほめてつかわす」
「ぷっ、ぷひゅー」
混乱した場で、カルラスは慌ててバッグからぽぽじろーを取り出した。ぽふんっ。
「ぽぽだー」
「なぜあなたがそれを持っているのです!」
「あー、姫さま? 妹君に何も話していらっしゃらないので?」
ううむ。そういえば何も話していなかったような。
とりあえずリルフィにこの男は何も問題ないことを説明した。あのロアーネにすら見逃された魔術師と話したらやっと納得してくれた。
「姉さまとの関係はわかりました。しかしフロレンシア家に対してその口は無礼であります」
「ああ妹君さますまないな。俺は西からの難民で、ここの言葉も職人の言葉しか知らねえんだ」
「ぽぽぽぽー」
ぽぽじろーとぽぽさぶろーを両手で振り回すシリアナは放っておいて、私はリルフィの手を握った。
「うん。だからカルラスには私に自由に口を聞いてもいい許可を与えている」
「姉さまがそう言うなら……」
「ぽぽがおっきくなったぁー」
シリアナが手にしていたぽぽじろーとぽぽさぶろーがくっついて一つになっていた。毛が絡まっているわけではない?
シリアナが合体ぽぽじろさぶろーを抱えて持っていってしまったのだが、カルラス今後困るのでは?
カルラスも手をわきわきさせて戸惑っている。
私はその手にそっと、口を拭いたあとのハンカチーフを乗せた。フロレンシア家の家紋の刺繍が入ってるから今後はきっとこれを見せれば大丈夫。きっと。多分。
私はリルフィと手を繋いで祭りの街を歩いた。あちこちで露店を開いているのを見て回るだけだけど。
リルフィはあまり表に出すべき子ではないのだけど、魔術師の狙いがリルフィではなく私であることがわかったので大丈夫だろう。そうなるとあまり隠しすぎるのも不自然だしね。どこからか預かっている女の子と思わせておくのがいいだろう。なんらかの方法で戸籍を調べてもリルフィは女の子なのだ。
「姉さま、これ」
リルフィは一つの露店のとある木札に手を伸ばした。
木札!?
「だめ!」
私は慌ててリルフィの手を掴んだ。その様子に店主はびっくりしている。
「別に手に取ったくらいで怒りはしないよお嬢さん」
じー。あやしい。
魔術師の魔術符かもしれない。私がリルフィを守るんだ!
「お嬢様大丈夫ですヨ? ただの木札でス。ただのというのには問題があるかもしれませんガ」
なんだ私の勘違いだった。てへぺろ。
だけどなんか変な焼き跡の付いた木札だなぁ。なんとなく見覚えがあるようなないような。
「お嬢ちゃん。それはソーセージの精霊カードだよ。ここでしか手に入らない品さ。へへっ」
ソーセージの精霊カード? そんなもの作った覚えないけど、また勝手にカードが増えている? それにしては質が悪いような……。
まさか……。か……、海賊版だ!?
本来許されるようなものではない。しかし私はなんだか喜びが増した。ないなら自分で作ってしまおうと考えるのは創作の第一歩だ。例えそれが金儲けのためだとしても。
店主を問い詰めようとずずいと前に出てきたカンバを私は押し留めた。
そして私はそのソーセージの精霊カードを手にとって眺める。うむ。酷い出来だ!
「おっちゃん。これおっちゃんの手作りなのかい?」
「いいや。そいつはスラムのガキどもから買い取ったんだ。ちゃんと穏便にな」
問題なのはそこではないが、しかしなるほど。スラムのガキんちょかー。
それにしてもソーセージの精霊……。発想が面白すぎる……。
「どうしますお嬢様。スラムを一掃しますカ?」
こわいよカンバ!?
いやでも普通はそうなる。そうなるのかぁ。だけどそんなの絶対惜しいよなぁ。
「おっちゃん。相談がちょっちあるんだが」
私の完璧な町娘口調に騙されていたようで、私が姫であることを明かすとおっちゃんは縮こまってしまった。流石に精霊カードを創作したうわさの精霊姫に、偽物を売りつけようとしたのはまずかったと気づいたようだ。まあまあええんやそんなことはおっちゃんよ。私はおっちゃんにもっと大事な指令を言いつける。
「この偽物のカードを作った奴を調べてきたら許すよ」
私はソーセージの精霊カードをベイリア銀貨一枚で買い取った。




